第30話 コボルト戦

☆★☆


 目の前にいるのは五体のコボルト。手に持つのは木で作られたであろう歪な棍棒。

 コボルトは、目の前に突然現れたリードを見て、にぃ、と口を歪ませた。

 相手はたった一人。エサが目の前にのうのうと現れた程度にしか考えていないのだろう。

 舐めてくれた方が好都合だ。そう考えながらリードはゆっくりと純白の剣を抜いた。


「行くよ、ウェラリー」

『了解です、マスター』


 リードは、先頭にいるコボルトとの距離を一気に詰め、素早く剣を振り下ろす。

 コボルトは突然の出来事に驚いたように棍棒で防御を試みるが、


「無駄だよ」


 純白の剣白蓮はそんなものは関係ないとばかりにコボルトの持つ棍棒ごとコボルトを切り裂いた。


「ギャンッ⁉」


 そのままの勢いで仲間が切られたことに怯んで動きが止まったコボルトを切り裂く。

 一気に仲間が二体も殺されたことによって、リードに対して抱いていた油断を取り払い、一気に警戒が宿った。

 残りの三匹は一斉にリードに襲い掛かってくる。

 リードはコボルトの棍棒を受け止めようとする——が、ウェラリーに止められ一旦下がる。


『危険です、マスター! 下がってください!』


 下がった瞬間、頭があった場所を棍棒が横なぎに通り過ぎた。

 危なかった。その場にいたら殴り飛ばされていただろう。いつの間にかコボルトの一体に回り込まれていたようだ。


「危なかった。ありがとう」

『マスターはコボルトとの戦闘にまだ慣れていません! 充分に気をつけてください!』

「犬の姿をしてるだけあって素早いね」


 でも、捉えられないほどではない。

 改めて、四体に増えたコボルトに対峙しなおす。

 油断を無くしたモンスターにはほとんど隙が無い。あったとしても、コボルトとの間にほとんど実力差がないリードでは突けないような小さな隙。

 しかも相手が一体ではなく、四体なら尚更だ。

 一体を切り裂いた瞬間に他の四体に襲い掛かられてしまうだろう。

 できた隙をカバーしてくれる仲間がいない。それがソロであるリードの大きな欠点。

 付け入る隙がないならば——


「隙を作るまでだ! 【水球ウォーターボール】! 【風球ウィンドボール】!」


 魔導書に触れずに使えるようになった初級魔法。

 それによって二体のコボルトが吹き飛ばされる。

 しかし、初級魔法である水球と風球は非殺傷で攻撃力はほとんどない。残念ながらすぐに起き上がろうとしてくる。

 しかし、隙は充分すぎるほどにできた。

 魔法に当たらなかった二体のコボルトを切り捨て、残りのコボルトも起き上がる前にとどめを刺す。


「——ギャ……」


 残ったのは大きく切り裂かれた六体のコボルトの死体と傷一つ負っていないリード。

 気配を探り、他にモンスターが潜んでいないことを確認してから大きく息を吐いた。


「ふぅ……」

『お疲れ様です、マスター。ナイス判断でしたね!』

「助かったよ。ありがとう、ウェラリー。注意してくれなかったら死んでたかも」

『死にはしませんが、ダメージは受けていました。……攻撃を食らえば回復魔法の魔導書の申請が通っていましたけど……』

「なるほど——ってそのためにわざわざ攻撃食らうのは嫌だよ⁉」

『食らえば良かったと答えていたらマスターの精神を疑っていましたね!』


 先ほどの状況で回復魔法を使えるようになるために攻撃を食らうなんて危険な行動を選ぶなど、正気の沙汰ではない。

 ウェラリーから事前に教えられていたとしてもしっかりと回避することを選択したと思う。

 頭を殴られ、その後の攻撃に対応できなければ滅多打ちにされて死んでいただろうし、攻撃を進んで食らいたいだなんて思わない。

 むしろ、今まで死ぬ直前のケガなど何度もしたことがあるのだから、人一倍痛みというものは知っている。

 それに——


「リードくんお疲れ様」

「途中下手に追撃せずに避ける判断ができたのは偉いっすよ! 全体を見る能力は斥候としても不可欠っすからね!」

「ん。魔法も良かった。でも、止まらずに撃つ練習して。ソロなんだから」

「リル、並行詠唱はまだ難しいんじゃないかしら?」

「ん。でもソロなら必須。リードはぼっち」

「うぐっ……」


——攻撃を受けていたら、きっとこの人たちに心配をかけてしまう。

 たった一週間、されど一週間。

 例えクエストだったとしても、リードは『恵みの雨』に沢山のことを教わり冒険者としての基礎を学んだ。

 互いに秘密はあると思うけれど、それでも心配をかけるような行動はしたくない、そう思うくらいには気を許していた。


「じゃあコボルトを剥ぎ取り次第帰るわよ。五体は多いわ。ラビ、リル、手伝ってあげてちょうだい」

「ま、長居しすぎて血の匂いのせいで他のモンスターが寄ってきても困るっすからね」

「ん。手伝う。だからテキパキやる」

「はいっ!」


 さすがというべきか、ラビはあっという間に毛皮を取り、リルは器用に魔法で血の洗浄を行っていた。

 リードはその魔法の使い方に感心して真似てみたけれど、魔法をその場に留めることが難しくて断念した。


 

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