27 車の中で、錦美咲という人間 後編


「そうだ天ちゃん!」



急に大きな声で名前を呼ばれ、私の体がびくっと跳ねた。

私が不服そうな顔を向けると、相変わらずニコニコとした笑みをマネージャーは浮かべていた。



「えっと、どうかしましたか……?」

「ほら、天ちゃんの“マネージャーさん”って呼び方は他人行儀でしょ〜? そうじゃなくて美咲って呼んで欲しいなぁ〜って!」

「流石にそれは……」

「み・さ・き! リピートアフターミィ〜??」

「で、では美咲さんで」

「あらら〜、桜士ちゃんと一緒の呼び方ねっ。別にいいけど!」



 突如、投げかけられた提案を勢いに押されて受け入れてしまった。


 独特の間に、独特の雰囲気。

 さっきから、流されっぱなしだなぁ。


 その事実に思わず苦笑した。



「あの美咲さん。ひとつ伺ってもいいですか?」

「う〜ん?」



 美咲さんは、可愛らしくちょこんと小首を傾けながらにっこりと微笑む。

 大人の女性なのにその仕草に違和感がなく、『こういう人が愛されやすいんだろうな』と思えるような動きだ。


 ただ、いいよって言ってくれたわけではない。

 私は不安になり返事が来るまで、じっと美咲さんの顔を見ることにした。



 そして、「ダメですか……?」と、もう一度聞くと美咲さんはハッとし、勢いよく首を振った。


 ……聞いてもいいってことなのかな?

 私は気を取り直すようにコホンと咳払いをしてから、質問をした。




「えっと美咲さんは、どうしてあそこまでやってあげてるんですか?」

「あそこまでってー?」

「篠宮君と紅葉のことです。なんだか、マネージャーの域を超えてる気がしますし……。でも、悪いことではなさそうで……」

「う〜ん? 悪いことってどんなこと思ったのかな〜?」

「……あくまで勘違いなので言う必要は……。それに失礼にあたるので」

「いいよいいよー。そんなことは気にしないからさっ!」



 口を噤む私の頬をつんつんと突いてくる。

 運転中で私を見ているわけではないのにピンポイントだ。


 話すまで止めない。

 美咲さんの行動は、私にそう告げているように思えた。



「あの……。双子の入れ替わりを始めて知った時、てっきり私、美咲さんは金儲けの関係で入れ替わりがバレたら困るって考えを持ってるんじゃないかって…………でもそれは、なんだか違う気がして」

「ふーん……。ねー、どこらへんで……そう思ったのかな?」

「二人を見る目が凄く優しかったので……」

「……………………」



 今日、初めて見た私でもそう思えた。

 仕事の付き合いによるものというより、家族に向けるような親愛がこもったようなものに見えたのだ。


 モデルとマネージャーの関係はもっとドライでビジネスだけって、思っていただけに今日のやり取りは非常に気になるもの。

 それで、聞いたわけだけど……。


 急に無言になった美咲さんを恐る恐る見る。

 すると、さっきまで前を見てていた美咲さんが何やら潤んだ瞳をこちらに向けていた。



「いやぁ〜ん。よく見てるねぇ天ちゃんは! もうっ可愛いなぁ〜」

「あ、あの! 頭を撫でなくていいので、う、運転に集中を!!」



 急ブレーキをかけた車が止まり、二人して体が前のめりになる。

 美咲さんに関して言えば、ハンドルに体がぶつかり痛そうだった。



「あははー、めんごめんご〜」

「危ないですよ……」

「ふふっ。でも天ちゃんって、ズバズバッと思ったことを切り込んで行くんだね〜」

「すいません……つい」

「いいのいいの! 私はその真っ直ぐなところ嫌いじゃないぞ〜」



 しゅんとした私を慰めるように、何度も頭を優しく撫でてくれる。

 またやってしまったと、沈みかけた気持ちがすぐに立ち直るのを感じた。


 ……なんか、あったかいな。

 美咲さんと話してると。



「でも、これは悪い癖のようなもので……」

「そうかなぁ? 私は悪いと思わないし、色々な裏を見てきたあの子達も同じ気持ちじゃないかな?」

「確かに紅葉からは、似たようなことを言われましたけど……」

「でしょ~? だからぁ〜。天ちゃんも悩むことはあるかもしれないし、昔はそれでトラブルがあったかもしれないけど。そんなありのままの天ちゃんを受け止め、好きでいてくれる人がいることを忘れちゃダメだぞ〜?」



 今までこういう性格が受け入れられたことがなかった。


 学校では長い物には巻かれろ精神という人との繋がりが、ある意味一般化している。

 ダメなものをダメと言えない。

 もしそんなことを口にしたら「空気が読めない」、「ノリが悪い」と言われ淘汰されてしまう。


 それを私は経験していた。

 だからこそ、まさかこんな短期間で二人もを認めてくれるなんて思いもよらなかった。


 私の戸惑いを察したのだろう。

 美咲さんは頭をポンポンと叩き、にかっと屈託のない笑みを浮かべた。



「いい? 複数の好意じゃなくて、たったひとつの好意で救われることだってあるんだよ。だから、天ちゃんの魅力の本質を周りの人で歪めちゃダメよ? 自分の個性を伸ばし、最良の形にする! それが世の中で自分をプロデュースする方法なんだからっ」

「……はい」

「うむ。よろしい!」



 ちょっとしたことで感心してくれたり、笑ってくれたり、得意気になったり。

 そんな美咲さんといることが、私に心地よさを与えてくれる。


 不思議な人だなぁ。

 でも、篠宮君と紅葉が心を開いているのも納得できる。



「じゃあこのまま夜のラーメンでも行こっか!」



 気合を入れるように私の背中をバシッと叩き、親指をぐっと突き出してきた。

 ……って、ラーメン?



「えっ! 今からですか!?」

「今から今から〜、レッツゴーだよっ」

「夜遅くなってからのラーメンは太りますよ?」

「……何を言っても、背脂が私を待ってるの。太ることなんて気にしない。それに——」

「それに?」

「こういう日があっても、悪くないでしょ! 息抜き最高! やけ食い最高! 人生は楽しくねっ!」



 がーはっはっは、という豪快で親父臭い笑い声が車内に響き渡る。

 そんな美咲さんを見て、私は思わず苦笑した。



「美咲さん、私もお供します」

「天ちゃんは武士かっ!!」



 美咲さんのツッコミに笑い合う。


 賑やかなムードのまま車は走る。

 最初に感じていた気まずさは、いつの間にかなくなっていた。

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