第12話 エルフ

——怖い

 リードが森に入って最初に感じたことはそれだった。

 どこからか見られているような感覚に常に襲われている。

 気配を感じられるほどの実力が付いたということだろうか?

 それとも、自分を守ってくれる絶対的な守護者彼女が居ないからだろうか?

 つい最近まで森で暮らしていたはずなのに、元々暮らしていた場所はここよりも圧倒的に危険なはずなのに、足が竦む。

 息苦しくて、呼吸が早くなる。

 踏み出す足が重く感じて、まるで重りを巻き付けているようだ。


——ガサッ

  

 近くの草が突然音を立てる。

 ヒッ! という情けない悲鳴を漏らしながらも、リードは音がした方向を咄嗟に振り向いた。


「な、なんですか!?」

『落ち着いてください。問題ありません』

「ありゃっ? もしかして驚かせちゃったっすか?」

 

 そこにいたのは、シーフのような軽装に身を包んだウサギ耳を生やした女性だった。


「……獣人……?」

「そっ。彼女は兎人族で名前はラビ。私たち『恵みの雨』の三人目のパーティメンバーよ」


 リードの呟きに答えたのはユリアだった。


「主に索敵や奇襲を担当しているわ。ラビは兎人族特有の耳の良さを活かして音で索敵してるから、モンスターがどれだけ足音を殺したとしても、土や落ち葉を踏む音で聴き分けることができるほどの聴力を持っているの。さすがに魔法の方が正確だけど、魔法は切り札になるからここら辺の危険がない地帯では基本的に魔力は温存ね」


『恵みの雨』は、リーダーで剣士のユリア、魔導士のリル、シーフのラビの三人で構成されたパーティのようだ。

『恵みの雨』は、冒険者の人数が多いヴァーグの中でも珍しい、女性のみで構成された冒険者パーティで第二級冒険者として活躍している。

 後から知った話だが、初心者への一週間の指導というクエストは実績があったり堅実な、冒険者ギルドの信頼を得ているパーティしか受注することができないらしく、こうしてリードの教育係をしている時点で素晴らしいパーティの証拠らしい。


「今日から一週間、リードくんにはこの森を中心として冒険者としての心得や知識を身に付けて行ってもらうわよ」

「よろしくお願いします!」

「良い返事ね。じゃあ、まずは問題よ。冒険者の仕事は大きく分けて三つに分けることができるわ。それが何か答えられるかしら?」


 リードは考える。


「えっと、魔物の討伐と採取と……もう一つが分かりません……」


 冒険者についての本も【世界図書館ワールド・ライブラリ】でインストールをして読んでいたが、三つ目の仕事は分からなかった。

 

「ふふっ。そんなに落ち込まなくて大丈夫よ? 私たちは教えるためにいるのだもの。じゃあリル、答えを言ってちょうだい」

「ん。守護、支援、奉仕」

「守護と支援と……奉仕、ですか?」


 まさかの一つも当たっていないという答えに、リードは思わず聞き返した。


「ふふっ。二つは言い方が違うだけで当たってるわよ。でも一応、一つ一つ説明するわね? まず、街へ近づく魔物や商人の通る道の近くに生息している危険な魔物を討伐することで安全を確保する守護。次に、街の人たちなどが必要としている素材などを採取する支援。最後に、街で助けを求める声などに手を貸す奉仕」

「それって——」

「——言い方を変えただけで、ただの雑用のように聞こえる。そう思わなかったかしら?」


 心を読まれたかのように考えを的確に読まれ、リードは言葉を失う。

 だが、ユリアが心を読んだわけじゃないのよと笑いながら続けた。


「私も同じこと思ったもの。みんなもそうだったわよね?」

「そうっすねぇ……。自分も最初はそう思ったっすよ」

「ん。私も」


 ラビが懐かしむかのように腕を組みながら言い、リルがそれに同調する。


「冒険者の仕事について個人がどう理解するかは自由よ。だけど、私たちはこの三つの仕事に納得しているわ。私たちがどういう解釈をしているかを教えることはあえてしないけど、自分自身で納得する答えをいつか見つけて欲しいわ」

「分かりました……!」


 冒険者ギルドを設立した、冒険王と呼ばれた英雄が決めたことらしく、その三つを守ってこその冒険者だと言い残しているらしい。


「よしっ!」


 パチンッ! と切り替えるように手を叩く。


「じゃあ今日は薬草採取の仕方を教えるわ。これの専門はリルだからリルに頼んでもいいかしら?」

「ん。任せて」

「専門……ですか?」

「そう。私は——」


 リルがゆっくりと被っていたローブのフードを脱ぐ。

 それによって露わになったリルの素顔は人形ドールのように整っていて、思わず見惚れてしまうくらい美しかった。

 だが、それよりも特徴的だったのは、人族はこうはならないだろうと分かるほどの尖った耳。

 リルが答えるよりも先に、リードが驚きを孕んだ声を上げた。

 そう、彼女の種族は——


「——エルフッッ!?」


 急に大声を出してしまい、リルが訝しげにリードを見た。


「……何か、文句ある?」

「あ、気に障ったならごめんなさい! 僕、エルフと初めて会って、いえ師匠から話は聞いたことがあったんですけど、聞いてたよりもずっと綺麗で美しくて! なんというかびっくりしちゃって!」

「……そう」


 ぶっきらぼうにリルは返す。

 薄暗い森の中だったため気がつかなかったが、リルの頬にはうっすらと赤みが差していた。


『マスターは言葉選びに気を付けるようにした方が良いかもしれませんね』

(どういうこと⁉)

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