第44話 今度は自分が

 

「【ヒール】! 間に合った……」

『ユリア様にあと数度かけなければ危険でしょう。それが終われば、今度はマスターが危ないんですけどね』


 ウェラリーに言われてユリアに二回、そして自分自身にも慣れたように三回【ヒール】をかける。

 ギルドへ向かった時と同じく破砕王のローブによって無理やり速度を上げてここまでやってきたのだ。

 リードの足が無事なわけがない。だが、それを気取られることがないように笑みを崩さずに回復を済ました。


「なん、で。どうして、いるの?」


 リルが信じられないものを見るような目でリードに問いかける。


「助けに来たつもりなんですけどやっぱりダメ、でしたかね?」

「!? ダメに決まって——う、けほっ、けほっ」

「まだ立ち上がるのは無茶です! ごめんなさい、僕が【ヒール】しか使えないばかりに」


 激昂して立ち上がろうとしたリルを止める。

 身体の傷は回復したが、リルの魔力は未だに枯渇した状態なのだ。

 リルの顔は真っ青なままだし、意識を保つのがやっとな状態なはず。


「っく、はぁ、はぁ。どうして、来たの!? 足手纏いって、言ったはず!」


 リルはかなり怒っていた。

 吐くのも吐かれるのも大嫌いな嘘を吐いてまで逃がしたリードが戻ってきたのだ。

 ならそこでうずくまっているラビは、倒れているユリアは、そして自分は何のために戦ったのか。

 自分たちの決死の覚悟はどうなる。これで四人ともここで死んだら何一つ残すことができないではないか。

 それなのに。


「だって、特級冒険者がいなかったから」


 だから来たのだと、リードは笑いながら言う。


「そんなこと……」


 居ないと知って言ったのだから特級冒険者がいないことなんて分かりきっている。

 呼んで来いと言ったのだから居なかったから来るという話にはならない。

 リルが聞きたいことはそんなバレバレの建前じゃない。


「どうして、って、聞いてる!」

「もう、僕のせいで誰かに死んでほしくなかったから」

「ッッ……」


 先ほどまでとは違う、真剣な声色に何も言えなくなる。

 リードは大切な人を自分のせいで亡くしたと思っている。だが、リルには分かった。

 その人は自分自身よりもリードを選んだのだ。自分の夢をリードに託したのだ。自分が、自分たちがそうしようとしたように。

 きっと自分たちの死は、想像以上にリードを深く傷つけることになる、

 だがそれでも、そのせいで傷ついたとしてもリルはリードに生きていて欲しかった。

 でもそれを言ったところでリードは引き下がらない。

 それならば。


「私が、引き付ける。だから二人を連れて行って」


 自分一人が犠牲になろう。

 死ぬときは一緒という誓いは守れなくなるが、きっと二人とも良くやったと褒めてくれる。


「嫌です」


 そんなリルの考えをリードは一蹴する。


「っどうして!」

「ハンナさんに、全員で帰るって約束したから」


 帰ってきたのはそんなわがままみたいな言葉。

 どうして分からない。

 四人が犠牲になるよりも一人を残して三人が逃げた方が良いとどうして分かってくれない。


「勝てるはずない!」


 三人がかりで負けたのだ。

 最高のコンビネーションも最大火力も全て再生能力一つにねじ伏せられたのだ。

 自分たちより火力もスピードも劣るリードが適う道理がない。

 だから諦めろと伝えたはずなのに。


「僕も、そう思っています」


 リードは当然のことのようにそれを肯定した。

 もう既に一回負けているし負けてからまだ一日と経っていない。

 逃げて逃げて逃げ続けて、負けに負け続けた人生。

 ユリア達が負けた相手に冒険者にすらなったばかりの自分が勝てると思うほど自惚れてなどいない。

 だけど。


「だけど、どうしてだか負ける気もしないんです」


 冗談を言っているようには見えなかった。

 リルが何かを言おうと口を開いた瞬間、咆哮が響き渡る。


『来ます、マスター! 手筈通りに!』

「リルさんはもう少しだけここで眠っていてください。起きたら、大鬼はもう僕が倒し終えていますから。リルさん達は僕を守るために十分戦ってくれたじゃないですか。だから今度は僕が皆さんを守りたいんです。僕に、あなた達を守らせてください」


 お願いします、とだけ言ってリルの返事も聞かずにリードは動く。

 最初からトップスピード、大鬼目掛けて一気に駆け出し大鬼の正面に躍り出る。


「——グルァ!?」

「速い。どうして……?」


 リルが初めて見る破砕王のローブに頼った高速移動。


「ウラァッ!」


 驚く大鬼をそのまま蹴飛ばし。


「ぐっ……! 【ウィンド・ブレス】!」


 風をぶつけて川に落とした。


「よしっ! そのまま流されろ! ッッ!?」


 急勾配な川の流速は速く、リードの作戦通りに大鬼は川に流されている。

 だが、リードはその場に倒れこむ。


「ぐあああああっ! 【ヒール】、【ヒール】、【ヒール】! はぁ、はぁ、くそっ。たった一撃しか耐えられないのか」


 よく見れば大鬼を蹴ったリードの足の骨は完全に折れていた。

 だが、それを痛がっている暇など存在しない。

 急いで回復し立ち上がる。


『戻ります! 三、二、一、今です!』

「ふっ! くっ、があああっ!」


 川に駆け寄り、岸に手をかけた大鬼が顔を出した瞬間に再び蹴り飛ばす。

 再び川に流される大鬼。

 聞こえるのは大鬼の藻掻く声とリードの絶叫。

 三倍の力がかかった足は枝を折るかのように簡単に折れ、リードを苦しめる。

 折れると分かっていようが、叫ぶと理解していようがリードは大鬼を蹴り飛ばし大鬼は川に流される。


『滝まで、後最低十回は繰り返す必要があります。頑張って、耐えてください』


 足を折ってまでリードが狙っていたのは戦場を移すこと。

 滝から落としてしまえば多少なりともダメージが狙えるだろうし、滝の周りは広く立地もよい。そして何より、リル達からなるべく距離を取りたかった。


「ぐっ……ラスト! 落ちろおおおお!」

「ガッーー!?」


 そうして大鬼は滝から落ちていった。

 リードは決して逃がさぬよう、こちらに戻さぬようにその後を追う。

 

 ☆


「はぁ、はぁ、う、ぐっ! ダメ……」


 リードを追いかけようとしたが足がもつれ倒れこむ。

 それと同時に、大鬼のプレッシャーから解放されたからか意識が遠くなっていく。


「ダメ、待って……!」


 身体に力が入らず、瞼が重くなる。

 長時間の戦闘に加え魔力欠乏症の状態でこれだけ意識を保っていた方が奇跡だった。

 最後に目に入ったのは、再び大鬼を蹴り飛ばすリードの姿。


「どうか、無事に、逃げて……」


 そう祈りながらリルは意識を失った。

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