06 天使は早くもボロを出す 前編
あの衝撃的光景を見てから、三日が経った。
この三日間は何もなく、契約通り不干渉を貫いている。
だから、廊下をすれ違っても、話し掛けられるようなこともない。
お互いがお互いに姿が見える時は監視している節がある——増えたのはその程度だ。
だから、今まで通りの生活に変わりないと言っても差支えはないだろう。
俺は、教室前の廊下にできた人集りを教室の中から眺める。
その渦中の中心には、柏木天がいた。
……いつも通りだなぁ。
相変わらず“天使”や“聖女”と呼ばれている彼女は、今日も変わらない笑顔を振りまいている。
でも、あの笑顔の裏できっと毒づいてるんだろう。
『煩い!』
『集まらないでよねっ!』
とか、思ってるんだろうなぁ。
俺の頭に彷彿とされるのは、天使ではないこの前の光景……。
自分で言うのは完璧にブーメランなわけだが……いやー、怖い怖い。
思い出すだけで、ぶるりと震えてしまいそうだよ。
そんなことを考えていると、いつの間にか近づいてきたクラスメイトが柏木の様子を見て、感心したような声を上げた。
「いや〜、相変わらずの人だかり、人気者はすごいねぇ。な、桜士!」
俺の机に寄り掛かかり、顔を見るなりニカッと少年のような笑みを浮かべた。
「そうだね。紀人」
首を縦に振り、同意する素振りを見せる。
背が高くて、爽やかな短髪の大人っぽい見た目。
だが、その見た目の印象とは違い、どこか言動が子供っぽい。
それが高校からの親友、
見た目と性格のギャップから女子からは人気がある。
性格も悪くはなく、誰にでも物怖じなく話せて、コミュ力もかなり高い。
そして、家の家事を全てこなすという万能っぷり。
これには俺も脱帽である。
なんと言っても、俺と紅葉は料理が出来ないから……。
弁当は購買で買ったやつだしね。
そんな俺に比べて、紀人が持ってくる弁当は、いつも自分の手作りだ。
そういったところからも家庭的な一面が垣間見れて、人気に拍車がかかっていた。
まぁそんな紀人でも、柏木の人気の前では霞むわけだけど……。
「いや~。お前も中々の聖人君子だけどさ。やっぱり神には敵わねぇよなぁ~」
「はは、そうだね。僕じゃ足元にも及ばないよ」
「足元って……いやいや、ないない。病気で休みがちって以外は、桜士も大して変わらねぇからなー?」
「そうかな?」
俺は、薄く笑い惚けたように首を傾げた。
——誰しも二面性がある。
これは先日見てしまった、柏木も同じようなことが言えるだろう。
素の自分でいるより、自分がどう見られているか的確に判断して、その自分になりきる。
これは、学校というコミニュティを円滑に生きるために必要な処世術だ。
いや、必須スキルと言ってもいいかもしれない。
学校というものは、勉強を学ぶという場所ではなく……人間関係を学ぶという側面の方が遥かに強い。
——どう生きればいいのか。
——どう我慢しなくてはならないのか。
——どんな理不尽があるのか。
だから、俺は『優しい、爽やかな笑顔、王子様、病弱』って言われる自分のキャラを維持している。
まぁ王子様って言うのは、名前が“
そう……これが俺の学校での姿だ。
俺が学校で行なっているのは、あくまで仕事のためって部分もある。
病弱というのも、休みやすくするためのイメージ戦略だ。
それに社会で生き抜くためには、頭の良さも必要だが演技力も重要だしね……。
相手の性格を考え、どの付き合い方がいいか判断する……こういう力が必要なわけだ。
そんなことをしている俺だから……正直なところ、柏木のことを何も言えない。
だって、俺も同じようなことをしているから……。
そんな俺だから、彼女の秘密を握ったからといって秘密を漏らすことはなかっただろう。
……契約はなくてもね。
ただ、俺も柏木も“無償の善意”を信じるほど甘い性格をしていなかっただけ。
「桜士の体力面がどうにかなればなぁ……。天使さんに勝てるのに」
「勝負なんてしても仕方ないよ。彼女の良い部分は僕にはないところだから。そもそも勝負ができないさ」
「文武両道の天使に対して、桜士は“文のみ”って感じだもんなぁ〜」
「そうだね。だから、僕はその部分だけでも負けないようにしないと」
「かーっ! 全く桜士は向上心が高いなぁ〜。そーいうところは尊敬するぜ!」
運動をしていないわけではない。
だが、見た目だけは可愛い姉と体つきがあまりにも違うことを避けるために最低限なだけだ。
まぁ、それでも柏木にバレたのだから笑えないよ。
「それでさ桜士、今日は体調大丈夫なのか?」
「うん。今日は調子がいいから。体育の時間も参加できると思うよ」
「そうか? あんま無理すんなよ……」
「大丈夫だって、そんなんだから“オカン”って言われるんだよ?」
「休みがちだからさ、心配していたぜ~。まぁ、なんかあったら俺がすぐ手伝うからなっ! 必ず言えよ!!」
「ありがと。でも心配し過ぎだよ」
俺は苦笑し、心配そうな表情をする紀人に微笑みかけた。
まるで母親みたいに色々なことを気にかけてくれる。
冬はブランケットを持ってきてるし、応急処置キットは机に常備されてたりと……。
まぁ、とにかく紀人は心配性なのだ。
……うん?
外から楽しそうな笑い声が聞こえ、そちらに視線を戻す。
どうやら柏木たちが盛り上がっているみたいだ。
「それにしても、今日も天使さんは絶好調だよな〜。先生まで、あの輪の中にいるじゃねぇーか」
「本当だね。ただ、あそこまで囲まれると気苦労が心配だよ」
「他人の心配するなんて、優しいなぁ。いっそのこと、天使と付き合うこと目指すとかどう?」
「無理だよ。僕も玉砕される。それに、高嶺の花というのは、遠くから眺めているぐらいが丁度いいんだよ」
「はぁーん、勿体ない。お似合いだと思うけどなぁー」
これは演技ではなく本心だ。
あんな性格にウラオモテのある怖い奴は、こちらからも願い下げである。
……その台詞がそのままあっちから返ってきそうだけど。
……あれ?
今さっき、紀人は“勿体ない”って言ったか?
その言葉が引っかかり、俺は紀人に訊ねることにした。
「勿体ないって、どういうこと? もしかして……僕がいない間に何かあったの?」
「あー、まぁ今日、桜士がトイレに行ってる間になぁ」
その間、柏木に何かあったということか……。
嫌な予感しかしないんだが……。
「天使の浮ついた話って聞いたことないだろ?」
「うん。まぁ……そうだね」
「男女関係なく誰とでも話すけどさ。恋愛みたいな特別な関係とかは避けてる節があるし、誰かに呼ばれることはあっても、誰も呼ばないだろ?」
「確かに、呼んでる姿は見たことないね」
「そんな天使がさ、さっき桜士を訪ねてきたんだよっ! なんか勉強の相談とか、プリントがどうって」
「そうなんだ。勉強で……」
俺はそっと胸を撫で下ろした。
よかった。
ただの勉強なら、大丈夫か……。
関わりはしないものの、間接的に互いが順位は競う間柄なわけだし、勉強について聞きに来てもおかしくはない。
だから、騒がれてなかったのだろう。
もしも普通に呼びに来ていたら、男女の仲を邪推されて学校に来た途端、質問責めにあってただろうしね。
はぁ。
バレたかと思って、ちょっと焦っちゃったじゃないか……。
でも——早速ボロを出してんじゃねぇーよっ!!
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