第11話 『恵みの雨』

「——つまり、モンスターは体が大きければ必ずしも強いというわけではなく、体内に保有している魔素が多いほど強いということよ。だから、同じモンスターで体が小さい個体にあっても弱いと決めつけてはいけないの。色が少し変化していて身体が小さいとしたら、それは変異種と呼ばれている知能を持ったモンスターだから絶対に戦っちゃダメ! 変異種ってだけでモンスターの危険度は最低でもワンランク上がるから、決して勝てると思っちゃダメ。分かった?」

「分かりました……!」

「うんうん! リードくんは教えたことをどんどん吸収するし、真剣に楽しそうに聞いてくれるからお姉さんすごく教え甲斐があるよ!」

「ハンナさんの教え方が分かりやすいからですよ! 理由までちゃんと説明してくれるのですごく理解しやすいです!」

「それなら良かった。じゃあ、そろそろ時間だから今日は終わりにしようか」


 いつの間にか空も明るくなり、他のギルド職員も増えていた。

 質の高い勉強にリードの時間は過ぎるのがあっという間だった。


 リードとハンナはこの数刻の間にかなり打ち解けていた。

 リードがまだ森で暮らしていた頃、料理などの家事を除いてウェルトに唯一認められていたと言ってもいいものは勉強だ。それこそ、ウェルトがどんどん知識を吸収していくリードを面白がってもう使われていない言語を教えて、それをあっさりとマスターしてみせたリードに彼女が驚くほどだった。

 そんなリードをハンナはすごいと褒める。

 だが、リードは浮かない顔をしていた。

 

「僕は、剣も人並み程度で魔法も使えない——いえ、今は少しだけ使えるようになったんですけど、剣も魔法も才能が無くて、こうやって努力することしかできないんです」


 未だ誓いには程遠い自分の実力に、つい本音が零れてしまう。

 ハンナは片づけをしていた手を止めて、リードの方を向き合う。


「リードくん、それは違うよ。努力することしかできないんじゃない。努力は立派な才能だよ」

「努力が才能……?」


 ハンナが真面目な顔で言う。

 だが、リードは努力が才能だなんて言われたこともなかったし考えたこともなかった。


「確かに剣とか魔法の才能があると凄いかもしれない。だけど、いくら剣とか魔法の才能があってもそれに驕ってしまって努力しなければ決して大成することはできないんだよ」

「でも、物語に出てくる有名な英雄はみんな才能に溢れてますよね?」


 少なくとも、小さいころのリードがウェルトに読んでもらった英雄譚に平凡な人は存在しなかった。

 だが、ハンナは違うと言う。


「勘違いしてはいけないよ。彼らは才能があるのに努力もした人たち。決して才能に頼り切っているわけじゃないの。物語の中に映されていないだけで彼らは凄く努力を重ねてたはずなんだよ」

「努力した人たち……」

「それに、私は平凡と言われ続けて尚努力をし続けることで英雄と呼ばれるようになった人を一人知ってるよ。だからね、努力をできるっていう才能があるリードくんみたいな子はきっと大成するよ!」


——リードくん、この世に無駄なものなんて存在しないんだよ。努力は全て君の力になる。だから夜ご飯作って!

——いやなんか良い事言ったみたいな雰囲気だしてるけどめんどくさいだけだよね!?


 懐かしい記憶が脳裏を駆けた。

 いつも彼女の言葉は余計な一言で台無しだったなと思い出して、笑みが零れる。

 もしかしてわざと台無しにしていたのかという考えが頭をよぎったが、多分それは無いなとその考えを頭から追い払った。


「この世に無駄なものはない……。努力は力になる……」


 懐かしむように、リードはその言葉を呟いた。


「良い言葉だね。誰の言葉?」

「僕の育ての親——いえ、師匠の言葉です」

 

 特に深い理由は無かったが、ウェルトのことを育ての親ではなく師匠に言い直す。

 その事には触れずに、ハンナは満面の笑みでリードに言う。


「そっか! その師匠はきっとすごい人だったんだね」

「はい! 師匠は、僕の憬れなんです! 師匠の名前は——」

「——あれ? もしかして私たち遅れた?」

「ん、時間通りなはず。あれは多分ハンナ会をしているだけ」


 ハンナとの会話に意識が向いていたリードは、ギルドに人が入ってきていたことに気がついていなかった。

 突然聞こえてきた声にビクッとなったが、会話から察するに、多分この人たちが一週間の指導を担当してくれる先輩冒険者なのだろう。

 ハンナ会と呼ばれているのはこの勉強会のことだと考えた。

 ハンナは先輩冒険者の方を向いて挨拶をする。


「あ、みなさんおはようございます! まだ全員そろってないみたいだけど……リードくん、この人たちが一週間指導してくれる冒険者パーティの『恵みの雨』よ」


 声のした方向を向いたリードが見たのは、剣士らしき装備を身に付けた、長い髪が特徴的な紺色の髪をした人族の女性と、声を聞いたおかげで辛うじて女性と分かるけれど、フードを深くかぶっているせいで容姿がほとんど分からない魔導士らしき人物だった。

 リードは慌てて立ち上がって挨拶をする。


「よ、よろしくお願いします! 一昨日冒険者登録をしたリードです……!」


「ふふっ。よろしくね? 私は『恵みの雨』のパーティリーダーをしているユリア・フローレンスよ。こっちの無口なのがリルね」

 

「ん。リル=ヘイリング。無口じゃないから」

 

「えっと、そう、ですね……?」

 

 フードの下から可愛らしい顔が少しだけ覗いたが、薄目で無口じゃないと言わんばかりに凄まれて曖昧に返事を返してしまった。

 無口じゃないにしても口数が少なそうだと言いそうになったが、辛うじて口に出さないことに成功する。

 しかしそこで会話が止まってしまい、ここからどうすればいいのかと思った瞬間、ユリアが笑いながら言う。


「ふふっ。街の外にもう一人待ってるから移動するわよ」

「ユリアさん、リルさん。リードくんのことよろしくお願いしますね。では、リードくんいってらっしゃい」

「ん。任せる」


 リードはハンナの方を向いて一言。


「はいっ! 行ってきます!」


 そう言ってギルドを出た。

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