第34話 大鬼

「回復草はこれで終わりっと! 後は魔力草を一束と見つけられたら月光草かな」


 灰色の本を片手にリードは立ち上がる。それと同時に手に持っていた回復草が姿を消した。

 木漏れ日がが降り注ぐ森の中で辺りを見渡す。辺りの気配を探り、モンスターが居ないことを確認してから再び森を進む。

 森に入って数刻、採取依頼は今のところ順調に進んでいるといえた。


『それと討伐依頼です』

「そうだね。で、目撃された場所はこの近くで良いのかな」

『はい。あと十分ほど進むと目的地です。数体確認されているらしいので注意を。そろそろ魔導書を消してください』


 そうだったと思い出したように手に持つ魔導書を消す。

 一度インストールした本は魔導書など本の種類に限らず念じるだけで出したり消したりすることができる。

 リードが持っていた本は【亜空間庫イベントリ】の魔導書だ。まだ魔導書なしで【亜空間庫イベントリ】の魔法を使うことができないため、採取したものをすぐに収納することで魔導書なしで発動できるように練習していたのだ。


「あ、魔力草だ。魔導書消したばっかなのに……。うーんと、【亜空間庫イベントリ】! よしっ! 使えた!」

『おめでとうございます。私の予定よりずっと早いですが、【亜空間庫イベントリ】は魔力制御が大事な魔法なので、昨夜の練習がこちらにも実を結んだのでしょう』


 昨夜というと魔法の出力を一定にすることだろう。

 体感的には一切上達できた気がしていなかったけれど、実際に効果があると知れて益々やる気が出てきた。

 今すぐにでも始めたいくらいだけど今はクエスト中。それも討伐依頼なのだから気を抜くわけにはいかない。

 今回討伐するのはビッグボア。脅威度はコボルトやゴブリンと同じランクEモンスターで、しかも群れではなく単体で行動するため下手するとコボルトよりも弱い。

 食用肉としても知られており、中々いい値段で買い取ってもらえるしウェルトが何度も狩ってきたことがあるためリードも何度も食べたことがあるが、控えめに言って好物だ。

 即ち【亜空間庫イベントリ】によって丸ごと持ち帰ることができるリードにとっては二重の意味でとてもおいしい依頼だった。


『もうすぐ着きます。念のため剣はいつでも抜ける状態にしておいてください』

「分かった」


 薄暗い森から、長い滝を中心とした明るく開けた場所に出る。

 神秘的にも感じるその光景に一瞬呆けてしまったけれど、すぐに気を引き締めて泉に近づく。


「ここで目撃されたんだね。確かに足跡がたくさん残ってる。——ん? 血の匂い……?」


 ここが森の中でなければ嗅ぎ取れなかったであろうほど微かに漂うその匂い。その匂いは泉に繋がる滝の上流から風に乗って流されてきたようだ。

 よく見ると川に流れる水は少し赤い。底が見えるほど澄んだ泉を徐々に侵食しているような印象を受けた。

 しかしそんな感想を呆気なく塗り替えるような何かが川を勢いよく流れていき滝から落ちて行く。

 流れてきた一つを岸に揚げる。


「これは——ビッグボア⁉」


 リードが川から引き揚げたものはビッグボア。

 ただしそれは、頭部を無残に散らし誰がどうみても死んでいる状態だった。だが、見た限りでは頭部以外に損傷はなく、すぐにでも解体できそうなほど綺麗な状態だ。

 川の水を血の色に染め、新鮮な空気を汚す血の匂いを運ぶ。

 討伐依頼が出され、リードによって狩られる予定だったビッグボアはこうして死んで水に浮かんでいる。

 しかし頭部を破壊されている時点で自然ではない。何かと争ったビッグボアが結果負けた、ということだろう。


『上流で何かがあったのかもしれません。どうしますか? 私としては予期せぬ事態として撤退を推奨します』


 ウェラリーは言わないけれど、頭部が破壊されるのは普通じゃない。

 いや違う。

 他に傷を付けずに頭部だけを破壊するなど普通ではありえない。思いつく可能性としては、圧倒的な力を持つ何かに一撃で殺されたかそれとも強力な魔法を浴びせられたか。

 いずれにせよ、リードでは勝てそうにない存在がこの先にいる。

 ウェラリーはその辺を危惧して撤退を勧めたけれどリードは——


「行こう。ビッグボアを倒したのが偶然通りかかった冒険者とかなら安心だけど、もしもモンスターなら大変なことになる」

『……かしこまりました、マスター。索敵を絶対に怠らないようにして下さい。それと念のため剣を抜いた状態で行きましょう』

「分かった。……ありがとう」

『……マスターの意思を尊重したまでです』


 リードは剣を抜き、上流へと足を進めた。純白の剣は太陽の光を反射させ、出番はまだかというかのように煌めいた。

 

 ☆

 

「これは……」

『酷いですね』


 上流へと川を辿る道は散々たる状態だった。

 巨大な何かが通ったかのように木々は薙ぎ倒され、ところどころにゴブリンやコボルトの死体が散乱している。

 上流に向かえば向かうほどその破壊の跡は大きくなり、モンスターの死体も増えていった。


「これは人、ではなさそうだね。何のモンスターだろう。……かなり大きい」

『足跡から見てどうやら人型ではあるようです。それと先ほどのゴブリン、切り傷がありました。武器を持っている可能性があります。充分注意して進んでください』

「分かった。気を付けるよ」


 先ほどよりも慎重に足を進める。

 先に進むごとにモンスターの死体は増え、ビッグボアまでも見かけるようになっていった。死体の量に比例して血の匂いも濃くなっていく。

 その死体につく傷の場所も種類も様々だけど、どれも共通で一撃で仕留められている。

 リードが森で過ごしておりモンスターの死体になれていなければ何度も嘔吐しているであろうほど残酷な光景。しばらく先まで破壊の跡は続いていた。

 しかし、その跡もようやく終点が見える。

 何かが何かを捕食するような光景。

 動いているモンスターは一体だけ。多分あれがこの惨状を作り出した原因元凶。

 ゆっくりと慎重に、見える距離まで近づく。


「あれは、醜豚オーク……? いや違う。醜豚オークは食べられているのか……?」


 リードは、木の陰に隠れながら、その正体を探る。倒れ伏しているのは、やはり醜豚オークだった。

 醜豚オークはランクDモンスターで、食用としても幅広く使われているモンスター。

 ランクDの脅威度の割には強くない・・・・

 それはなぜか。醜豚オークの脅威はコロニーをつくる集団力と、ゴブリンにも迫る高い繁殖能力だからだ。

 つまり醜豚オークの脅威度は集団と対峙することが前提としてランクCモンスターに位置づけられている。

 とは言っても、個々の戦闘力はランクDモンスター程度は有しているため、ゴブリンやコボルト、ビッグボアを惨殺することは容易である。

 その醜豚オークの集団が無残に殺され、捕食されている。

 グチャグチャ、と音を立てながらグロテスクな映像を作り出している捕食者。

 それは顔を上げ、リードの方向を見た直後。


 

 目が合った。

 

 

『ッッ⁉ 避けてくださいマスター! 大鬼オーガです!』


 風を切る音が聞こえた。

 ウェラリーの声を聞き、考える間もなく反射的に左へ飛んだ。

 直後、リードは吹き飛んだ。

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