第41話 エゴ

 嘘だと思いたくて、聞き間違いだと信じたくて聞き返す。


「特級冒険者は、もう、この街にはいないわ……」


 いない。

 助けを求めることすらできない。

 つまりユリア達を助けられないということ。


「そん、な。間に合わな、かった……?」


 あれだけ急いでも間に合わせることができなかったということなのか。

 結局、自分には救うことなど不可能なのだとむざむざと見せつけられているだけ。


「僕の、せいで——」

「……それは、違うよ」


 ハンナがそう言った。


「何が、違うんですか?」

「特級冒険者は確かに昨日帰還した。だけど次の日、今日の朝にはもうとっくに王都に向けて出発しているのよ」

「……どういう、こと、ですか?」


 意味が分からない。

 いや違う。分かりたくない、信じたくないのだ。

 一つだけ、もしかしたらという漠然とした予感。それを確実なものにして欲しくないのだ。

 だけど、ハンナは言葉を続ける。


「未開拓領域への探索後は即座に王都へと報告に向かうこと。これは未開拓領域探索時に交わされる契約の一つ」


 つまり特級冒険者がヴァーグにいないことは想定外の出来事でも何でもないということ。

 続けて、てリードが最も聞きたくなかったことを、知りたくなかった事実をハンナは言った。


「そしてこの情報は冒険者内での常識。だから、ハンナがこれを知らないことはありえないの」


 ギルドの中を沈黙が包む。

 ハンナが暗い顔を伏せ、シルカが顔を逸らす。

 冒険者の中では常識。ギルドの中で知らなかったのはリードだけ。そのような常識をあの三人が知らないはずがない。

 ならば何故、ユリアはギルドに行けば助かるとリードに言った?

 どうして、特級冒険者に助けを求めれば助かるとリードに嘘を教えた?


「なんだよそれ……」


 考えれば考えるほど、そうとしか思えない。


「どうして」


 自分を助けるために嘘を吐いた。

 それは、無価値で無個性な自分を逃がすためだけの辛くて優しい嘘。

 優しさというナイフで胸を抉られる。


「助かるって、助けられるって言ったじゃないか!」

「リードくん……」


 慎重で堅実なパーティだと聞いていた。

 王都での差別が嫌でこちらに来たのだと教えてくれた。

 いつか特級冒険者になることが目標なのだと語ってくれた。


「それなのに」


 その全てを台無しにしたのは誰だ? 自分だ。

 その全てを諦めて、彼女たちは自分を選んだ。

 何故、何故、何故?

 分からない、分からない、分からない。

 その理由も、助ける方法も、何も分からない。


「どうして……」


 その問いに対する答えは永遠に見つからない。

 だけど、


「僕は、僕は……!」


 ただ助けられるだけなのはもう嫌だった。

 リードは走り出す。


「リードくん!?」

『無茶です! 死にに行く気ですか!?』


 外へ出たリードをハンナとウェラリーが引き留める。

 この話の後に向かう場所なんて大鬼の場所だとわかり切っている。

 もう既にボロボロな状態のリードが向かったところでただの自殺行為でしかない。

 それが分かり切っているのに行かせられるわけがない。それだけではないのだとハンナが叫ぶ。


「ユリア達は命を捨ててまで貴方を助けたんだよ!? それを捨てようとしてることの意味が分かってるの!?」

「分かってますよ!」

「分かってない! リードくんは何も分かってない! リードくんの行動はユリアの想いも行動の意味も全て否定することになる! リードくんだけでも生きていて欲しいって想いがどうして伝わらないの!?」

『マスターが生かしてもらったのは無茶な特攻をするためではないのですよ!?』

「ユリアさん達はまだ死んでいない!」

「っっ! 行ったところで無駄な死体が一つ増えるだけ! そんなこと、リードくんだって分かってるでしょ!?」

『マスターもユリア様たちもあの大鬼には勝てません! その事は誰よりもマスターが分かってるじゃないのですか!?』


 ハンナの言うことが全て正しくてリードが全て間違っている。

 ウェラリーの言うことが現実でリードが抱くのは全て理想である。

 そんなことは分かり切っている。

 Aランク級のモンスターにレベルⅠのリードが勝てる可能性なんて皆無に等しいし、ましてや既に一度負けている。

 今にも思い出すだけで震えてくるし不意打ちで傷を一つ付けるのが関の山かもしれない。

 それも即座に再生されて、自分が戦った痕跡も意味も何も残らないかもしれない。

 それでも、もしそうだとしても。


「でも」


 例え無意味な死を遂げようとも。

 例え誰かに最低だとののしられようとも。

 例え人の想いを全て踏みにじったとしても。


「もう、自分のために誰かが犠牲になるのは嫌なんです!」

 

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