第6話 インストール

 焼け焦げた森の中心地近くにある、唯一緑が残っている場所でリードは寝そべっていた。

 理由は言わずもがな、【管理人ライブラリアン】の容姿と性格の設定に気力を使い果たしてしまっていたのだ。

 

『お疲れ様です。マスター』

 

「うん。ありがとう、ウェラリー・・・・・。でも、誰のせいだろうね」

 

『設定が甘かったマスターに非があると思われます』

 

「そうかもしれないね……。ははっ。しばらく休ませて」

 

 リードの視界に映る少女は、若干キッチリとした格好をした白銀のショートカットの髪を持っていた。

 自身の異能なら常に自分と共にあるのだと考え、どうせなら自分の理想の少女にしてしまおうという少年心が顔を出し、完成したのはまるでウェルトを若干幼くし、羽根を生やした天使のような少女の姿だった。

 ショートカットかロングヘアかの小さな違いはあるが、パッと見はウェルトにしか見えない。

 ありえない話だが、もし彼女に見られでもしたらと考えたら冷や汗が止まらなかった。

 どうしてこうなったと愕然としながらも、これは別人だと主張するために、しっかり者で敬語というウェルトとはほぼ真逆の性格を設定した。

 しかし、リードは無意識のうちに最終段階の名前を考える時にウェルトとライブラリアンから名前を取るという行動をしている。

 そのことに名前を設定し終えて取り返しのつかないところまで来てから気がつき、直前まで「素晴らしいネーミングセンスだ」とか自画自賛していた自分を殴りたくなった。

 他にも名前の候補はあったけれど、そちらは「ワラ子」とか意味不明のものばかりでウェラリー自体が拒否した。

 

「ねぇ、ウェラリー。僕はどうすればいいんだろうね」


 結局手に入れたのはウェラリーという仲間だけで、最強に、英雄になる道なんて見えてこない。

 そんな気持ちで呟いた言葉に、ウェラリーは聞きなれない返答をした。


『どうすればいいかという質問に対して、こちらの"自由な職業選択ガイド"がオススメです。インストールしますか?』

「……インストール?」

 

管理者アナウンス】の時には一度も聞かなかったその言葉の意味を聞き返す。

 

『その通りです。マスター。インストールすることによってその本を手にすることが可能です』

「えっと、どういうことか分からないんだけど……これをしたことで何か危険だったり後遺症とかはあるの?」

『インストールによる弊害は魔力を消費することのみです。一度試してみますか?』

 

 魔力を消費する。

 魔力は時間が経てば回復するとはいえ、その価値は人によっては少量でもとても貴重なものとなる。

 だが、リードにあるのはウェルトでさえ驚かせた膨大な魔力。

 しかし彼は魔法を使えない。

 つまり魔力の使い道が一切存在しない。

 インストールにどれだけ魔力が必要かは分からないが、多すぎて困るほどの魔力の使い道がないリードの返事は実質一択だった。 


「よし! 試してみる!」

『要請を承認。"自由な職業選択ガイド"のインストールを開始します』


 直後、リードの目の前に白い光が集まりはじめる。

 その光は、徐々に本の形を作っていき、光が収まるとそこに一冊の本が浮かんでいた。


『インストール完了』


 無骨なデザインで、固い魔物皮で作られた表紙に"自由な職業選択ガイド"というタイトルが書かれた本。

 リードはそれを手に取り、中を確認してみる。


「……これは……」


 どういう経緯でこれが現れたのかは分からないが、表紙だけの張りぼてというわけでもなく、これは確かに本だった。

 これがウェルトの言っていた覚醒なのだろうか。

 その中身をパラパラと読んでみる。

 文字はある程度読める人が多いが、本を読めるほどの人は基本的に貴族や学院に通っている者だけだ。

 だが、リードはウェルトにすぐに必要になると言われて文字を教わっていた。

 確かにすぐに必要になったななどと考えながら見た本の中身は——


「——なになに? ブラックギルドに気を付けよう! 実は重要! 陰で支える裏方職業! なるほどなるほど……。確かにこれは、本だけど僕の質問と何の関連性もないよね!?」

 

 バシンッ! という良い音と共に本が地面に叩きつけられる。

 その直後、本は光に包まれてパッと消えた。

 なるほど。この能力はお金の代わりに魔力を支払って本を借りるようなものらしい。

……じゃなくて。


『お気に召さなかったでしょうか?』

 

「いやこの能力はすごいと思うよ? だけどこの森の中で独りぼっちになってこれからどうしようか迷ってる時に読む本じゃないよね!? これは街で仕事を探してる人が読むような本だよね! 僕は街じゃなく森で独りぼっちなの! というか街に行くどころかウェルトさん以外の人とも会ったことないの!」

 

 はぁはぁ、と息継ぎなしで言いたいことを言い切り肩で息をする。

 それを見たウェラリーは、虚空を見上げ少し考えるような素振りを見せてからリードの方を向いて言った。

 

『独りぼっちということに対して、こちらの"ぼっちから始める友達作り! 人付き合いに必要な百のこと!"がオススメです。インストールしますか?』

 

「そういうことじゃなあああい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る