第43話 絶望

 戦闘を始めてからどれだけ時間が過ぎただろうか。

 何度剣で切りつけただろうか。何度魔法で貫いただろうか。

 いくら傷を付けようとも、目の前のモンスターはそれを嘲笑うかのように傷を再生させる。

 ヒットアンドアウェイでなるべく疲労が溜まらないように戦ってきたが、長時間の戦闘に加え、一切進展のない戦闘に身体的にも精神的にも、もう限界だった。


「っく、『アースホール』! はぁ、はぁ、少しだけ、休める」


 リルが大鬼の隙をついて魔法で作った穴に落とした。


「はぁ、はぁ、はぁ。これ、無理っすよ」

「リル、魔力はあと残りどれくらい?」

「……ん、大魔法一発分くらい」


 全力で振り絞っても尚、その程度しか残されていない。


「ラビ、まだ動けそう?」

「自分も後一回ってところっすかねぇ」


 引き攣った笑みを浮かべながらそう言う。

 三人の中で最も負担が大きいのはラビだ。

 ラビが大鬼を引きつけている間にリルが魔法で攻撃し魔法によって傷ついた大鬼をリルとユリアが切りつける、そんな流れでぎりぎり耐え続けてきた。

 一人でも欠けてしまえば、高スピードなだけでも厄介なのに異常な回復力という力を持った大鬼に対応することは不可能になる。

 どうにかして隙を作って逃げようとはしているが、三人の想像以上に大鬼回復速度は早く下手に逃げれば背中から追撃されてしまう。


「次が最後になりそうね」

「……リードくんは逃げられたっすかね?」

「そろそろギルドに着く頃じゃないかしら?」

「ん。嫌われたかも」


 特級冒険者がいると嘘を吐いてここから離れさせたのだ。

 嫌いはせずとも怒りはしているに違いない。


「死ぬつもりは無かったのよ? ただ想定以上に相手が強かっただけね」

「まぁでも自分に巻き込まれずに済んで良かったっすよ。リードくんは伸びしろしかないんすから」

「ん。リードの魔法、もっと見たかった」

「もしリードくんが特級冒険者になったら、自分らは幼き頃のリードを守った人として有名になるかもしれないっすよ?」

「あら、そうしたら特級冒険者の師匠ってことで大出世じゃない」


 そんな軽口を叩きあう。

 何度か死の危険性を感じた戦闘は経験してきたが、この大鬼はそれらの比ではない位相性が悪い。

 誰も口には出さないが、自分たちはここで死ぬのだと言う漠然とした予感があった。

 だからこそ、最後までいつも通りの『恵みの雨』として散るためにいつも通りの軽口をいつも通り叩きあう。

 心残りがないのかと聞かれれば全員があると答えるだろう。

 特級冒険者になっていないし王都で自分たちをバカにした奴らを見返すこともできていない。

 まだまだ美味しいものだって食べたかったし、あわよくば結婚だってしたかった。

 結婚したらきっと冒険者は引退するだろうが、三人の仲は変わらない。それぞれの子供同士で遊ばせて、エルフのリルを残して逝ってしまうなんて想像を語り合ったこともあった。

 だが、弱音は誰も吐かない、逃げ出さない。

 リードに対する文句など一言たりとも話さない。

 パーティメンバーを見捨てたりしない、死ぬ時は一緒に、起こり得る事象は全て自己責任。

 それが、『恵みの雨』というパーティの絆なのだから。


「——グルアアァァァァッッ!」


 大鬼が、咆えた。

 悪夢が這い上がってくる。

 そしてこれが正真正銘全ての力を使った、『恵みの雨』の最期の攻撃だ。


「『マルチ・バースト』!」

「今よっ! 『斬月』!」

「断ち、切れっ! 『クロス・スラッシュ』っす!」

「ガッ————!」


 大鬼が這い上がってくるまでの時間、限界まで練り上げた魔力をすべて使用した正真正銘の最大火力。

 防御もさせずに叩き込んだ攻撃は確かに大鬼を傷つけた。

 だが。


「っ!? ぐっ、がはっ————!」


 それほどの威力をもってしても。


「ラビ! っく、きゃああああっ!」


 大鬼は何事もなかったかのように。


「みんな……! っ【障壁】!」


 その拳を三人に振り下ろしてきた。

 再生も待たずに残っていた足でラビが蹴り飛ばされ、大鬼が手に持つ斧でユリアが斬り飛ばされた。

 せめてもの抵抗にと、リルは二人を守るように障壁を張り続ける。


「——グルアアァァァァッッ! ガァッ! ガァッ! ガァッ!」

「【障壁】、【障壁】、【障壁】!」


 障壁を壊されるたびに張り直し、壊される前に張り直す。

 何度張り直しても大鬼の猛攻は止まらない。

 壊して、壊して、壊し続ける。

 リルも負けじと張って、張って、張り続けるが。


(もう、意識が……)


 魔力が足りない。

 限りない物理攻撃と限りある魔力による障壁では結果は知れていた。

 魔力が欠乏し顔が真っ青になっても障壁を張り続け、そして——


「ぁ……」

「——グルァ!」


 魔力が、切れた。

 崩れ落ちるリルの目に入ったのはにやりと口を歪ませた大鬼、そして振り下ろされた拳。

 意識が途切れかけたリルが目にしたものは。


「——やめろおおおおおおおおおおっ!」

「……なん、で」


 吹き飛ばされる大鬼と、ここにいるはずのない雪のように真っ白な髪の少年の後ろ姿。


「間に合って、良かった」


 リードの笑顔だった。

 

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