第2話 余りにも軽すぎる報告

 若干焦げ臭い匂いが残る森の中、雪のように真っ白な髪を揺らしながらせわしなく移動する人影があった。

 リードである。

 リードは、倒れたウェルトをほとんどの物が燃えてしまった中で辛うじて残っていた布団の上に運び、水場でタオルを濡らして一晩中看病を続けた。

 彼女は、ぴくりともせずに一晩中眠り続け……。


「なははっ! リードくんは大袈裟だなぁ」


 朝、完全復活していた。


「大袈裟じゃないよ! いきなり倒れるなんてこれまで一度もなかったから……。そしたら僕は……」

「この私が寿命以外で死ぬわけがないじゃないか! 何せ、過去の事象未来の出来事全てが分かる全知全能のウェルト様だからね!」

「ウェルトさんの異能は僕の【管理者アナウンス】なんかと比べ物にならないものだけど——というか、ウェルトさんの【未来視眼ヒューチャーアイ】があるんだから自分が倒れるって知ってたんじゃないの?」

「うん、知ってたよー」

「知ってたのかよ!」


 軽い調子で答えたウェルトに対して、それなら教えてくれればよかったのになどとごちりながら燃え残ったものを整理する。

 金属製の調理用具に数冊の本、その程度しか残っていなかったが、大抵のものは何とかなる。

 いつも勉強に使っていた、半分ほど焼けてしまった本に手を伸ばしたところで脳内に声が響く。


『火が残っています。まだ触らないでください』

「わっ、と。危なかった……」

「お、アナウンスかい? リードくんの異能は便利だなぁ」

「ウェルトさんに便利って言われて僕が喜べるって本当に思ってる?」

「なははっ。私は最強だからね! 客観的に言って便利ってことだよ!」


 差がありすぎて嫌味にすら聞こえないのだからいっそ清々しい。


——【管理者アナウンス

 それがリードの持つ異能。

その効果は自身に関わる危険や出来事を文字通りアナウンスし教えてくれる。

 しかし、その発動はランダム。今のように火傷程度で教えてくれることもあれば、モンスターに追われている時に何も起きないことも多々ある。

 ウェルトは便利なんて言うが、異能の性能としては下の下。

 せめて発動がランダムでなければ良いと何度思ったことか。


 リードは、生き残っていた調合器具を片付けながら何気なく聞く。


「そういえば、ウェルトさんは何で倒れたの? また寝不足?」

「違うよ! 心臓発作かな!」

「なんだ。ただの心臓発作か——え?」


 パリン! と器具が割れる音が響く。

 ポーション瓶が割れた音だ。

 リードは落としたポーション瓶のことなど一切気にせずに勢いよくウェルトの方を振り向いた。


「どど、どういうこと!?」

「いやぁ、一瞬心臓止まっちゃってさ! すぐに雷魔法で再起できたから良かったけどいきなりはびっくりしたね!」


 たははっ。と笑いながら答えた。

 笑い事ではない。


「いやいやいや! 今までこんなことなかったよね!? 理由は何? ちゃんと説明して!」

「うーん、私がもうすぐ死ぬから?」

「……え?」


 作業が止まる。

 時が止まる。

 冗談を言っているようには見えない。


「ほら! 死ぬ前の発作みたいなやつ? ま、昨日も雷魔法のセットしてなかったら死んでたんだけどね!」


 軽くそんなことを言ってのけるが、内容は全く持って軽くはない。

 震える声でリードが聞く。


「もうすぐってどういうこと……? ウェルトさんの感覚なら一年後とかだよね……?」


 わずかな希望を持って言った言葉。


「いや、三日」


 その言葉は直後に打ち破られた。

 みっか、さんにち、三日。

 太陽が三度沈んで登る時間。

 いや、そんなことを聞いているわけではない。


——彼女が三日で死ぬ


 その言葉の意味を理解するのにかなりの時間がかかった。

 嫌な汗が背中を流れた。

 ごくりと唾を飲み込み、言葉を捻りだす。


「うそ、だ」

「嘘じゃないよ」


 出てきたのは否定の言葉だった。

 だがそれを受け入れることができない。


「嘘だ! だってウェルトさんはこんなにピンピンしてるじゃん! それなのに——ッッ! そもそも原因は何!? 怪我や病気ならウェルトさんの魔法で簡単に——」

「治らないよ。これは怪我や病気じゃない」


 ヒュっと喉が鳴った。

 怪我や病気じゃない。ならば一体なんだというのだ。

 怪我も病気もウェルトは簡単に治してしまう。

 毒だって呪いだってどんなものでも魔法で一発だ。

 条件さえ揃えば蘇生だってこなしてしまう。

 そんな彼女が治らないと断言する。


「どう……して……?」


 声が掠れる。

 絞り出した声は震えたまま。

 ウェルトがゆっくりと口を開き、答えた。


「寿命だから」

「……」

「……」


 硬直した。


「は? え? はいっ!?」


 驚くくらい大きな声がはっきりと出た。


「だーかーらー! 寿命なの! もう私なぁ、歳なの! 労って? 私は不老不死じゃないんだから!」

「え? は? えぇ……?」


 寿命。

 老衰。

 天寿。


 ウェルトは怪我も病気も簡単に治してしまい、毒だって呪いだって魔法で一発だ。

挙げ句の果てには蘇生だってこなしてしまう。

 事故も罠も失敗も彼女には存在しない。なぜなら、未来が見えるから。

 確かに不老不死ではないが、未来が見える彼女は不老実質不死とでも呼べる存在だろう。

 しかし、ウェルトの見た目はリードと同じ年齢くらいの美少女。

 出会った頃から一切変わらないその美貌で寿命を迎えるとは一切……。


「あれ?」

「どうしたのかな?」


 そこでリードは気がついた。いや、気がついてしまった。

 そう。

 ウェルトの姿はリードが物心ついた頃から一切変わらないのだ。

 リードが「ウェルトしゃん」と呼んでいる頃にはすでにこの姿。

 それなら十年以上たった今では最低でも妙齢にまで成長していないとおかしい。


「ウェルトさんって、その、もしかして見た目通りの年齢じゃない?」

「あれ? 知らなかったの?」


 一秒、二秒、三秒。


「いや知らないよ!? 確かに今考えたら色々おかしいけど! そんなこと言われなきゃ気付かないよ!」


 なぜ気が付かなかったのだとばかりに頭を抱えるリード。

 その姿を見て、ウェルトは得意気に鼻を鳴らした。


「ふふんっ! 私は成人と同時に【世界目録アカシックレコード】に目覚めてすぐに若さの固定と老化の遅延をしたからね!」


 確かにそれならあり得ると、不覚にも思ってしまった。

——【世界目録アカシックレコード

 ウェルトの持つ第二の異能であり、過去にあったこの世界で起きた全ての事象を知ることができるというとんでもない効果を持つ。

 彼女がなんでも知っているのはこの異能の効果であり、彼女が最強なのは過去に開発された全ての魔法をも知ることができるからだ。

 過去と未来を網羅するウェルトに死角はない。


「へぇ……昔はそんなものが存在したんだ……じゃなくて! あと三日しか寿命がないってなんで教えてくれなかったの!?」


 リードが詰め寄る。


「教えたら、未来が変わってしまっていたから」


 ウェルトの声色が変わった。

 先ほどまでとは違う、ウェルトの真剣な声と表情にリードの足が止まった。

未来視眼ヒューチャーアイ】は自分が動いた時に起きる未来を視る。だから、未来の行動を変えると、未来は変わる。

 だから言えなかったという。

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