07 天使は早くもボロを出す 後編



 今度、柏木には「流石に早すぎた」とひとつ文句を言おう。


 とにかく今は、フォローが必要か……。


 目撃者もたくさんいることだし、このまま泳がせるのは得策ではない。

 こんなことになるなら、連絡先を交換しとけば良かったな……。



「紀人、ちなみに柏木さんは他に何か言ってたかな? 勉強について」

「ポンプがとか、定滑車がとか、水を汲むとか、そんなこと言ってたから……物理のことじゃねぇかなぁ〜」

「物理ねー……なるほどなるほど」



 ……その言葉で理解した。


 今、紀人から出てきた言葉で連想し、お互いの共通認識から考えると——彼女が俺に伝えたいのは十中八九“井戸”のことだろう。


 叫びたい愚痴があるのか……?

 まぁどちらにせよ、柏木のストレスが限界を迎えたのだろう。


 はぁ、善は急げってことか。


 俺は席を立ち上がり、廊下にいる柏木に視線を向ける。それに気づいた柏木が、数回瞬いた気がした。



「ん? どうした桜士?」

「外に柏木さんいるし、ちょっと勉強の話をしてくるよ。せっかく来てくれたのに悪いしね」

「優しいなぁ〜」

「ふふっ。そうかな? でも勉強は早めに解決しないとね」

「そういうことにしといてやるよ〜」



 少し茶化したように言う紀人に、俺は照れた素振りを見せてそのまま廊下へと出る。

 すると、「あ、篠宮君とだ!」と天使の取り巻きに指を刺されたので、俺は微笑を浮かべて軽く手を振った。


 俺の対応に満足した女子達が「キャーキャー」と騒ぎ出し、嬉しそうな黄色い悲鳴をあげた。

 口々に“神対応”とか、“王子様”とか言っている。


「柏木さん、さっきはごめんね。せっかくきてもらったのに……」

「……こんにちは篠宮さん。いえ、こちらこそ突然で、あのご迷惑を……」

「そんな謝る必要はないよ。確か物理の力学に関する話があるんだよね? 今、いいかな?」

「……力学? あ、そうです」



 おい、変な間を作るなよ。

 焦りを見せると勘違いされ——



「え……もしかして……柏木さんって篠宮君と付き合ってるの!?」

「仲良さそうに話してるしさ。さっき教室に呼びに行ってたし、怪しいよね〜」



 ……やっぱりこうなるか。


 口々に勝手な想像を話し始める取り巻き達。

 話のほとんどが俺達の関係に対する浮ついた話だ。


 こうなると……。

 求められることは、柏木を貶めないようにしつつ尚且つ勘違いを正すことだ。


 無駄にハードル上げやがって……。



「みんな? そうやって根も葉もないことを言うのは良くないよ? 噂って人を傷つけてしまうこともあるからね」

「じゃあ、篠宮君は付き合ってないのー?」

「そうだよ。柏木さんと噂されるのは光栄なことではあるけど、僕と柏木さんはテストの点を競うライバルだからね。お互いに高めあってるのさ」



 俺は周囲に微笑みかける。


 これぐらいで、発言を終わらせておくのが無難だろう。

 少な過ぎても怪しまれるし、多過ぎると言い訳に必死だと思われる。

 なんとも難しいさじ加減だ……。



「そうなんです。篠宮さんごめんなさい。変な勘違いさせるような行動をしてしまって……」

「気にしないよ。確かに、その問題は難しいからね。確かその滑車を利用した問題の答えは……“8g”だったかな?」

「ありがとうございます。問題番号が“19”ということであってますか?」

「うん、そうだね」



 まぁ、これで伝わるだろう。


 柏木は丁寧に腰を折り、「ありがとうございました」と再度お礼の言葉を口にして立ち去ってゆく。


 その背中を見送り、俺は内心でため息をついたのであった。

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