第23話 実感

 次の日、リードは時間通りに修練場へとやってきていた。

 それは、リードが時間通りに起きることができたから——


「遅れたと思ったけどぎりぎり来てなかったみたいだね」

『マスターが中々起きなくて私が焦りました』


 ではなく、ウェラリーが起こしてくれたからだった。

 気絶と睡眠は別物とはいえ、衝撃的なことが沢山あったせいか、リードの目は興奮ですっかり冴えてしまい眠るのが遅くなってしまったのだ。

 しかし、遅れたとしても迎えに来てくれるとは言われていたものの、ウェラリーがいる時点でリードに遅刻という二文字は存在しなかった。

 ちなみに、ギルド職員であるハンナはすでに出勤しており、モンスターと初めて戦ったことに対する心配とレベルを獲得したことについて祝福の言葉を貰った。


「あら。ちゃんと起きれたのね」

「ん。起こしにいこうと思ったのに」

「リードくんはこれまで無遅刻無欠席で偉いっすね!」


 ちょうどそこに『恵みの雨』の三人がやってきたようだ。

 残念そうに言うリルと褒めるラビ。

 自分の力で起きたわけではないリードは苦笑いをすることしかできない。

 異能は自分の力の内だと判断する人も多いが、人格という確かな個性を持っているウェラリーはリードにとって能力というよりも相棒という感覚に近かったのだ。


「リードくん、練習の時はこっちの剣を使ってくれるかしら? 重さはともかく、なるべく同じ長さの剣を選んできたつもりなんだけど……」

「えっ……。『白蓮』じゃ駄目なんですか?」


 昨日銘を付けたばかりなのに出番はないと言われて若干、いや、かなりショックを受けるリード。

 しかし、その様子を見たユリアは曖昧な笑みを浮かべて言った。


「ごめんね。普通は感覚が狂わないように自分の剣でやるのだけど、リードくんの『白蓮』? は性能が高すぎて多分私たちの剣の方が耐えられないのよ……」

「『白蓮』ってそんなに凄い剣なんですか⁉」

「ええ。もしかして、咄嗟のことで覚えてないかしら? 昨日、リードくんは適当に振った剣でゴブリンを棍棒ごと両断したのよ? 型や流派に沿った振り方なら分かるけれど、ただの袈裟切りで両断できるのは剣の性能が圧倒的なのよ」

「な、なるほど……」


 剣の性能を褒められて嬉しい反面、適当とかただの袈裟切りと言われてリードは喜べばいいのか落ち込めばいいのか分からない微妙な心境に陥っていた。

 昨日今日初めて剣を握った人なら気にしなくても良いと思うが、リードは一応だけどウェルトに剣を教えてもらっていたのだ。

 つい昨晩も素振りをしていただけに受けたダメージがでかい。


「納得してもらえたかしら?」

「はい! 納得しました。大事な武器をダメにするわけにはいきませんからね」


 こればかりは仕方ないと白蓮を置いて木剣を手に持つリード。


「そう。じゃあ最初はリードくんの実力を確認するから適当に打ってきてちょうだい」

「はいっ! お願いします!」


 リードは剣を構えてユリアと相対する。

 しかし適当に打ってこいと言われたものの、相対するユリアに隙が全く見当たらず、最初の一歩を踏み出せない。


「ふふっ、どうしたの? これは実戦じゃないのだから遠慮しなくていいのよ?」

「行きます……!」


 そうだ。

 これは実力を測るだけなのだからそんなに身構えなくても良いのだ。

 そう考えてユリアの方に一歩踏み出して——驚く。


(何これ⁉ 速い……⁉)


 レベルアップによって段違いになった自分のスピード。

 一歩踏み出したはずなのに既に数歩先にいる感覚。

 すごい、これがレベルアップするという感覚。

 しかし、自分でも驚くほどのスピードで繰り出された剣はユリアにいとも簡単に止められた。


「良いわ、その調子よ」

「はいっ!」


 身体が動く。

 別人の身体を借りていると言ってもいいほどの、文字通り別次元の感覚。

 真っ直ぐに振り下ろすと簡単に防がれた。だから斜めに剣を走らせるもそれでも簡単に防がれた。

 しかしそのままの勢いで胴体を狙い、防がれた反動で続けざまに剣を振り下ろす。

 リードが繰り出す全ての攻撃が余裕で防がれてしまうが、リードが考えていたことはただ一つ。

 

(楽しい! こんな感覚初めて……!)

 

 歓喜で埋め尽くされていた。

 普段の倍ほどのスピードで動く己の身体、剣に振り回されずに打ち込めている感覚、力強い膂力に、響き渡る剣戟の音。

 そのどれを取っても初めての感覚。

 つい最近までできなかったことが、想像でしか不可能だった動きができる。昔と今で変わったことはレベルがあるかどうか、ただそれだけ。

 リードはレベルの恩恵を直接肌で感じ取っていた。しかし、それと同時に、目の前にいる先輩冒険者との間にある大きな差も感じ取っていた。

 そして憧れとの距離も感じていた。

 だが、その距離が一気に縮まったという事も感じ取っていた。


「ふっ! ストップよ」

「あっ……!」


 ユリアが剣を振り上げた勢いのままリードの手から剣が離れ、後方へと突き刺さる。

 ユリアがリードの実力を測り終えたため強制的に終了させたのだ。


「基本はできているけれど真っ直ぐすぎるわ。……普通、初めてレベルが上がると向上した身体能力のせいで満足に剣を振るえないはずなんだけどセンスがすごいのかしら……?」


 その呟きを聞き取ったリードには思い当たる可能性が一つだけ存在した。

 ユリアが言うには、普通だと初めてレベルアップした時、一気に向上した身体能力に今までの技術だと付いてこれなくなるはずらしいのだが、リードの場合はその逆だった。

 多分、レベルアップしたことによって初めてウェルトに教わっていた剣術を使えるようになったのだ。


(ウェルトさんは凄いや……)


 レベルアップ後を想定した剣術を習っていただなんて突拍子もないことを言うことはさすがに出来なかった。

 だが、彼女ならきっとできてしまうのだろう。

 それが分かる。分かってしまう。

 今までの努力が無駄ではなかったと証明され、歓喜の気持ちが湧きあがる。


「まぁいいわ。とりあえず、今日は私が剣術のレクチャーをするわ。リードくんは魔法が使えるらしいから、明日はリルによる魔法のレクチャー、明後日はラビが色々とレクチャーしてくれることになってるわ。流れ的には午前中にレクチャーを行って、午後に弱いモンスターの討伐に向かいましょう。……とりあえず、悪い部分を次々と指摘するからまた打ち込んできてちょうだい」

「はいっ! よろしくお願いします!」

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