第45話 折れそうになる心
ふと昔のことを思い出した。
あれは、僕がウェルトさんに剣術の練習をしたいと頼み込んだきっかけになった出来事。
まだ五歳とか六歳頃のことなのに、どうしてだか鮮明に焼き付いている。
あの時も僕はモンスターに囲まれていて、ウェルトさんに助けられた。あの時は確か、サイクロプスが相手だった。
草原で遊んでいた僕の目の前に現れたサイクロプスは僕を容赦なく叩き潰そうとする。
サイクロプスの大股に対して小さすぎる僕の一歩ではサイクロプスから逃げられるはずもなく、最終的に腰を抜かしてしまいガタガタと震えていることしかできなかった。
振り下ろされた拳は珍しくウェルトさんが駆けつけてくるのが遅くなってしまったことで僕の目前にまで迫ってきた。
だけど、その拳が僕に届く前には既に白銀が僕を守っていて——僕はその時初めてウェルトさんの剣技を見たんだ。
今までは死体や返り血を見せないように魔法で処理していたけれど、魔法では間に合わなかったからやむを得ず剣術で対応したんだって。
血を浴びていないか、とか気持ち悪くなっていないかとか聞かれたけれど、そんなことは一切気にならなかった。
ただウェルトさんの剣術が美しくて、そして何より格好いいって思ったんだ。
凄かった、かっこよかったって拙いながらも一生懸命伝えたらウェルトさんは喜んでくれて、剣術を教えてくれるようになった。
だけど、この先がどうしても思い出せない。
今僕が使っている剣術はウェルトさんとは違うのに、どうしてこっちを教えてもらっていたのかその理由もうまく思い出せない。
だけど言えることは一つだけ。
ウェルトさん、僕は今のままだと大鬼に勝てない。
「——グルアアァァァァッッ!」
避けて避けて避け続けても。
切って切って切り続けても。
リードが大鬼に付けた傷はあっという間に回復し、攻撃の勢いは衰えるどころか更に増している。
『下から来ます! 避けてください!』
「っく……! 【ウィンド・ストーム】!」
風を叩きつけることで離脱する。
先ほどまでは切りつけながら離脱をしていたが、その手はもう通じなくなってしまった。
この方法も次第に使えなくなるだろう。
「くそっ! ウェラリー! この回復力はどうにかならないの!?」
『分かりません! ですがこれほどの回復力、例え異能だとしても対価やデメリットがないはずがありません!』
リードの【
これだけ聞けば大したこと無いように聞こえるが、【
負った傷が数秒で回復能力にデメリットがないはずが無い、ウェラリーはそう主張する。
「でも何も変わらないどころか強くなってる気がするんだけど!?」
リードが付ける傷は浅いものが多いとはいえ、この大鬼はユリア達『恵みの雨』と戦った直後なのだ。
『恵みの雨』が倒れるまで戦い付けた傷が浅いはずがない。
何かしらのデメリットがあるのならとっくに現れていなければ異常だ。
再び攻撃へと戻り傷を付けるが、回復速度も大鬼自身も衰える気配など一切見せない。
『さすが変異種といったところでしょうか。それでも対応が早すぎます。早めに決着を付けなければいよいよまずいことになりますね』
「でも削り切れる気がしない……!」
単純に火力不足。
リードの与える攻撃量よりも回復量が高いだけ。ただそれだけだ。
だが、それが限りなく厄介だった。
それが無ければ『恵みの雨』が負ける理由など無いし破砕王のローブを着たリードなら苦戦しながらも勝つことができただろう。
しかし倒す手段がないのだから手の打ちようがない。このままでは千日手なのかと聞かれればそうではない。むしろ、時間をかければかけるほどリードは不利になっていく。
この大鬼は明らかに学習している。
最初に持っていたリードに対する驕りもなくなり更に隙は少なくなった。
追撃に対応されるようになり、蹴りを読まれるようになり、そして今また、魔法による緊急離脱が使えなくなった。
「しまっ——!」
『マスター!』
魔法を使う直前に距離を詰められ、殴り飛ばされる。
「っく、【ヒール】! まだ、行ける!」
辛うじて受け身を取ったリードは即座に回復し、追撃してきた大鬼の攻撃を避ける。
破砕王のローブによってスピードは互角、負けているのは火力と耐久力。
それでも魔力にモノを言わせた回復戦法によってリードと大鬼の戦闘は互角に思えた。
しかし、戦闘が十分、二十分と過ぎ、一時間が経過したころ戦況に変化が訪れた。
『ッマスター、判明しました! 回復能力は大鬼が持つ斧の効果です! マスターが一本回収していたおかげで解析できました! 対価は——寿命です』
ウェラリーがついに回復能力の源を割り出した。
ただの古びた斧にしか見えないが、破砕王のローブと同じ魔道具だという。
道理でリードの剣——白蓮と打ち合っても刃こぼれすら起こさないわけだ。
普通の剣と思わせる付与がされていたのかウェラリーですら気づくのが遅くなったわけだが、それよりも気になるのは対価が寿命であるということ。
「寿命!? それって後どれくらいなの!?」
『分かりません! 正確には対価は生命力であり、生命力を使いすぎた結果寿命も減るという形のようです! 現在は回復するたびに寿命が減っている状態ですが、恐らく削り切ることは不可能です!』
「偶然とはいえ一本奪えたのはファインプレーだったみたいだね」
思い出してみれば斧を持つ方の手に傷らしい傷を付けることに成功した覚えがない。偶然かと思っていたが、今思えば明らかに庇っている。
きっと大鬼も自身の回復力が斧から来ていることに気がついている。
回復力の種が割れたが削り切ることは不可能。
ならば、斧を奪い取ってしまえばいいと弾き飛ばしたり腕ごと切り落とそうと攻め続けるが、気がつくのが遅すぎた。
リードの剣術はほとんどが知られてしまっている。
そして、互角かと思われた戦いは、突如均衡が崩れた。
リードの圧倒的不利で。
「んなっ——! くっ、ぐあああああっ!」
突然リードの膝がガクンと折れバランスを崩した。
大鬼はその隙を見逃す訳もなく、リードは勢いよく突き飛ばされる。
「くそっ! ——あれ、え? なんで?」
『マスター!?』
立ち上がり、体勢を立て直そうとするが足に力が入らない。
限界だった。
リードは一度ギルドに向かった時から現在進行形で破砕王のローブを着たことによる三倍の負荷を受け続けている。
何度骨が折れようとも何度筋肉が断裂しようとも回復魔法で治して戦い続けてきた。
だが、回復魔法で疲労を回復することはできない。
致命的な隙を見せた、否、見せてしまったリードは為す術もなく。
『それだけは食らっていけません! 避けてええええっ!』
「——グルァァァッッ!」
「ギッーーーー」
大鬼の斧に切り飛ばされ、そのまま川へと落下した。
「っリード!」
『マスター!』
誰かの、声が聞こえた気がした。
だが、リードは多量の血を流しながら溺れ行く。
「ガ、ガポッ! ガホ、ガハッ!」
沈む、沈む、沈む。
川を真っ赤に染めながらリードの身体は川底へと沈んでいく。濁流に飲み込まれ、流されていく。
苦しい。
息ができない。
身体が言うことを聞いてくれない。
意識が遠のく。
助けて、助けて、誰か助けて。
水中でその想いに応えてくれるものは現れない。
「が、は————!」
リードは溺れる。
大量の水を飲み込み、苦しさが増した。
手を上に伸ばしたままリードは意識を手放した。
——ウェルトさん、僕は英雄にはなれなかったよ
誰かに腕を、掴まれた気がした。
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