第19話 夢

 モンスターの顎が僕を食い殺さんと迫ってくる。

 だけど、一切怖くない。

 反射的に目は瞑ってしまったけれど、恐怖心はかけらも存在しない。

 なぜなら、彼女が居るから。

 彼女が僕を守ってくれるから。

 なぜか足が震えて立っていられないけれど、どうしてか視界が滲んではっきりと前を見ることができないけれど、「ひっ!」と口から変な悲鳴が漏れてしまったけれどそれでも怖くなんかない。

 だってほら、僕の視界には白銀が移りこんできたから。


「ふっ! リードくん、大丈夫だったかい?」


 彼女は、その剣の一振りで僕に襲い掛かっていた脅威を打ち払った。

 彼女が振り向く前に、小鹿のような足を奮い立たせて急いで目元を拭う。

 決して涙ではないけれど、僕の目元に何かがついていたみたいだから。


「うんっ! ウェルトさんがたすけてくれたから大丈夫だった!」

「そうかい? ならよかったよ。怖かっただろう? ごめんね、私がこうなることを教えなかったばかりに」

「こ、怖くなかったもん!」

「ふふっ。そうかい? ああ、そうだね。今日は私に抱き着いてこないんだから、この前より強くなったようだ」


 ころころと笑いながら、ウェルトさんは僕の頭を撫でてくれる。

 彼女は、僕が足をガクガクさせていたことを知っていたと思うし、目元を濡らしていたことも知っていたと思う。

 だけど、彼女は僕のちっぽけな意地を尊重してくれていた。


「ウェルトさんってどうしてそんなにつよいの?」

「それは私が最強だからさ」

「へー? すごいなぁ! 僕もウェルトさんみたいになりたいけど、弱っちいからなぁ……」


 剣も人並み、魔法はてんでダメで頼りの異能も【管理者アナウンス】という気まぐれ危機感知な僕は、最弱なのだ。

 誰が親なのかも分からない——ウェルトさんなら知ってると思うけど教えてくれない——僕は捨てられてしまうほど弱っちい。

 両親に繋がる手がかりは珍しいらしいこの真っ白な髪だけ。


「おっと、勘違いしてはいけないよ? 私だって最初から最強だったわけじゃないさ。最初はゴブリン一匹とですら苦戦したんだぞ?」

「……そうなの?」

「そうさ。だからそんなに悲しい顔をしなくていいんだよ?」


 浮かない顔をしていた僕の頬を押さえて、ウェルトさんは言う。


「僕も、ウェルトさんみたいに強くなれるかな?」

「ああ、なれるさ。少なくても私にはその未来が見えているよ」


 ウェルトさんが視る未来は絶対だ。

 未来なんて言われても信じない人が多いと思うけれど、僕は信じてる。

 だって、今までも僕の未来を視て助けてくれていたんだから。


「どうやったらウェルトさんみたいに強くなれるの?」

「強くなる……かぁ。モンスターを倒せばってのはありふれた答えだから、こう言おうかな? 負けても良い。だけど決して諦めないで生き続けること」

「諦めない……」

「そう。分かったら、そろそろ起きる時間だよ」


 ウェルトさんがそう言うと、僕の視界が急に歪んだ。

 景色が、世界が崩れる。

 そうだ、思い出した。

 もう、ウェルトさんはいないのだった。

 僕は、思い出の楽園から追い出された。


「リードくん。レベルⅠ到達、おめでとう」

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