24 錦美咲は変態で苦労人で美少女好き 中編
「ゔぅ……。私の夢がついに叶ったよ〜。ありがとゔね、天ちゃん!」
「えっと、いえ……喜んでもらえてよかったです」
鼻水を垂らし、泣きながらパンケーキを食べる大人の女性。
綺麗な人だけに、この光景は中々に残念だ。
柏木もどうしようか対応に困っているのか、ちらちらと俺の顔を見てきている。
『ちょっとあんた! どうにかしなさいよ!!』と、言いたげな視線を何度も送ってくるが……。
悪いな柏木。
これは所謂、対岸の火事。
面倒事に態々首を突っ込みたくはないんだ。
こういう時は無視に限る。
……いくらテーブルの下で足を蹴られようともね。
うん、わりと痛い。
俺は、素知らぬ顔でお茶を啜り、ふぅと息を吐いた。
まぁ柏木が美咲さんの言っていた『夢が叶った』という部分を聞き返さないあたり、なんとなく察しがついているのだろう。
ちなみにだが、美咲さんは柏木の名前を知っている。
風邪でぶっ倒れた時に、家まで運ぶのを手伝ってもらったからね。
「紅葉ちゃんと桜士ちゃんは美少女なのに料理出来ないからさ〜。ようやく“美少女の手料理”にあり付けたよっ!」
「それは良かったな、美咲さん。ただ、俺を美少女枠に入れるのはやめてくれ」
「はいは〜い。善処しまーす」
手をひらつかせ適当な相づちを入れてくる。
これは訂正する気がないな。
女装した自分の自業自得だとしても、男としては微妙な気分だよ。
俺は、はぁと深く息を吐き頬杖をついた。
「あの、マネージャーさん。聞いてもいいですか?」
「あ、美咲でいいよ! 私も天ちゃんって呼んでるし」
「では美咲さんって呼びますね。美咲さんは料理とかはしないんですか?」
「はは〜そんなの無理!」
「自信満々に言うことじゃないと思いますが……。じゃあ、篠宮家で料理を作ってあげるとかはないんですね」
「そうよ〜! 私は謂わば、金を運ぶ鳥……。美少女に金を使い、美少女のために生き、そして美少女のために死ぬ——それが本望」
口で「キラーン」と言い、キメ顔をする二十八歳独身……。
うん、中々に痛々しいな。
柏木は反応に困っているのか、ぽかんとしてしまっている。
「かっかっか! そんなじゃ美咲、結婚なんて夢のまた夢だぜ〜」
「そんなことないって! 私だって努力してるんだからっ」
「お見合いを失敗する努力だろー? そんなんじゃ恋もままならないし、貰い手がなくなるぜぇ」
紅葉から容赦のない、ぐさっと辛辣な言葉を投げつけられて、美咲さんはあっと目をしろくろさせる。
そして、バタンとテーブルに倒れ込み項垂れてしまった。
うわぁ……。
紅葉の奴、相変わらず酷いな。
美咲さんに対して本当にズバズバと切り裂いてくし。
「そうよ……。錦美咲……仕事に生きて早六年……、恋をする時間なんて――」
「いや、美咲が美少女の尻を追いかけてるせいだろぉ~? だからお見合いが失敗するんだって」
「お見合いは相手が悪かったの、聞く耳持たないし……。何が『もっと広い視野を持ったほうがいい』よ。美少女は世界そのもので広いも何もないし、『好きな食べ物は』って聞かれて”美少女”って答えた私に悪いところなんて何一つないわ!!」
「「「いや、全部ダメでしょ」」」
三人のツッコミが見事に重なった。
美咲さんは目をぱちくりさせて、何言ってんのと言いた気な態度を示す。
いや、それを言いたいのは俺らだからな?
ってか、お見合いぐらい頑張って演じろよ。
「それで、電話で私に勝負を挑んだってことは、お願いがあるんだよねー?」
「流石に察しがいいなぁ」
「いえいえ〜。紅葉ちゃんや桜士ちゃんのお願いだったら可能な限り聞いちゃうよっ」
「お~。助かるぜぇ美咲~」
「ふっふっふ~、大船に乗ったつもりでド~ンと頼んで! 買い出しだろうが、マッサージだろうが、ストレス解消のサンドバックにだってなって――こほん。願望が漏れてしまったわね。今のは聞かなかったことで、よろっ!」
舌をぺろっと出し、俺達に向けてウインクを繰り返す。
いや、流石にそれは無理だろ。
みんな聞いてしまってるし、俺と紅葉も美咲さんの言動に慣れてるとは言え、若干引き笑い気味だ。
この後、アルバイトとして柏木を紹介するわけだが……その仕事先に柏木は不安を覚えているのだろう。
さっきから、「これはお金のため。これはお金のため」と、ぶつぶつと自分に暗示をかけるように呟いている。
まぁ、心配する気持ちはわかるけど仕事になれば“出来る女性”になるから、杞憂ではあるんだけど。
知らなければ、不安になるのは無理もないか。
俺はお茶を啜り、ため息をついた。
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