第24話 更に遠くなる

「行きます」


 標的に向かって僕は走る。

 対人戦で意識することは目線と次の一手。目線は自分のものはもちろん、相手の目線にも気を付ける。

 ハンナさんがチラリと右に目線を移したけれど、これはただのはったりブラフで下から打ち上げてきた。それを僕は後ろに飛ぶことで回避する。

 ここで重要なことはこの攻撃を受けないで避けること。

 モンスターやレベルを持つ者同士の戦いにおいては、体格で判断するということは最もやってはいけないことだ。

 剣を受けるのは、原則、避けられない時と相手が格下だと判明した時のみにしなければ一瞬で負けが確定する。

 特に、目の前にいる相手はレベルも技術も全てが格上だ。だから、後ろに下がった僕に繰り出された突きを受け流してハンナさんの懐に入り込む。

 目の前にあるのはがら空きの胴体。僕はそこに横なぎの一撃を放つ!


「取ったっ!」

「残念。惜しいわ」

「え? あだっ!」

『マスターの負けですね!』


 手に重い衝撃が走ったと思った直後、気がつくと手から剣が無くなっており、僕の首元に剣が添えられていた。

 誰がどうみてもこの結果は僕の負けだろう。素直に手を上に挙げて降参を宣言する。


「参りました……」

「今の一本は、かなりいい線まで行っていたわ。フェイントにも引っかからず、隙を見つけて剣を振りにくい懐まで入り込んできた。この短時間で行った成果としては満点を上げたいくらいよ。だけど、その満点の行動すら覆してしまうもの、それがレベル差よ」

「はぁ……はぁ……。レベル、ですか……?」

「そうよ。この理不尽な差を実感してほしかったのよ」


 多分、最後に作られた隙はワザとだったのだろう。

 例え狙い通りだったとしても、僕が完全に有利な状態から勝つことができることと、それを可能にするレベルというものに衝撃を受けた。


「えっと、聞いていいものなのかは分からないんですけど……ユリアさんのレベルってどれくらいなんですか?」

「レベルは公開するようなものではないれど、隠すものでもないから別に大丈夫よ。そうね……私たちは全員レベルⅢよ。レベルは一上がるごとに強さがほぼ倍になって行くから、レベル一のリードくんと私たちの実力の差は大体四倍ってことね」

「四倍……」

『マスターは魂の——レベルを獲得したばかりなのですから仕方ありませんよ』


 僕が剣を振るう速度の四倍でユリアさんは剣を動かす。

 確かに、レベルという技術では埋めることができないこの力は圧倒的で——理不尽だ。

 ウェルトさんにもこうして誰かに負けた時期もあったのだろうか。


「ちなみに、騎士団長クラスでレベルⅤ、特級冒険者に至っては二桁に迫ると言われているわ」

「えっと……Ⅴだと、二、四、八、十六倍ですか⁉」

「ふふっ。その通りよ」


 特級冒険者、つまり英雄はそれほど高みにいる。

 そしてウェルトさんはもっと強い。

 そう気がついた僕が思い出すのは、凱旋で見たブロンドの髪の少女。

 僕とほとんど年が変わらないように見えたのに、僕は初心者ルーキーで彼女は英雄ヒーロー

 役者と観客。

 主役と脇役。

 そんな感じの差が、多分彼女との間には存在している。


「アトリア・アトロポス……さん……」

「うん? あぁ、彼女は別格だから変に意識とかしない方が良いわよ?」


 ポロっと口から出てしまったようだけど、ユリアさんから見ても彼女は別格らしい。


「特級冒険者は憧れだし、私達もいつかなりたいとは思ってるわ。だけど、功を焦って死んでしまったら意味がないもの。だから、まずは生き残る練習から始めなきゃダメよ」

「分かり……ました」


 ウェルトさんは諦めないで生き続けることが自分のようになる最強への道だと言っていた。ユリアさんは生き残ることが特級冒険者英雄への道だと言う。

 二人とも、言っていることはほとんど同じ。それはそうだ、死んでしまったら何もできないのだから。

 生きてさえいれば、挑戦を続けることはできるのだから。


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