第40話 助けを呼ぶ声
「はぁ……」
ギルドの中に一人、憂鬱そうな顔でため息を吐く一人の受付嬢がいた。
何を隠そう、ハンナである。
「ちょっとハンナ、どうしたの? さっきからそんなにため息を吐いて」
「あれ、シルカ。私そんなにため息ついてた?」
「ちょっとってもんじゃないわよ。数分に一回はため息ついてるせいで、隣で聞いててもううんざりよ」
ハンナは無意識だったが、シルカが言うように冒険者の手続きが終わるたびにため息を吐いていた。
そのせいでハンナが受付をした冒険者は自分に何か不手際があったのではないかと悉く不安に包まれる事態となってしまっていた。
「そんなにため息吐くなんて何か心配事でもあるの? そんな調子じゃギルドマスターに怒られるわよ?」
「ちょっとね……」
内心はちょっとどころではない位荒れていることを不安気な笑みが物語っている。
ハンナの心配事の原因は勿論リードにあった。
ユリアたちが見守っているとはいえ、今日の最終試験は基本的にリード一人で行うことになっている。
合格すれば晴れて冒険者になるわけだが、ハンナにとって合格でも不合格だったとしても不安が大きく残る結果だ。
不合格になれば、リードなら何度でも挑戦しに来るだろうし大きな目標を持っているように見えたリードは決して諦めることはないだろう。
しかしもしも合格なら冒険者になるが、リードはソロだ。
知識はハンナ自身が教え、その地頭の良さを実感しているから特に心配はしていない。
だが、ハンナの心配する点はリードの戦闘技術にあった。
高ランクの冒険者ならまだしもリードはレベルを取得したばかりの新人冒険者。
リードがユリアを唸らせるほどの剣の腕を持っていたとしても、多対一の状況に持ち込まれるだけで圧倒的に不利な戦闘になってしまう。
これまで多くの冒険者を見てきたハンナはソロ冒険者の生存確率がパーティを組んでいる冒険者よりも圧倒的に低いことを知っている。
もしも可能ならばリードには今すぐにでもパーティメンバーを見つけて欲しいと考えていたわけだが、もしも試験に落ちてしまえば試験に落ちたという噂が広がり、パーティが組みにくくなってしまう。
そのような色々な不安が脳内を占めていたのだが、全てが吹き飛ぶような出来事がハンナを襲う。
——それは突然やってきた。
「ハンナさん!」
突然、バタン! と大きな音を立ててギルドの扉が開かれた。何事かとギルド内の視線を集めたのはローブに身を包んだ男。
だが、ハンナには分かった。その人物は全身傷だらけのリード。
その姿を見てハンナは勢いよく立ち上がる。
「ッッ! リードくん!? その傷は一体……!」
「はぁ、はぁ。英雄は! 特級冒険者はいないんですか!? 【
「なっ……! ユリアたちが!?」
未だレベル1であるリードが適うはずはないことは分かるがユリア達が負けるとは思えない。
しかしリードの焦りようは尋常じゃない。
ただ殺されかけたことで錯乱しているように見えるが、第一声にユリア達の助けを頼むということは多分ユリア自身がそう伝えるようにリードに指示したのだろう。
「落ち着いて、リードくん。——何があったの?」
「そんなこと話してる暇なんてないんです! 今にもユリアさん達は——!」
ハンナの手がリードの頬を包み込んでいた。
「落ち着いて。一度深呼吸をしなさい。焦っていては助けられるものも助けられないわ。私はリードくんに情報の大切さを教えたはずよ?」
『ハンナ様の指示に従いましょう。ハンナ様は、決して疑わずにマスターの情報を待っています』
ハッとする。
情報は大切、その通りだ。
このまま感情のまま行動していては助けられるものも助けられなくなってしまう。
焦る気持ちを押し殺して深呼吸をする。
身体に傷は無くとも、かなり疲弊している。実際、状況を説明しようとしても言葉が纏まらない。脳に酸素が足りていない。
大きく息を吸って吐き、ゆっくりと短く、しかし正確に伝えるために言葉を編む。
「
分かりにくいがリードが伝えたいことはハンナに伝わった。
即ち、ビッグボアの目撃情報があった場所の近くで
しかし肝心なことが分からない。言ってしまえばその程度のイレギュラーなら何時でも起こり得る。
その程度、リードにはユリア達がついていたのだから、いきなり大鬼が現れて驚いたという笑い話程度にしかならないはずだ。
ハンナの脳内に考えたくもない可能性が浮かび上がる。
そのユリア達がリードだけを逃がして戦闘中ということは即ち——
「多分逃げることはユリアの指示だよね? リードくんはどうしてここに逃げてこなければいけなかったの?」
「僕は……僕では足手纏いだからと、僕にできることはギルドに行って助けを呼びに行く事だけだと言われたんです」
リードは悔し気に顔を歪ませる。
「お願いします、ユリアさん達を助けられる冒険者を呼んでください! このままじゃユリアさん達が僕のせいで、また僕のせいで死んでしまいます! 大鬼は——変異種なんです!」
「大鬼の変異種だと!?」
誰かがそう叫んだ。
リードの言葉にギルドがざわつく。
大鬼は変異種。
つまり大鬼は通常よりもワンランク上の強さを持っているということ。
そのレベルのモンスターとユリア達は戦っている、その事実に軽い眩暈を覚えた。
ユリア達を救い、大鬼も倒すことができるような冒険者など、特級冒険者冒険者しか存在しないだろう。
だからこそユリアはリードに託した。だからこそリードはここに来た。
そのはずなのに——
「……無理、よ」
「え?」
帰ってきたのは思いもよらぬ返答。
__________
終盤に差し掛かってきましたが、今作初めて感想をいただいたので、記念に3話更新します。
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