23 錦美咲は変態で苦労人で美少女好き 前編
さっきの騒がしい空気が消え去り、俺と紅葉、そしてシェフの柏木を入れた三人で食卓を囲んでいた。
柏木は家から持ってきた、自分の分の食器やコップを持ってきている。
自分の分をちゃんと用意するあたり、気が利くなと思ったのだが……使わない食器や料理道具がいくつかあるのは何故だろう?
料理の器具に、調味料……。
柏木が料理人ではないか、と錯覚してしまいそうになるぐらい用意の良さだ。
まるで、これからもここに来るためのセットを置きにきたように見えてしまう…………うん、勘違いだよな?
俺は首を左右に振り、自分の頭に浮かんだ考えを振り払う。
まぁ、紅葉と仲良くなったみたいだし、それで遊びにくるんだと、思うことにした。
正直……、こんなことを考えても仕方ない。
俺はそう思いながら口に料理を運び、ふぅと息を吐いた。
「食べてて思うけど、柏木は料理上手だよな」
俺はパンケーキを咀嚼しながら、感嘆の声をあげた。
紅葉も同じ思いなのか、こちらを一度も見ることなく夢中で口に運んでいる。
普段はつまらなさそうに食べる紅葉のそんな姿を見ていると、顔が自然と綻ぶのを感じた。
素直に感心したのだが、柏木は何故か首を傾げた。
「そう? 結構簡単なメニューだから誰でも作れるわよ。そんなに凝ったものじゃないし」
「へぇ〜。けど俺には出来ないし尊敬するよ」
「……あんたに褒められると、なんだかむず痒いわね。裏があるんじゃないの?」
「失礼だな、おい」
両腕で自分の肩を抱き、ぶるっと震えた彼女を見てため息をつく。
素直に感心して褒めたいのに、首を傾げたり、じとーっと懐疑的な目を向けてくるだけで素直に受け止められた様子がない。
柏木は、この程度どうってことないみたいな表情をしてるもんな。
この程度で褒めないでよとでもいいたいのだろうか?
けど俺はそうは思わない。
前に俺が作ったときは、パンケーキというよりはパンクッキーと呼んだほうがいいぐらい硬くなった。
料理において、作業工程はいたってシンプルで一見簡単そうに見える料理ほど、その人の腕が露骨に出る。
ろくにできない俺が語るのは変な話だが、本当に違うのだ。
このレベルだったら、出前で頼むより楽しめるし、何より紅葉が楽しそうである。
そう考えるとこの料理を——
「これだったら毎日でも食べたいな」
俺の口からぽろっと本音が漏れる。
それを聞いた柏木が幻を見たかのように何度も瞬きをした。
「ま、毎日って!? ちょっと揶揄うのはやめてくれる!?」
「何を怒ってんだよ。本心だから別にいいだろう? このパンケーキふわふわで美味いし、毎日食べたって飽きない」
「え、その……ありがと……」
「どうした柏木、なんか顔が赤くない?」
「あんたのせいでしょ! 突然、変なことぶっこむんだから……」
柏木は「急には心が……」とギリギリ聞こえるような声量で呟き、怒ったようにぷいっと横を向いてしまった。
……褒め方を間違ったのだろうか?
俺は、さっきからにやついた笑みを浮かべている紅葉に視線を移し、目で助けを訴える。
すると紅葉は仕方ないと肩を竦め、めんどくさそうに口を開いた。
「天ー、動揺しても無意味だぞ。愚弟の言葉は、そのまんまの意味だから心を乱すだけで損だぜ〜」
「……そうなの?」
「そ。桜士はそういうやつなんだよ。当たり前のように口から、そういう言葉が出てくるからタチがわりぃんだ」
「なんだか棘がある言い方だな紅葉。つーか、普通に料理の感想を言ったのがそんなに悪かったのかよ……?」
紅葉は額に手を当て、はぁとため息をつく。
その隣にいる柏木は、何か言いたげな白い目を向けてきた。
「篠宮くんのタラシ野郎……」
「褒めたのに罵倒って、酷くないか?」
「いやいや、今のは確実に桜士が悪いからなぁ……」
「えー……」
俺は不満を伝えるように、嘆息した。
「ま、天。こいつの言葉に一喜一憂してたら、キリがねぇから無視だ無視」
「そうね……。そういう認識しにしとく」
「「はぁ……」」
おい。
二人して落胆したようなため息をつくなよ。
俺が何言われても傷つかないわけじゃないからな?
そんな二人の様子を横目で見ながら、俺は最後の一欠片を口に入れる。
すると、柏木が思い出したようにさっきの電話のことを聞いてきた。
「ねぇ、そういえばマネージャーさんにお願いするのに電話切って良かったの?」
「天は心配性だなぁ。美咲に関しては問題ねぇーよ。心配しなくてもすぐに来るし」
「そう……なの? 今って、二十時過ぎだけど……」
「ま、よくここで寝泊りしてるからな」
「マネージャーなのに……?」
「実はな——」
「紅葉」
俺は紅葉が余計なことを言いそうだったので一瞥し、話を止める。
そして柏木には、「色々あるんだよ」とだけ口にした。
これ以上聞くな、そんな意味を込めて……。
それを敏感に察知した柏木は、「色々大変なのね」とだけ言い、肩を竦めてみせた。
——ピンポーン。
タイミングよくインターホンな鳴り、来客者を映す防犯カメラの画面は、俺達の見慣れた人物の姿をとらえていた。
『やっほ〜! 電話を急に切るなんて酷いじゃない! って……あれ? ねぇ、ちょっと……ドアが開かないんですけどぉーっ! もしもーし……』
玄関の方から「いるのわかってるぞ〜、開けろー!」と言いながら、ドンドンとドアを叩く音が聞こえてくる。
借金とりか何かですかあなたは……。
「紅葉、俺が鍵開けてくるわー。なんか鍵を忘れたっぽいし」
「はいはーい。天と一緒に顔合わせ頼むわ〜。前のこともあるしなぁ」
「前のこと……? なんか私、会うの不安になってきたんだけど……」
「大丈夫だ、問題ない」
「そんなドヤ顔で言われても……。はぁ、何一つ説得力がないから」
柏木は俺の態度に呆れた様子を見せる。
ちなみに“前のこと”っていうのは、柏木が熱を出した時の話だ。
あの時は相当辛そうだったし、美咲さんに手伝ってもらったのをうる覚えなのだろう。
それは、無理もないか……精神的にも精一杯なようだったしな。
俺は柏木と一緒に玄関に出向き、ドアを開けた。
視界に飛び込んできたのは、ベージュカラーの髪をしたボブヘアーの可愛らしい大人の女性。
つまりは——マネージャーの美咲さんだった。
「あ、やっと開いたよ〜。もうっ! 二人とも、いつも私がどんな思いで…………え?」
柏木を視界に捉えた途端、持っていたバックを落とし、固まってしまった。
俺はその様子に「また始まったか」とため息をつく。
「ねえ、篠宮くん……。なんかこっち見て固まっちゃったんだけど」
「あー、いつもの病気だ。気にすんな」
「いやいや、あんな涙ぐんだ目で見つめられたら誰でも気になるわよ……」
「美少女を見ると固まるんだよ」
綺麗なのに残念な人だからな……。
あれが無ければモテるだろうに……。
俺はちらりと横目で柏木を見ると何故か俺を睨み、耳を赤く染めていた。
俺は首を傾げながら、美咲さんの荷物を拾い柏木から一歩二歩離れる。
この後に起こる出来事に巻き込まれないようにするためだ。
「や~ん、あの時の子じゃない! よかった元気になって!」
「あ……。こ、この前はありがとうございました」
美咲さんに抱きつかれた柏木は、戸惑いながらもお礼の言葉を口にする。
急なことで驚いて嫌悪感を示さず、ちゃんと謝るあたり真面目だなと素直に感心してしまう。
……それにしても、離れて正解だったな。
一緒になって抱きつかれて、二人にサンドイッチにされたら困るし……。
「いいのいいの! 私は美少女と触れ合えただけで役得だからっ。寧ろ、お金を払わなきゃいけないぐらい。美少女は世界の宝……それを守るためだったら――錦美咲、粉骨砕身なんでもやりますっ」
「あ、え……。あの、差し出さなくてもお金は結構ですから……」
「そう? でも、この家に私以外がいるなんて~。珍しいことも……はっ!?」
何かに気がついたのか、俺の顔をまじまじと見てる。それから柏木を舐め回すようにじっくりと眺めた。
あー、これは勘違いの流れだな……。
俺の嫌な予想は的中してしまったのを裏付けるように、美咲さんは俺の肩をがっしりと掴み、潤んだ瞳を向けてきた。
「まさか、桜士ちゃんの彼女!?!? 私を差し置いて、恋人なんて作ったの~!! しかも、手料理までぇええ〜」
「いやそれは勘違い……。つーか美咲さん、とりあえず落ち着こうか。そんなに揺らされると気持ち悪くなるから……」
「私と言うものがありながらぁぁぁあっ」
何度も揺らされ、船酔いのような感覚に襲われる。
無駄に馬鹿力のせいで中々振り解けない。
……マジで吐きそう。
そんな俺を助けようと、柏木はお皿に乗っけたパンケーキを美咲さんの前に差し出した。
「あの、マネージャーさん。まだ作ってますから、よかったら食べて……。何か食べたら、落ち着きますから」
「あ〜気遣いが出来るいい子……。そっか、これが私と美少女の……女子力の違いなのね〜!!」
「え、ちょっと泣かないで下さい! あ、もう! それにひっつかないでって、篠宮くん!!」
助けを求める柏木を助けたいのは山々なのだが……。
助けたら次の犠牲は俺だしなぁ……。
誰かが犠牲にならないと落ち着かないし。
あ……ってか、そもそもこの原因を作ったのって……。
よし、だったら——
「紅葉が相手してくれるみたいだから、慰めてもらって」
「えっ、いいの……?」
「おう。紅葉は今、人肌が恋しいんだって」
「おまっ、何言ってやがんだ!? アタシを生贄にすんなっ!!」
不穏な会話が耳に入った紅葉が、リビングからひょこっと顔を出す。
その顔を見た瞬間、美咲さんは両手を広げて紅葉に向かって走り出した。
「紅葉ちゃ〜ん! 私とハグを、げふっ……」
「……あ、すまん。つい反射的に足が出ちまった」
「む、無念だゴロ……」
見事に美咲さんにヒットした紅葉の蹴り。
床に倒れ伏す美咲さんは、親指を立てなんだか満足そうな顔をしていた。
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