26 車の中で、錦美咲という人間 前編


 私を乗せた車は、まばらになった夜の街道を走っていた。

 一度、私を家に送ったことがあるからか特に迷った様子もなく、真っ直ぐに家へと向かっている。



 信号待ちをする車の中で、街道沿いに煌々と明かりを放つコンビニを私はぼーっと眺め時が過ぎるのを待っていた。


 うぅ、気まずい……。


 今日が初対面の人に家まで送ってもらう。

 更には、車という密室の空間。


 それらのせいで緊張と変な焦燥感が襲い落ち着かない。

 人付き合いが得意な方ではない私にとって、辛い時間である。


 これで音楽が流れているなら、耳を傾けるだけでいいんだけど……。

 何も流れていないのよね。


 聞こえるのは、車のエンジン音にクーラーの音。

 後は――



「るーるるる~」



 ノリノリのマネージャーさんの声だけ。


 なんだろう?

 ……キタキツネでも呼んでるのかな?


 私はチラッと運転をしているマネジャーさんを見る。

 彼女は、音楽を流しているわけでもないのにさっきからこの調子なのだ。

 ご機嫌な顔で鼻歌を歌いながら弾いてる。


 元気でハイテンションなマネージャーさん。

 悪い人ではなさそうだけ、イマイチ掴みどころがないのよね……。


 私がそんなことを考えていると、マネージャーさんが話し掛けてきた。



「どうしたの~? 何か私の顔についてるのかな??」

「いえ。なんか、あの、凄くご機嫌なようすだったので」

「あれぇわかっちゃう~?」

「鼻歌交じりでノリノリで運転していますし……」



 マネージャーさんは「照れるな~」と茶目っ気たっぷりに笑った。

 私に言われたからその動きをやめるってことはなく、変わらず上機嫌でリズムに乗って頭が左右に揺れている。



「マネージャーさん。ほんと、すいません。色々ご無理をお願いして……」

「ふふ~、遠慮しなくていいよ! 夜のドライブは好きだし、可愛い子と仕事するのは最高だからっ」

「ははは……。それでご機嫌だったんですね」

「うーん、確かにそれもあるけどねっ」



 含みのある言い方に私は首を傾げた。



「単純に嬉しいのよ。桜士ちゃんと紅葉ちゃんに話せる相手が出来たことが」



『子供を心配するような母性に溢れる表情』、そういった方がいいかもしれない。


 そのぐらい慈愛に満ちた優しい表情をマネージャーさんはしていた。



「篠宮君と紅葉のことだから、話相手ぐらいいそうな気がしますけど……」

「確かに演技をしてればね~。でもそれは素の自分ではないし、特に桜士ちゃんは気が抜けないだろうから……心配なのよ」

「だから、よく家に行ってるんですね」

「そうそう! あの子達は、私の子供みたいなものだしね〜。いつも心配で心配で」



 おどけた調子でそう言ったが、どこか演技臭く思えてしまった。

 普段から演技というものに敏感だから、過剰に反応してしまっている可能性もあるけど。


 でも……演技臭いと言っても、悪い感じや隠し事がある雰囲気はしない。

 だから、場の空気を壊さないように、居心地悪くしないように気遣ってくれてるのかも……。


 私は自分をそう納得させた。

 すると、「あ」と何かを思い出したような声をマネージャーさんが出した。



「そうだ! 天ちゃんのお仕事だけど〜」

「はい! あ、でもいいですか本当に……? あの時は双子に乗せられてみたいな雰囲気もありましたし……」

「あはは~。確かにね~。でも、本当にお願いするつもりだよっ。もちろん、天ちゃんが嫌なら断ってもいいからね」

「やらせていただけるなら……やりたい、です」

「じゃあ最初は私の補佐をお願いね~。他は徐々にできるようにしてもらうみたいな感じでよろっ!」



 ビシッと敬礼を決める。


 目元もきりっと凛々しく、キメ顔をしているみたいだけど……。

 片手で運転は怖いなぁ。

 そんな私の心配を他所にツッコミを待っているのか、敬礼を崩さないマネージャーさん。


 私の口からはため息が漏れ出た。


 色々と心配な面はあるけど、バイトをさせてもらえるなら頑張らないと。

 それにしても”補佐”かぁー。


 ちょっと心配なのよね。

 あの二人って何するかわからないところがあるし……。



「今の私は、現場対応からスケジュール管理、営業、それから体調や精神面。それを全て受け持ってるからね〜。天ちゃんが来てくれると助かるわ~!」

「普通そういうのって、何人か分担するんじゃ……」

「まぁ〜ね。ただ、あの子達の秘密を知ってる人じゃないと出来ないでしょー?」

「確かに……」



 そっか……。

 私を含め”紅”の正体を知る人はほとんどいない。

 今日の会話を察するに、マネージャーさんと社長、そして私ぐらいだ。


 ……改めて考えると責任重大なのよね。

 そう考えると、体が不安でぶるっと震えてしまう。



「それで〜、天ちゃんはどのくらい来れるのかなぁ?」

「えっと、毎日……がんばります」

「毎日!? いやいや、流石にそこまでは……学生だから難しいでしょ?」

「いえ、早めに稼ぎたいので」

「うーん。そんなに無理しなくても――何か、訳ありなのね?」



 私は小さく頷く。

 でも、これは言えない。

 情に訴えるとか、そんなことはしたくないし……これは単なる私の我儘だから。


 理由を口にせず黙っている私にマネージャーさんは、優しく微笑みかけてきた。

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