一章 貴女に届ける英雄譚
第8話 ガチガチ冒険者登録
深呼吸をして、人族のお姉さんの前に立って僕は言った。
「ぼ、ぼぼ冒険者登録お願いしましゅ!」
噛んだ。
これは終わった。
本に書いてあった。
最初に隙を見せた冒険者は先輩冒険者にいびられて洗礼を受けてもう冒険者として過ごすことはできなくなると。
怖い先輩冒険者に見つかる前に早く登録を終わらせなければ。
「はーい! 僕、一人で来たのかな? 冒険者登録は十五歳からだけど大丈夫かな?」
「は、はははいっ! ちゃんと成人してますっ!」
「ふふふっ。では、登録を進めますね。代筆は必要ですか?」
「だだ、大丈夫ですっ!」
行ける、これは間に合う。
冒険者ギルドにやってきた僕は、はっきり言ってめちゃくちゃ緊張をしていた。
冒険者になると心に決めて街にきたものの、余りにも人に慣れな過ぎていたのだ。
思い返してみれば、僕は街人はおろか、ウェルトさん以外の人と会話をしたという記憶が存在しない。
街に来るまでにウェラリーと平然と会話できたから大丈夫だと高を括っていたわけだけど、いざ話をしてみたら緊張で目を合わせることすらできない。
考えてみれば分かることだけど、ウェラリーは僕の異能で作り出された存在なのだ。
いくら姿が可愛かろうと
緊張でガチガチだったせいか、受付嬢さんには微笑ましいものを見るように対応されるし、ギルド内にいる冒険者の方達も心なしか優しい目をしているような気がする。
僕はハッと気がつく。
おかしい。
どうして優しい目をしているのだ。
もうそろそろ武器を奪われて強制的に決闘をさせられる頃合いであってもいいはずなのだ。
街に来るまでの間に
僕の読んだ本には、僕みたいな人が冒険者ギルドに行くと、ギルドに入った途端にガラの悪い人たちに絡まれてしまうと書かれていたし、受付中に横割されることなんてざらだと書かれていたし、こんな簡単に冒険者登録をできるとは書かれていなかった。
強そうな見た目の人ならまだしも、僕は受付嬢さんに子ども扱いされるくらい弱弱しい。……自分で言っていて悲しくなってきた。
色々な疑問を残しながらも僕は必要事項を記入していく。
出身地は分からないから村ってだけ丸を付けて、異能を書く部分は存在しなかった。
無事に記入し終わり、ほっと一息吐く。
すると、視界の端でウェラリーが姿勢を正した。
『申し訳ありません。お渡しした本は三百年前のものでした』
「だからかよっ!」
ウェラリーからそう言われて反射的に叫んでしまった。
僕が予習だと言って何日間も読み込んでいた本は今の冒険者ギルドの状況とは全く当てはまらない古い本だったのだ。
旅の最中の努力がほとんど無駄だと分かっのだから叫ばずにはいられなかったのだけど、ウェラリーは僕の異能が創り出した存在だから僕意外に見ることも声を聞くこともできない。
だから、今の僕は端から見れば突然叫んだ変な人。
そのせいで受付嬢さんにぎょっとした目で見られてしまった。
「僕、急に叫んでどうしたのかな?」
優しかった視線が更に優しい物になってしまった気がする。
「あっ、いえっ! 何でもありません! あ、書けました! 登録お願いします!」
「あらっ、はーい。では登録させていただきますね」
「お願いします!」
受付嬢のお姉さんは機械のようなものに紙を読み込ませていく。
多分、冒険者ギルドは僕が抱いていたイメージの何倍も治安がいい。
だって、僕のような新人に絡んでくる冒険者は存在しないし、ランクを決めるための試験官との試合も行わない。
それどころか受付は左右に衝立が置かれていて、絡まれる余地すら存在しない。
だから、勘違いする原因を作ったウェラリーをバレないように睨みつける。
テヘペロっと返された。
可愛い。
悔しいけど凄く可愛い。
ここ数日で【
細かいことは置いておくけれど、一番大きな発見を言うと、ウェラリーとの会話は声に出さずに考えるだけで良いということがある。
(もう。ウェラリーのせいで変に緊張しちゃったじゃん)
『そもそも門番との会話でもどもっていた時点でただのコミュ障では?』
(……ねえ、気のせいじゃなければなんかすごい口悪くなってない?)
『いえ、マスターの設定どおりです』
設定に真面目は入れたけど毒舌を入れたつもりはない。
絶対違うと思いながらもギルドカードが出来上がるのを待つ。
「では、このカードに血を一滴垂らしてくださいね。それでギルドカードは完成になりますよ」
針で傷をつけて血を垂らす。
すると、カードが血に反応して淡く光り輝いた。
「はいっ! これで所有者登録も完了したので身分証として使用することもできるようになりました!」
「わぁ……。ありがとうございます!」
つい嬉しくなってカードをかざしてみたり、じっくりと見たりしてしまった。
ウェラリーが目の前に飛んできて僕を促したことで、ようやく受付嬢さんがこっちを微笑ましそうに眺めていることに気がつく。
「あっ! ごごめんなさいっ!」
「ふふっ。いえいえ。冒険者の常識やマナーについては実戦を交えながら学んでいただく形になります。基本的にここでは説明せずに先輩冒険者に一週間指導を担当してもらうことになっていますので、明後日の早朝にまたギルドに来てもらえますか?」
「分かりました! また明後日来ます!」
「はい。お待ちしておりますね。私はこの街のギルドの受付をしておりますハンナです。もしかしたらリードさんの担当になるかもしれないので、よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします!」
そのまま僕は、右手と右足が一緒に出ていることにも気がつかないままギルドの外へ出た。
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