第46話 彼女の助け
「ここは……? 僕は、確か——」
リードが目を覚ましたのは、見覚えのある森の中。
器具が散らばっていて一冊の本が置いてあって、そしてウェルトが立っている。
そして——
「リードくん、私は君がきっとこの魔法を発動させると信じているよ」
ウェルトに膝枕をされたリードが、そこにいた。
「これは……まさかッッ!? ウェルトさんの最期!?」
周りを見渡せば、一面にモンスターの死体が転がっておりそしてリードとウェルトの周囲にだけ緑が残されている。
この光景に見覚えがあった。
これはあの日、リードの異能が
言いたいことがあったんだと、話したいことがあったんだと、ウェルトの方に駆け寄る。
「ウェルトさん! 僕——え?」
だが、リードが伸ばした手はウェルトに触れることなく通り抜けてしまった。
リードが呆然とする中、ウェルトは穏やかな表情で、一人語りを始めた。
「リードくん、もしも君がそこに辿り着いたとしたら、そこにいるのだとしたら、君はここまで諦めず挫けずに自分を貫き通したということだろう。逃げるチャンスは、諦めるチャンスは何度もあったのにそれを選ばなかったということだろう」
「何を……?」
リードの声はウェルトに届いていないように見える。
だが、ウェルトはリードの方を振り向いて、目を合わせた。
「リードくん、これは私が君にかけた最後の魔法の効果だ。この魔法の発動条件は二つ。一つは、諦めそうになっていること。もう一つは、君が諦めず強い意志を持ち続けていること」
酷く、限定された条件だ。
もしも大鬼から逃げるのを諦めていたら、ユリア達を救うことを諦めていたら、大鬼を倒すことを諦めていたら。
「僕はこの魔法を見ることができなかった……?」
そうとしか思えない。
だが、それよりも気になるものはそこまで条件を絞ってでも発動させた魔法の内容。
「リードくん、この魔法が無事に発動したということは、商人でも鍛冶師でもなく冒険者を——英雄を目指す道を選んだということなんだね。実を言うと私は、君はここに来るまでのどこかで挫折し平凡に生きる道を選ぶと思っていた。私が視た未来は、そうだったから」
ウェルトの視る未来は絶対ではなかったのか、そんな疑問を抱く。
だが、リードは今こうして英雄を夢見たまま戦っている。
そんな矛盾が発生していた。
「ゴブリンから逃げる可能性や特級冒険者の強さを見て現実を知る可能性。そして、大鬼から逃げ、彼女らを見捨てる可能性などの様々な選択肢を越えた先の、か細い未来に存在していたこの道を選んでここにやって来た君を嬉しく思うと同時に、少しだけ、いや、正直に言うととてつもなく心配だったんだ」
心配なのはこの先の未来の話。
もしも英雄を目指すとすれば、今回の大鬼の比ではないほどの危険が待っているかもしれない。
大鬼との戦いだって、一歩間違えば死ぬような危険のあるものばかり。だけど、そこにリードを守ってくれる絶対の存在はいない。
「私がいなくても大丈夫かなんて柄にもなく考えたりしたけれど、恐怖に負けずに再び大鬼に挑むことができた君は私の想像の何倍も、何十倍も強かった。特攻攻撃は少し痛々しかったけど、それも一つの手だ。だからこれからも私がいなくても大丈夫。きっとこれからもやっていける」
だけど、とウェルトは続ける。
「だけど、今回だけは、この大鬼だけは倒すことができない。どうあがいても、どんな未来を模索しても、君一人ではこの壁を超えることはできないんだ」
ウェルトは辛そうな顔で首を横に振る。
今こうしてリードが選んだ道すらか細いながら進む可能性が残っていたという。
ならば勝てる未来が見えていないこの戦いはどうなる?
ここまで来て尻尾をまいて逃げ出すしかないというのか?
生き残ることを諦めて死を受け入れるしかないというのか?
ありえない。
どちらの選択肢もあり得てはならない。
だってそんなの。
「そんなのあんまりじゃないか。望む道の先には確定した死が待ち受けている、そんなのあっていいはずがないではないか。君の努力の結果が報われないなんてありえていいはずがないではないか」
そうだ、こんな結末あり得ていいはずがない。
できるならば頑張ったね、後は任せてと言って引き受けてあげたい。
だけど。
「だけど、私はそこにいない。リードくんを直接助けることはできない」
そうだ、ウェルトはもういない。
大鬼と戦っているのはリードただ一人。助けてくれる
リードにとってウェルトの言葉は絶対。
ウェルトが勝てないと言うならば、リードは大鬼に勝つことはできない。
目の前が絶望で埋め尽くされるような感覚。
暗く、黒く沈んでいく思考の中で、ウェルトの言葉が続いた。
「だから、私は君の異能を利用することにした」
その言葉を聞いてリードは顔を上げる。
ウェルトの手には、先ほどまでは存在しなかったもの。
森では一度も見た事がない、一冊の本が握られていた。
「物語のヒロインが英雄に力を与えるように、私は君に一冊の本を残そうと思う。タイトルは……自著の名前を言うのは恥ずかしいね。だから、戻ったら私の言葉を繰り返してほしい。【ライブラリ、
「僕の、為に……」
聞きなれない言葉、だけど聞きなれた単語。
リードはその言葉を脳内に刻み付ける。
決意に身を固め、前を見据える。
それを見てなのか、ウェルトはビシッ! とリードに指を突き付ける。
「いいか、リードくん! 英雄というものは、君の目指す英雄はもっと強くてかっこいいのかもしれない! だけど、大鬼を倒した時、君は紛れもなく彼女たちの英雄になる!」
英雄は自らなるものじゃない。
英雄というものは、他人に認められて初めてなるものなのだ。
「勝て、リードくん。負けてもいい、逃げてもいい。何度挫けても何度挫折してもいい。諦めてもいい。だけど、再び立ち上がってくれ。立ち上がった瞬間から、世界は君の英雄譚になる」
泥臭い英雄がいても良いだろう?
勝利しか刻まない英雄譚ばかり溢れているのなら、一つくらいそういう英雄譚があっても良いだろう?
ドラゴンから街を守った英雄ペイン・エルドラゴも、ゴブリンから妹を守ったお兄ちゃんも、どちらも変わらぬ誰かの英雄なのだから。
目から溢れそうになるものを堪えて、リードは前を向く。
「ッウェルトさん! 僕は、僕のせいでウェルトさんの人生を、ウェルトさんの価値を無駄にしてしまったと思ってた」
だけど、それは違った。
伝わらなくても、相手が幻想だったとしても、言いたかった。
「ありがとう、ウェルトさん。僕の
自分を責めた時にウェルトがリードより辛そうな顔をしていた理由が、ようやく分かった。
——僕はもう、自分を卑下しない
ウェルトの前でそう誓う。
「ありがとう、リードくん。君のその言葉だけで私は私の人生に意味があったって、ようやく思えたよ」
「……え?」
「さあ、戻る時間だ。合言葉は【私の英雄】。後は君の想いを叫んで私まで届けてくれよ」
「え、ちょっ!? ウェルトさんどういう——」
リードがいなくなった世界で、ウェルトは穏やかに笑う。
「知ってるかい、リードくん。私はあの日——君に出会っていなかったら死ぬつもりだったんだ」
視えているのに救えない命が辛くて。
知っているのに変えられない世界で生きていたくなくて。
だけど初めて未来が定まっていない存在に出会って、その力に目覚めるまで守り続けようと誓った。
「君が戦っているのはいわば運命を修正しようとする世界の力。でも大丈夫、君なら勝てるさ。もうとっくに君は、私にとっての英雄なのだから」
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