第48話 蛇足 改変された未来
「いやぁ、まさか特級冒険者様に助けてもらえるだなんて思ってもいませんでした」
「気にしないで。私達冒険者がモンスターから人々を守るのは義務だからね」
「それでもどうか感謝を受け取ってください。まさか戻ってでも駆けつけてくれるとは思いもしませんでした。危うくヴァーグに待つ妻と娘を置いて先に逝ってしまうところでしたよ」
「こいつがお人よしなだけでどの冒険者もこうだとは思わないでおけよ」
礼を言われているのは【
そんなアトリアに悪態をつく【
王都へ向かう途中、アトリアが偶然視た行商人の運命が黒に染まりかけていたのだ。
染まり切っていなければ助けられる。
相手がモンスターじゃない可能性もあると言って無視しようとしたレグルスを逆に無視して道を少し戻り助けに入ったわけだ。
原因は突然現れたモンスターで、ビッグボアの群れだった。
もしもアトリア達が助けに入らなければ、行商人は死にはせずとも大怪我を負い荷物が奪われて行商人として致命的なダメージを受けるところだっただろう。
「それは存じ上げておりますよ。本来ならば礼金をお渡ししたいのですが、見ての通り仕入れたばかりで品物しかございません。何か必要としている者があれば良いのですが」
「それならこのパンで良いよ。一番早く痛むみたいだし」
そう言いながらパンを一つだけ袋から抜き取った。
「戦いだけでなく食物の鑑定もできるのですか?」
「まぁね」
アトリアは得意気に、そう答える。
だが、レグルスが顔を出してそれを否定した。
「ちげーよ。こいつの眼が特殊なだけだ。かなり有名だと思うんだが、知らないか? 知れ渡りすぎて、というか自分で公言したせいでかなり有名だと思うんだが」
「ああ! 聞いたことがあります! 確か、【
その眼で運命を視て運命を変える存在。
だから、【運命の采神】と呼ばれている。
だが、アトリアは拗ねたようにそっぽを向く。
「私その呼び方嫌い」
「どうしてですか? 私は先ほど助けてくれた貴方はまさに私の運命を変えてくれたじゃないですか」
「ううん、それは違うよ。私は怪我をする人を怪我しないように変えることはできても、死ぬ人は助けられない。だって——」
「運命は変えられないから、だろ? その言葉は聞きすぎて耳にタコができそうだ」
例えば今回の場合は、行商人が怪我をし馬車が壊され積み荷がダメになるという未来を変えることができた。だがそれは、行商人が死の運命ではなかったからであって、もしも彼がアトリアの眼に真っ黒に映っていたとしたら、絶対に助かることはない。
例えモンスターからアトリア達が助けたとしても、偶然馬車から落下したり偶然食べたキノコが毒入りだったり、それこそ鳥が偶然落とした石が当たったり、何らかの手段によって死を迎える。
それも、まるで死の運命は変えられないのだとアトリアに見せつけるかのようにアトリアの目の前で死んでいく。
これはアトリアの経験上一度も覆されたことのない絶対であり、アトリアが運命を変えることを諦めるほどに何度も分からされてきたこと。
「だから、例えばこの馬車の右の前輪。もうすぐ壊れるよ」
本来モンスターの襲来で
「ははは。出発する前に毎回不備がないか確認していますしそんなバカなことが——なっ!?」
ガクン、と突然馬車が体勢を崩す。
右前に傾いた馬車はそこで動かなくなり、馬車を引く馬の助けを求めるような鳴き声が聞こえてきた。
行商人が慌てて外へ出ると、馬車の前輪は右端で折れていた。
「そんなバカなことが……」
「信じる気になったでしょ?」
「ええ、ええ。正直信じられるような事ではありませんが、私が馬車の軸が腐っていたことに気がつかないとは思えません。疑うような真似をして申し訳ありませんでした」
行商人は深々と頭を下げる。
「慣れてるから平気だよ。信じてくれるなら、ついでに忠告しておくけどこれから一週間は注意した方が良い。貴方はほぼ真っ黒——死にかけるかもしれないしそこの馬は死ぬみたい。一週間以内に王都以外のどこかへ移動する予定は?」
「妻と子がおりますので、ヴァーグに戻る予定はありますが他には何もありません。それなら、一週間は王都から出ない方が良いでしょうか?」
「それなら貴方は大丈夫かもしれないけどその馬はどのみち死ぬ。それだけは変えられないよ」
アトリアの眼に映る馬は全身が真っ黒で今まで見てきた死ぬモノ達と丸っきり同じ姿。馬の運命はそれ以上先には続かないのだから、何かしらの出来事が起きて死ぬだろう。
「そうですか……。この馬は私が行商人を始めた頃からの付き合いなので、もしかしたら寿命なのかもしれませんな」
「まっ! 死ぬと分かったなら次の相棒を探しておくことだな!」
「レグルス! そんな言い方は無いでしょ? この馬は貴方にとっての剣のようなものなんだよ?」
アトリアはレグルスに謝罪するように言う。
運命が分かるからこそ、思い出や一時の記憶を大切にする、それがアトリアの信念だった。
「ちっ、分かったよ。悪かったな」
レグルスもそれを痛いほど理解しているからこそアトリアの言葉を渋々ながら受け入れる。
「そう、それでい——いっ!? う、ぐ——な、何が……!?」
突然アトリアが目を抑えながら蹲る。
「お、おいアトリア! どうした!? トート! こっち来てくれ! アトリアが苦しんでる!」
「なんだって!? アトリア、どういう症状か言うことはできそう? とりあえずポーションを渡そう」
ポーションならば原因が不明でも治すことができるだろう。
しかもトートが持っているのは魔の森探索時に支給された上級ポーション。少々勿体ないがアトリアの命には代えられない。
そう思ってポーションを取りだしたのだが、それをアトリアが手で制する。
「大丈夫。——大丈夫じゃないけど」
「ああ? 心配するだけ無駄だったのかよ。——で、大丈夫なのか大丈夫じゃないのかどっちなんだよ?」
心配して損したとレグルスが愚痴る。
しかし、アトリアは大丈夫だと言ったが、アトリアの顔は真っ青になっておりどう見ても大丈夫には見えない。
「——ねえトート。私の眼って何か変わりない?」
「うん? どれどれ。——君の眼は【
「発動、してる?」
「しているように思えるが」
「だったら、いや、そんなはずが……」
アトリアの頬に冷や汗が流れる。
「トート、よく聞いて。そこにいる馬は私の眼には真っ白に映っている」
「あぁ? さっきその馬は死ぬって言ってたじゃねぇか」
そう、確かに先ほどまで馬は真っ黒に見えていて死の定めを迎え入れるほかない状態だったはず。
それなのに……それ、即ち。
「そんなまさか——」
「運命が、変わった……?」
_______________
これにて一旦完結とさせていただきます。
約一か月間お付き合いいただきありがとうございました。
泥だらけの英雄譚 ~最強に育てられた最弱少年は英雄への道を駆け上がるそうです~ 角ウサギ @hedge_hog
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