第29話

 木から鳥が飛び立ち、獣が怯えて走り去った。

 安全とは程遠い、不気味な静けさの中で、それ・・再び・・目を覚ました。

 それ・・は再生したての足でゆっくりと立ち上がり、怒りの咆哮を上げた。


「————ガアァァァァァアア……?」

 

 だけど、そこでふと気がついた。

 自分が求めていた濃厚で膨大な魔力の気配が感じないことに。

 まさか、他の同類モンスターに先を越されたのか? いや違う。遠くからわずかに感じる。間違いない、この濃厚な魔力だ。だが、膨大ではない。それに、近くにあった強者の魔力も無くなっている。もしやこれは似ているだけで違う魔力なのだろうか。

 いや、そんなものは関係ない・・・・

 そうだ。相手が誰であろうと関係ない。

 ただ求めるがままに蹂躙し、己の望みを貫き通せばいいのだ。それが、強者の道理なのだから。


 そう決めたそれは、己が求める魔力の方向——辺境都市ヴァーグの方向——へゆっくりと向かいはじめた。


「————ガアァァァァァアア!」


☆★☆


『視界外に潜んでいる敵の反応はありません!』

「りょうかい」

 視界に映るコボルトの群れを確認した僕は木から飛び降りて、後方に待機しているユリアさんたちのところに向かう。


「コボルトの数は全部で六体。遠距離攻撃持ちと上位種はいませんでした」

「ラビ、どう?」

「当たってるっすよ。索敵も上手くなってきたっすね」


 率直に褒められて嬉しくなった僕は、頬が緩むのを必死で抑える。

 分かっている。上手くなっただけでまだラビさんのレベルには程遠いし、僕一人の判断では安心できなくてウェラリーに確認しているのが現状なのだ。

 油断は禁物、慢心は敵、慣れた時が一番危ない。そう、分かっているけれど、どうしても頬が緩んでしまう。

 今までと何かが変わったかと聞かれたら、多分、少しだけ自信がついたと僕は答える。

 モンスターから逃げることしかできなかった頃には自信なんて一切存在していなかった。ウェルトさんに守られて、隠れて、怯えて、逃げるだけだった僕はもう存在しない。

 代わりにいるのはモンスターと確かに戦うことができる実力を身に付け始めた新米冒険者。


 人並みとは言うものの、モンスターには一切通用しなかった剣術はゴブリン程度なら傷一つ負わずに倒せるくらいの実力に。

 未だにほとんどは魔導書を通す必要はあるけれど、才能が一切ないと判断された魔法は、異能のおかげで覚え放題。……と言ってもそのほとんどが申請しても条件を満たしていないと言われてインストールできていない。

 逃げるための、怯えるための風の音すら敵と判断する索敵は、モンスターを狩るための正確な索敵に成長した。


 そう。成長したのだ。確かに、見て分かるほど、簡単に実感できるほどの成長を遂げたのだ。


「上出来ね。明日、適当なクエストを受けてそれを達成することを最後の指導とするわ。ただし! 私たちは一切手伝わないわ」

「つまり、僕一人で達成する必要があるんですね」

「そうっす。リードくんはパーティを組んでないので、一人でクエストをこなせないと駄目なんすよ。でもまぁ自分はリードくんなら楽勝だと思うっすけどね」

「ん。無理しないならいける。リードは私が育てた」

「正確には私たち、でしょ?」


 その通りだ、と三人は笑う。

 リードは目の端にウェラリーが映り苦笑いだ。

 普通の冒険者はパーティを組んでいるため、役割分担が大切になってくる。『恵みの雨』なら前衛、後衛、偵察と三人で分担しているように。

 しかしリードはソロだ。ソロは一人ですべてをこなさなければいけない。

 普通の冒険者なら戦闘も索敵も全て一人で行うというものは決して軽い負担ではなかった。普通の冒険者なら。

 しかしリードは普通の冒険者ではなかった。

 索敵はウェラリーという反則的な異能が生み出した存在が補助し、魔法は【世界図書館ワールド・ライブラリ】というこれまた反則的な異能によって習得が可能。リードは自身の異能の反則さをこの一週間で嫌というほど実感している。


「それじゃあ今日はコボルトの群れを討伐し次第終了ね。リードくん、どうする? 一人で戦ってみるかしら?」

『現在のマスターなら余裕をもって対処できますよ。魔法を実践に組み込む練習としてもいいかもしれません!』


 ウェラリーの言葉を聞いてリードは決意する。


「はい! やってみます!」


 

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