05 契約を結ぶ


 一度、自分の恥ずかしいことを叫んで諦めがついたのだろう。

 戸惑いを見せる俺を無視するように、柏木は話し始めた。



「私のキャラ作りって……実は“紅”を見て演技の参考にしてたのよ……。テレビで見る性格や立ち振る舞い、インタビューとかもね……」

「マジかよ……」



 でも、納得がいった。

 ファンである柏木は、本当に細かいところまで見ていたのだろう。


 だからこそ、俺に気づいたのだ。

 しかも俺と柏木は、何かと比較されることが多いし、否応なく意識させられる。


 気にしたくなくても気になってしまうし、情報が入ってくる。

 そんな中で、要所要所で同じ動き、似た動きがあったことに気がついたということだろう。

 確かにそれは、柏木だからこそ気づけた事実だ。


 まぁ、それでもその洞察力には脱帽だけどね……。



「けどさ、俺の真似するならどこまでも本性を隠せよなぁ。井戸に向かって愚痴を叫ぶとか……マヌケ過ぎんだろ」

「そ、そんなこと言ったって、しょうがないでしょ! 私って昔から感情を抑えるのが苦手だったし、演技にも限界があるのよっ!!」

「いや、感情なんて抑えられだろ。泣けって言われれば泣けるし」

「演技の天才と一緒にしないでくれる!? あなたと違って私は素人なのよ? 我慢がキャパオーバーすることだってあるわ……」

「そういうもんなのか」

「そういうもの!!」



 悔しそうに頰を膨らます柏木が可愛らしい。

 演技しなくても、受け入れやすそうな性格していると思うんだけどなぁ。


 ……まぁ、当事者からしたら違う理由があるのか。

 俺がそう思うだけで、周りがそう思うとは限らないし。



「だから、この井戸にはたまに来てて、溜まりに溜まった鬱憤を晴らしてたのよ……。まぁ、そのせいで篠宮くんにバレちゃったけど……。一生の不覚ね……」



 額に手を当て、盛大にため息をつく。

 予想外だったんだろうな、本当に。



「じゃあ契約っていうのは、単純に秘密の保持ってわけか」

「そ。私は安心が欲しいのよ。古井戸の愚痴を言う時に、今回みたいなことがあると困るでしょ。だから、そのための安心」

「お互いに見張るってことか?」

「流石、話が早いわね。お互いにお互いの秘密を握ったわけだし、それの方が都合がいいでしよ? 私も篠宮くんの秘密は守り、あなたは私の秘密を守る」

「秘密のバレるリスクをカバーってわけか……」

「そういうことよ。それ以外は、勿論不干渉で構わないから。あくまで、利害の一致による共生ってだけ」



 ここまで必死ということは、守りたい理由があるんだろうな。


 ま、それは俺も同じか。

 わざわざ全部を語る必要はない。



「ちなみに守れなかったら?」

「全てぶち撒ける。自暴自棄になって、全てを広めることにするわ」

「なるほどな……」



 道連れになりたくなかったら、意地でも守り抜けってことか。

 なるほど、悪くはない。


 俺は柏木に笑みを向けて、握手を求めるように手を差し出した。



「いいよ、その契約結ぼうか」

「案外素直ね。もっと抵抗すると思ったけど?」

「無駄なことはしない。それに悪いことばかりじゃないからな」

「そう。ありがと」



 俺の手を握り、にこりと笑いかけてきた。


 秘密を知る人物が増えるということは、それだけリスクも増える。

 だが、それ以上に柏木天という学校内で顔が広い奴を味方につけておくのは——悪い選択肢ではない。

 発言力が“ある人間”と“ない人間”とでは、様々なことに対する説得力が桁違いだ。


 それは“誤”を“正”へと、無理矢理に歪めてしまうほどに……。

 歴史は勝者が作ってきたように、強い奴の影響は絶大である。


 それは、不条理で不合理な真実ではあるけど……。



「じゃあ、改めて宜しくね。篠宮くん」

「ああ、こちらこそ。柏木さん」



 こうして、俺と柏木天の秘密の関係は始まったのだった。

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