第38話 ウェラリーの叫び

「ちくしょう、ちくしょう! ちくしょう‼」 


 リードは走る。

 転んでも躓いても足を止めずに走り続ける。

 足が痛い。全身が痛い。心が痛い。

 足がくじけそうになる。みっともなく泣き叫びたくなる。心が絶望で支配されそうになる。

 だけど、痛みも、意識も、全て無視する。

 そんなことをしてもただの時間の無駄。

 早く。

 速く。

 もっとはやく!

 少しでも早くギルドへ行かなければいけないんだ!

 今のリードにできること。

 ユリアたちにできる唯一の行い。

 無力な自分が縋るたった一つの希望。


『マスター落ち着いてください』

「……」


 落ち着いている暇なんてない。

 無視する。


『落ち着いてください、マスタ―!』

「……」


 この状態で落ち着けるわけがない。

 無視する。


『良いから一旦落ち着けって言ってるんですよ! 自身の強みを思い出しなさい! このまま彼女たちを死なせるつもりですか⁉』


 死なせるつもりなんてない。

 無視……できなかった。


「死なせるつもりなんてない! 時間が無いんだ! 止まってる時間なんて無いってウェラリーだって分かってるでしょ⁉」

『そう思ってるならどうして一人で突っ走るんですか! どうして一人で解決しようとするんですか! どうして——私を頼ってくれないのですか⁉』

「——」


 思わず、足を止めた。

 止まってしまった。

 止めてしまった。

 自分を頼ってくれというウェラリーの悲痛な声が、自分を理解してほしいという気持ちが伝わってきたから。


『私は、【世界図書館ワールド・ライブラリ】は、ウェラリーはリード様の異能です! リード様の味方です! 最初の仲間なんです! リード様の不利益になるようなことはしません! リード様を助けたいだけなんです! 今もこれからも——【管理者アナウンス】のからずっと!』

「……」

『ウェラリーはリード様の味方です。リード様の力になります。なりたいんです。どうかウェラリーを信じてくれませんか? 一度だけ、今回だけでいいのです。どうか……どうかウェラリーを頼ってくれませんか?』



 ウェラリーが生まれたのは【管理者アナウンス】が【世界図書館ワールド・ライブラリ】に改変コンバートした時だろう。

 いや違う。正確に言うならばリードが【世界図書館ワールド・ライブラリ】の人格を設定して名前を付けた瞬間だ。その瞬間に、ウェラリーという存在はこの世界に確立した。

 しかしウェラリーの記憶の中にはまだウェラリーではなかった頃の記憶が残されている。

 例えばリードがウェルトに拾われた時のこと、リードが初めて歩いた時のこと、モンスターと気丈に対峙した挙句ウェルトに助けられて大泣きしたときのこと。

 それこそリードが覚えていないようなことまで事細かに記憶している。

 そう。

 ウェラリーは【管理者アナウンス】の頃からリードの記憶を持っている。なぜならウェラリーは、【世界図書館ワールド・ライブラリ】は【管理者アナウンス】が改変コンバートしただけで同一の存在リードの異能のままなのだから。

 人格を表に形成されたのは【世界図書館ワールド・ライブラリ】に改変コンバートした時だ。

 だけど、ウェラリーは確かに見ていたのだ。

 リードが雨の日でも休まずに剣を素振りしていたところも。

 実を結ばずとも努力をし続けていたところも。

 それが悔しくて、ひっそりと涙を流していたところも。

 見ているのに何もできない。リードに尽くそうとして極稀に危険を教えることしかできない存在だった自分がもどかしかった。

 だからウェラリーはリードと会えて、名前を付けられて、会話することができるようになってとても嬉しかったのだ。助けたいと思ったのだ。導いてみせると誓ったのだ。

 ウェルトという導いてくれる存在がいたとしても、努力が実らないという地獄のような世界で曲がらずに育ってくれた心優しき彼に。


『ウェラリーはリード様に頼ってほしいのです!』


 リードは迷った。

 ウェラリーが声を荒げるという初めての状況。

 こんな状況、一切想定していない。知らない。分からない。

 リードが課したウェラリーの設定は理性的でしっかりもの。感情的になるなんてありえないと思っていた。

 もしもこれが異能の故障バグなのだとしても、異常イレギュラーだったとしても。


「ウェラリー」

『……』

「どうすればいい? 僕を、弱い僕を助けて」


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