第18話 ゴブリンの討伐(一体)
「は、はいっ! ごめんなさい!」
「ふふっ。安心して。初めての戦闘だから、敵はゴブリンよ」
「ゴ、ゴブリンですか……」
——人型モンスター【ゴブリン】
討伐難易度は全モンスター中最下位のF級、その中でも最弱と言われている緑色の醜い容姿をしたモンスター。
武力は成人男性並みで、知性なく本能のままに襲ってくることが特徴である。
しかし、その弱さを補うほどの数の暴力、即ち繁殖力が唯一の脅威とされており、ギルドに常設クエストとして討伐依頼が載せられているほどだ。
そして、最弱だからこそこうして先輩冒険者からの指導中に戦闘をし、最低限冒険者としてやっていけるだけの力があるのか見るために使われている。
……だが、リードにとっては、例えゴブリンであってもモンスターというだけで恐怖の対象だった。
「えっと、数は五体、ただのゴブリンのみで右斜め前方から来るっすよ!」
ラビが索敵から戻ってくる。
「じゃあ、私たちが一体を残すからリードくんは一体を倒してみましょうか。ラビ、サクッとお願い」
「が、頑張ります!」
「任せるっす!」
短剣を構え、軽快な動きで木の上に飛び乗ったラビ。
頭上から奇襲を仕掛けるようだ。
グギャギャッ! という鳴き声と共に現れた緑色の肌をした
リードとの距離は約十メートルほどだが、ユリアとリルを視界に入れたことで興奮した様子を見せる。
「思考が単純なんすよっ! っと」
「グギャギャッ!?」
背後に降り立ったラビがゴブリンの首を掻っ切り、五体中四体のゴブリンを一撃で絶命させ、そのままの勢いでリード達の元まで戻ってくる。
突然仲間を失ったゴブリンは焦ったような声を上げるが、ラビが目の前に現れたことによって仲間のことなど忘れたかのように襲い掛かってきた。
「残り一体にしたっすからリードくんが頑張るっすよ。これは冒険者になるための試練のようなものっすから助けはないっすからね!」
「……リード、ファイト」
ゴブリンの正面に立ち、二人から応援を受ける。
だが、二人の声がリードの耳に届くことはなかった。
リードの心をたった一つの感情が占める。即ち恐怖。
——怖い。この恐怖から逃げたい。みっともなく投げ出してしまいたい。
視界がチカチカして、足が震えて足元が覚束なくなる感覚。
歯がカチカチと音を立て剣を持つ手の感覚が消えた。
リードの目の前が真っ暗になる。
リードの心を埋め尽くすのはトラウマとも呼べるほどの恐怖心。
いくら魔法を覚えても、モンスターを倒すのだと意気込んでいても、これまでモンスターに負け続けた、彼女に守られ続けた連綿とした記憶がリードの心にこびりついて蝕んでいた。
そう考えてみたものの、人の中で最弱とモンスターの中で最弱には大きな差が存在している。
ゴブリンは冒険者なら片手で捻るほど簡単に討伐することができるモンスターだ。
だが、リードはまだ冒険なんてしていない。
つまり、まだ冒険者ではない。
なら逃げだしてもいいのではないか? ——違う。そうじゃないだろう。
リードの目に光が戻ってくる。
例え誰一人証人がいなくても、あの日、最強になると確かに誓ったじゃないか。
例えその約束を知るものがもう存在しないのだとしても、彼女が視た未来にたどり着くと誓ったじゃないか。
英雄になり彼女に誇れる自分になると誓ったではないか。
それなのに、こんな初歩の初歩で躓いていて一体どうするんだ。
――
崩れそうだった足をがっちりと踏みしめて、リードは五感を取り戻した。
「リードくんっ!」
『しっかりしてくださいマスター! 剣を抜いて攻撃してください!』
ハッと我に返ったリードの目に映ったのは、今にも自分を殴り殺さんとする、手に持つ棍棒を振り上げたゴブリン。
——まずいっ! 死ぬっ!
「う、わあああああああっ!」
「ギャッ――!?」
リードは、先ほど数瞬前に考えたことかっこいい決意も忘れて恥も外聞もなく叫びながらゴブリンに向かって剣を振り下ろした。
切り裂く感触もほとんどないままゴブリンの断末魔が耳に入り、リードはゆっくりと正面を見やる。
「……わ。すっごい切れ味」
リルが驚いたように呟く。
「たお……した……?」
『お見事です。マスター』
リードの目の前にあったのは、棍棒ごと腹から真っ二つにされたゴブリンの死体。
生まれて初めて、正真正銘自分の実力でモンスターを殺したのだ。
例えそれが、最弱相手の小さな冒険だったとしても、リードにとって初勝利という結果はとても大きな成果だった。
自分はもう最弱ではない。その言葉が口だけではなく成果として示され、胸の奥から込み上げてきた気持ちをそのまま声に出す。
「よっしゃあああああっ!」
「おめでとう。完全に武器の性能に頼った戦いだったけれど、悪くなかったわ」
「ん。ギリギリまで動かなくてハラハラした。……作戦?」
「リル、あれはただ動けなかっただけっすよ。でも、助けを借りずに一人で倒したんすから、冒険者の資格ありっ! っすね!」
その言葉を聞いて、今は一人じゃなかったということを思い出してパッと背後を振り向く。
リードの目に入ったのは、微笑ましそうな表情のユリアとリルと短剣を両手に持ったまま満足そうに頷くラビの姿。
助けないと言ったのは発破をかけるためだとか色々理解したが、それよりも先に恥ずかしさが込み上げてきた。
カーッと赤くなるのを感じつつもそれ以上に充足感を感じ、リードはユリアたちの元へと一歩進む。
「おめでとう。確かにこの目で見たわ。モンスターを殺したのはこれが初めてかしら?」
「はいっ! 初めて倒せましたっ!」
「そう。じゃあ……そろそろかしら?」
「そろそろ? なに……が……ぇ?」
突然視界がぐにゃりと曲がり、バランスを取れずに膝をつく。
気持ち悪い、今にも吐きそうな感覚。
解体には慣れているから、死体を見たからという原因はありえない。
『落ち着いてください。魔素過多症です』
「……かた……しょう……?」
「ん。よく知ってる。このために居るから安心して寝ると良い」
ドサッと倒れこむ直前に、誰かに抱き留められる感覚がした。
その感覚を最後に、リードは意識を失った。
「さて。さっさと街まで戻るわよ」
ユリアがリードを背負いながら言う。
端から見れば弟を介抱する姉のようにも見える光景だ。
ラビがゴブリンの討伐証明部位を切り取り、リルがリードの剣を持った瞬間、薄目を見開いて驚愕の色に染まった。
「ッ!? これ、すごい魔道具! 信じられないくらい秘匿されてる……」
「そうっすか? 自分には色が珍しいだけで何の変哲もない剣にしか見えないっすけど……。あ、切れ味には驚いたっすよ!」
「ん! 持って! そしたらわかる!」
「そうっすか? ――ッ!? 何っすかこれ!? これググッっと来るっすよ! 一気にググッと! ……ぁ、でも……」
リードの剣を持ったラビがふらつく。
それを見て咄嗟にリルがラビから剣を奪って鞘に納めた。
「んっ! ラビは魔力が少ない。長く持っちゃダメ」
「あ、危なかったっす。もう少しで自分まで気絶するところだったっす……」
魔道具自体が珍しく、強力な魔道具は魔力消費量も多いことを失念していた。
「ちょっと二人とも! 例え新人でも冒険者の事情に深く介入していけないってルール忘れたのかしら!?」
ユリアはリルたちの方を見て叱る。
「でも! わざとじゃ!」
「でももだってもないの! 良い? あとでリードくんにちゃんと謝っておくのよ?」
「ん……」
「分かったら早く戻るわよ」
不可抗力とはいえリードの剣の能力を知ってしまったリルたちは反省した様子を見せ、リードが起きたら謝ろうと決めた。
……もっとも、リードは剣が魔道具だということ自体知らなかったのだが。
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