08 天使は友達がいない


 時刻は二十時、俺と柏木は井戸の前に来ていた。

 学校で示し合わせた約束通りである。



「なぁ柏木、昼間のことでなんか言い訳はあるか?」

「うぅ、ごめん。だってぇ……」



 俺は腕を組み、しゅんと首を垂れる柏木を見た。

 自分に非があるのを理解しているからか、妙にしおらしい。



「契約して早々、不干渉が難しくなったってどうなのよ……。前はもっと完璧にキャラを演じてたじゃないか」

「ごめんって言ってるじゃん……。怒らないでよ……」

「怒ってない。ただ注意してるだけ」

「それが怒ってるっていうの! めっちゃ刺々してるからぁ!」



 ……清々しいほどの逆ギレ。

 フォローしたこっちの身にもなって欲しいんだが……。



 人に話すと堪え性がなくなるんだよなぁ。

 今まで張っていた緊張の糸が弛み、そして自爆してしまう。

“安心”という名の油断、一度バレてしまったことによる亀裂、これらが自爆を引き起こし易くなるのだ。


 決壊した堤防と一緒で、水のように止め処なく感情が漏れ出てくる。


 それを防ぐために契約をしたが……。

 柏木は思ったより深刻だったってことか。



 ……そう思うと、ふに落ちる部分が出てくる。



 完璧なキャラに限界が近づいていたからこそ、この井戸に来てしまった。

 そう考えるのが妥当だろう。


 俺が考えて思いつくんだから、もっと警戒しとくべきだったか……。



 俺はため息をつき、ぽりぽり頭を掻く。



「まぁ、過ぎてしまったことはしょうがない。前向きに捉えるなら、悪くはないからな」

「……そうなの?」

「もし一緒にいるのを見られても、勉強を勝負する仲、話ぐらいはするって思わしとけばいいだろ?」

「そっか! じゃあ私がしたことは悪くなかったのね!」

「前向きに捉えるならな……」

「何か言い方に含みがあるわね。ハッキリ言いなさいよっ」

「えっとだな……。タイミングが最悪だったんだよ」



「そうなの?」と言いたげに可愛らしく小首を傾げる。

 演技じゃない時の方が、あざといってどうなんだ……?


 ってか、柏木はわかってないのかよ。

 俺は嘆息し、肩を落とす。



「あのな先に言っとくと……。この契約が続くなら、少しずつ学校で接触する回数を増やすつもりだった。スポーツ祭とか、イベントを利用して偶然を装う形でね」

「周りくどくない? そんなことしなくてもいいじゃん」

「はぁ……。お前なぁ、自分の天使としてのキャラ考えろよ」

「あ……」



 柏木は口を押さえ、しまったという表情で顔を歪めた。


 ようやく気がついたか……。

 天使のキャラメイクの仕方によっては問題なかったんだけどな。

 でも——



「柏木は、自分から男子に行かないし、男子避けた奴が、いきなり話をするようになったら違和感しか無い」

「……そっかぁ。本当にごめん……」



 目が合うと、目を伏せて俯いてしまった。

 自分の行動による失態の重大さに、気づいたようだった。



「またあのおばさん私を目の敵にするから……。我慢の限界に近くて……」

「何があったんだよ」

「だって酷くない? 私だけ課題を課すし、採点も字が歪んでるとかで厳しいし……。私にだけおかしいのよ」

「あのおばさんって英語の遠藤先生だろ? わりと親切だし、俺にはよくしてるからなぁ。柏木に期待しているだけ、ってことはないのか?」

「はぁ……馬鹿じゃないの? だから男はすぐに騙されるのよ。あんたって、演技は上手いのに見破るのは下手ね」

「酷い言い草だなぁ……」



 確かに自分の演技以外はあまり興味ないから、柏木と違って鈍いのは事実なんだよなぁ。


 柏木は、半ば呆れたような態度でため息をつく。

 それから、遠藤先生の話を始めた。



「女子の中では“遠藤先生はかっこいい男子に色目を使っている”って専らの噂。もう、噂っていうよりは事実だけど。男子の胸板とか筋肉が好きらしいわよ……?」

「筋肉好きねー……」

「そ。あなたのことだから経験あるんじゃない?」

「確かに言われてみれば、ボディタッチが多かったような……」



 やたらと肩を叩かれるし、お願いされる時に手を握れるのはそういうことだったのか……。


 やばい、ちょっと寒気がしてきた。

 知ってからだと、行動のひとつひとつが普通に怖く思えるよ……。



「まぁでも、人は誰しも贔屓目があったりするから、我慢するしかねぇよなぁー。正直なところさ……」

「そうは言うけど、私は困るのよ……」

「困るって?」

「何でもない!」



 柏木は不機嫌そうに唇を尖らせて、腕を組んだ。


 腕に胸が乗り、これ見よがしに強調するのはわざとなのか?


 いや……、柏木に限ってそれはないか。

 こいつ話してみてわかったけど、意外と抜けてること多いし、ただの怒ってるアピールかもしれない。


 俺はそう納得することにした。



「とりあえず、柏木。連絡先を教えてもらってもいいか?」

「……連絡先?」

「なんだよ、聞いたらおかしいか?」

「ううん。違う。そうじゃないんだけど……」



 元はといえば、最初に連絡先を交換していなかったから起きた事態だ。


 だから、それを求めたんだが……。

 なんかもじもじしてない?



「今回のようなことが毎回だと困るからさ」

「私のを知ったからって悪用しないでよ?」

「するか。連絡もしねーよ」

「少しぐらい世間話で連絡しなさいよっ! なんか傷つくでしょ!!」

「面倒な性格してんなぁ……」



 俺がスマホを取り出し、通信アプリ“Rail(レール)”で連絡先を交換する。


 連絡先を交換して、友達登録をした後に俺はスタンプ画像を送る。

 送ったのは、犬の『よろしく!』と書かれた物だ。


 柏木のスマホから、ピロンッという音がなり画面を確認した途端、花が咲いたように表情が明るくなってきた。

 目もキラキラと輝いているようである。



「あのさ、柏木って……もしかして友達いないのか?」

「そ、そ、そんなことにゃいわよ! 何言ってんの!?」

「動揺しまくりじゃねぇか……」



 言葉を噛むから猫みたいになってるし……。


 まぁ、あそこまで演技してたら友達なんて出来ないよな。

 話せる人はいても、気を許せる人なんてね……。



「いいわ……認めます」

「うん?」

「認めればいいんでしょ〜っ! いないわよ友達なんて!! みんなとは一線引いちゃってるし、連絡先なんてアルバイト先の店長しか知らない!!!」



 柏木の絶叫が暗い林の中に響く。


 どうやら地雷を踏み抜いてしまったらしい。

 俺の顔が自然と引きつるのを感じた。



「お、落ち着けって柏木……。誰も連絡先持ってないよりはいいじゃないか」

「やめて、同情なんてしないで。店長だけの方が余計に心に響くからっ〜!」

「まぁ、俺が増えたから二人になったな……?」

「そうよ二人よっ! だから喜んじゃったわよ! だって仕方ないでしょ!? こうやって同世代と話すなんて久しぶりなの〜」



 叫び過ぎたのだろう、彼女はぜぇぜぇと息を切らし、肩を激しく上下させる。

 それから一言だけ俺に告げた。



「喜んじゃ悪いってわけ!?」



 まぁ、告げたというよりは、開き直りの投げやりな態度だが……ほんと、素直じゃないやつ。


 俺は天を仰ぎ、それから柏木に視線を戻した。



「悪いとは言わねぇーよ」

「ふんっ。ならいいわ」

「とりあえず……まぁ、俺が話相手一号ってことで」

「なんでそうなるのよ! どうせなら友達って言えばいいじゃない」

「そうか? 友達って言葉で飾るより、話相手の方がしっくりするだろ」



 友達って言葉を簡単に使えば使うほど安く見える。

「俺たちもう友達だよな!」と口にしただけで、嘘っぽくなってしまうから。


 だから俺はあくまで“契約者”、“話相手”というスタンスを崩さない。

 その方が後腐れがないのだ。


 柏木も納得したのか「それもそうね」と言い、くすりと笑った。



「じゃあ話相手さん。これからは、なるべく迷惑はかけないから」

「ま、愚痴を吐きたかったら、いつでも言ってくれ。そのぐらいは協力するからさ」

「ふふっ、ありがと。頼りにしてるわ」



 話すようになってそんなに経っていない。

 だが、どこか似た価値観を持っているからなのだろう。


 俺と柏木には、少しだけ、ほんの僅かだが信頼関係ができ始めているように感じた。


 そう思うと、胸がどこか温かくなる。


 ……こういうのも悪くないか。

 そう思った。



「じゃあ今日も叫んでいい? しっかり見張っててよね?」

「はいはい。思いっきり叫べよ」



 俺は少し離れたところから、周囲を確認するように歩く。


 誰もいないことを知らせる合図を送ると、「平等に見なさいよーっ!!」と叫ぶ柏木のストレス発散が始まったのだった。

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