第5話 変形自在

 突然視界内に現れた少女から得ることができた答えをリードは一切理解することができなかった。

 こんがらがって首を勢いよく振ってみると、その少女も視界が動くスピードに合わせて移動しているようだった。

 視界はぐるぐる回るのに、その少女は常に同じところに存在する。それが何となく面白くてずっと首を振っていたら、当たり前だが目が回って酔ってしまった。


「じゃなくて! 【管理者アナウンス】って、僕の異能だよね?」

『イエスと回答します』

「……それが改変コンバートして【管理人ライブラリアン】が作成されたってどういうこと? それに仮想人格って何!?」


【|管理者(アナウンス)】はリードの持つ異能の名称だ。

 その効果は自身に関わる危険や出来事を文字通りアナウンスし教えてくれるもので、その発動はランダムなはずなのだが、どうやら改変コンバートして【管理人ライブラリアン】になったらしい。

 そう考えてみたものの、何を言っているのか自分ですら全く分かっていなかった。

 でも、まさかと思いつつも脳内で一つの可能性に思い至る。


『私は元【管理者アナウンス】だったものだと回答します。マスターが新たに発現させた【世界図書館ワールド・ライブラリ】と同期し、仮想的な人格を形成した結果マスターの視界に存在すると回答します』

「えっと、君は【管理者アナウンス】だったもので、【管理人ライブラリアン】に進化したってこと? それと、僕が【世界図書館ワールド・ライブラリ】っていう異能に目覚めたの?」

『全てイエスと回答します。また、仮想人格は変更可能です』


 そのこと自体は嘘だと疑っていない。

 何故なら、この仮想人格と名乗るものから聞こえる声をリードは知っていたから。

 いや、知りすぎていたから。

 この声は確かに紛れもなく【管理者アナウンス】のもの。リードが物心ついてから、いや、つく前から共にあった存在異能そのものだ。


「仮想人格の変更ってどういうこと?」


 気になった言葉を質問していく。


『現在の人格は【管理者アナウンス】を引き継いだものであり、初期状態です。また、容姿も仮想容姿として作成されているため、マスターの指定した容姿性格に変更が可能だと回答します』


 今の【管理人ライブラリアン】は言葉に抑揚もなく、どこか機械的だ。

 受け答えも堅苦しく、確かにどこからか【管理者アナウンス】の面影を感じる。

 慣れ親しんだこの声でも良いが、変えられるものなら変えてみたい。

 だが、どのように指定すればいいのかがさっぱり分からない。


「あの、こう指定したらこうなるみたいな人格の例とかあったりしないかなぁ……なんて」

『あります、と回答します』

「あるの!?」


 ダメ元で聞いてみたがあるなら見せてもらいたい。

 その中に良いものが見つかるかもしれないし、どこまで幅広く対応しているのか見てみたいという気持ちも存在する。

 ならば、と見せてもらうことにした。


『マスターに対する有力候補から起動します。仮想人格変更:設定番号十八。妹アインス』

「え?」

 

管理人ライブラリアン】を光が包み込み、しばらくすると変化したシルエットが浮かび上がってくる。

 露わになった姿にリードは声も出すことができない。


『ねぇ、リードお兄ちゃん。私の性格これでいいかなぁ? それとも、これじゃ……ダメ……?』


 絶句。

 あまりのその変わりように驚きすぎて言葉が出なくなった。

 正装のような堅苦しい恰好から一変、ツインテールにオシャレなスカート姿へと変化した。そしてついでと言わんばかりに声も幼く変化している。

 それは、まるで本物の妖精のような可憐さを備えた美しい少女で——リードはぐっと胸元を押さえつけた。


「ア、アウト! 次のにして!」

『これじゃあダメなの? そっかぁ……。仮想人格変更:設定番号十九。妹ツヴァイ』

「んんっ?」

(あれ? 今、また妹って……)


 抱いた疑問の答えはその直後、簡単に知らされることとなった。

管理人ライブラリアン】を包み込んでいた光が晴れ、姿があらわになる。


『兄さん。私の人格はこれで大丈夫ですか? これもダメ……ですか?」


 今度はポニーテールに柄が存在しないスカート。

 町娘というよりは貴族の礼儀正しい令嬢のような少しだけキッチリとした格好へと変化した。

 深窓の令嬢を思わせる美しさにこれではダメかと聞く敬語とのギャップに胸を打たれ——リードは土に膝をついた。


「そ、それもダメ! チェンジ! チェンジっ!」

『そうですか……。兄さんの希望に添えず残念です……。仮想人格変更:設定番号二十。妹ドライ』

「んんんっ? えぇっ?」

(今、また妹って言ったよね……?)


 確かにまた聞こえた。否、聞こえてしまった。

 それはつまり、今光が包み込んでいる【管理人ライブラリアン】が現れた時に発せられる言葉は……。


『……にい……さん。これじゃ……だめ?』


 次は髪をロングに伸ばして、少しぶかぶかな服から顔を覗かせて恐る恐るこちらを窺う少女へと変化した。

 主張が激しい胸とは対照的な強く主張することができない控えめな性格で、否定を恐れつつも兄である自分にだけは気を許す少女の姿に——リードはハッとなって叫んだ。


「変な考えを持つな! 僕は兄じゃないだろう!?」

『ひうっ……ぐすっ……ごめん、なさい』

「あ、違うよ! 君に怒鳴ったわけじゃないからね……って違う! そうじゃなあああい!」

『ごめん、なさい……。仮想人格変更:設定番号九十九。メイド毒舌』


 何やら聞き捨てならない単語が聞こえてきて、とりあえず落ち着いて話をしようと変化を停止させようと声を張る。


「ストップストップ! 途中でもいいから一旦止めて!」


 すると、光がパッと消えてメイド用のヘッドドレスを付け、メイド服を着かけた下着姿の少女が現れた。

 本当に変化している途中で止まった少女がこちらを冷たい目で見つめながら——


『まったく、ごちゃごちゃと注文の多いご主人様ですねぇ? 自分のメイドの着替え姿を覗き見ようだなんて、いくらモテなくて童貞なご主人様でも軽蔑いたしますよ?』

「な、なななっ! どど、童貞ちゃうわっ!」

『それで、いつまでじっくりねっとりと見ているつもりですか? 私を見て欲情するなんて、ほんとキモイんですけど』

「ストップ! もうやめて! 僕が悪かった! ちゃんと考えるからぁ!」


 リードの悲痛な叫び声が森の中に木霊した。

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