22 なんで今日もいるんだ?


 いつもの日常。

 それは、俺と紅葉の二人っきりのズボラな生活。

 それが日常で、ある意味で日々を謳歌していたといってもいいだろう。


 だが、今日は家の様子が違っていた。


 週末に出す筈のゴミ袋はひとつもなく、汚れていた部屋がピカピカと光沢を帯びている。


 誰がこんなことをやったのか?

 それは俺の目の前に二人が原因で——



「桜士〜、カッコつけで黄昏てるところ悪いけどよぉー。段ボール縛ってくれるかぁ」

「あ、ああ」

「ねー紅葉。今日、何か食べたいのあるー?」

「そっだなぁ。甘いのがいいかなぁ〜。喩えばパンケーキとか作れるかぁ?」

「そうねー、ちょっと待ってね。……材料が……あ、良かった。持ってきてるから作れるわよっ。どんなのがいいか、要望はあったりする?」

「ふわふわのやつぅ〜。とろけるぐらいのが好みだなぁ。つーか腹減ってきた……はりぃはりぃー」

「はいはい、わかったわよ! 直ぐに作るから待ってなさい」



 繰り広げられる仲睦まじい会話。

 つい先日、知り合ったばかりの二人には思えないナチュラルなやりとりが俺の目の前で行われていた。


 まるで熟年の夫婦……?

 いや、恋人?

 ダメ彼氏に尽くす彼女にも見えなくもない。


 どちらにせよ言えるのが……なんか、俺以上に息が合ってない?


 そう思えてしまうのは、悔しくはあるんだが……。

 ってか、その前に一番の疑問——。



「おい柏木。なんで今日も家にいるんだ……?」



 当然のように台所で作業しているから、ツッコミが遅れてしまった。

 あまりに自然に溶け込みすぎて『俺の方が間違っているのでは?』と、錯覚してしまったほどである。


 俺の質問に対して柏木は眉をひそめると、キッと俺を睨んできた。



「何、いたら悪いわけ?」

「お前、暇なのかよ」

「あんたも似たようなものでしょ」

「ってか、暇なら友人と遊べば——あ、友達いなかったよな。すまんすまん」

「私が何か言う前に自己解決するのやめてくれない!? なんだが、すっごく惨めになるんだけどっ!」

「すまんな、傷を抉るようなことを聞いて……。ハンカチでも使う?」

「泣いてないわよっ!」



 不服そうに頰を膨らましている。

 俺が哀れむような視線を向けると、余計にむっとして、俺の肩を揺らしながら「さっきのこと訂正しなさいよ〜」としつこく言ってきた。



「なぁ天〜。イチャつかないで教えてくれぇ。このゴミはどうすればいいんだぁ?」

「イチャついてない! ただ文句言ってただけよっ!!」

「いいリアクションするな柏木。芸人になれるんじゃないか?」

「あなた達がツッコミさせるからこうなるんでしょ〜!」

「「またまた〜、そんなわけないわー」」

「この双子め……」



 柏木は拳を握り、ぷるぷると震えている。

 そんな様子を見た俺と紅葉は顔を見合わせてきょとんとする。


 それから、どうしてだろうという態度で首を傾げた。紅葉も揶揄う気が満々だったのか、全く同じ動きだ。


 自分で言うのも変な話しだが、流石は双子である。

 揶揄うタイミングとか息ぴったりだ。



「んで天、脱線したけどさっきの教えてくれ〜」

「はぁ、誰のせいだと……」



 柏木はため息をつき、数枚の袋を鞄から取り出して紅葉と俺の前に置いた。



「えっと、燃えるゴミは赤い袋で、汚れてないビニールとかは黄色の袋に入れて。あ、篠宮くんも手伝いなさいよ。部屋汚いんだから」

「しょうがねぇなー。ゴミなんて全て燃やせば同じなのに……。人口が多い市だから、火力が強い溶解炉ぐらいあんだろ……」

「はいそこっ! 文句ばかり言ってないで片付けなさい!!」

「へいへーい……」

「なぁ天〜、終わったら作ってくれよぉ?」

「安心して、紅葉が作業している間に作っておくわよ」

「ありがと〜」



 なんだろう?

 さっきから普通に会話してるけど……。

 紅葉と柏木は、今日で会うの二回目だからな?


 まぁ、そこは女子故にってところか……。

 この前、会っただけで仲良くなれるって普通に凄いと思う。


 俺には理解できない生態を持ってるよなぁ。


 でも、紅葉に話せる同性の友人か……。

 仕事関係抜きにして、紅葉と話せる奴がいるなんて、感慨深いものがある。


 紅葉はあんな性格だから、中々話し相手が出来ない。

 相手が拒絶するのもあるが、紅葉は気を遣われるのを毛嫌いする傾向がある。

 そういう相手には、即座にシャットアウトしてしまう。

 更に追い討ちをかけるように、紅葉は家からは仕事以外では出ない。


 そうなると当然、他人と関わる機会が少なくなってしまう。

 特に、最近では俺が代わることが多いわけで、余計に他人と接することがない。


 だから、こうやって柏木と普通に話しているのが……ちょっと嬉しいわけだ。


 ……言い合いしてるのも、なんか微笑ましいなぁ。


 俺がそんな二人のやりとりを温かい気持ちで眺めていると紅葉が突然、俺の方に話を振ってきた。



「んで、桜士ー。罰ゲームっていうか願いとしてさぁ〜」

「あー、この前のか……」

「天には、アタシらの仕事の手伝いをしてもらおうと思うんだけど、どお?」

「は……手伝い?」

「そー。バイトして雇ってあげようかなぁ〜って。ほら天の家って貧乏なんだろ? 金が必要らしいし、桜士が叶えることが出来る願いとして丁度よくないかぁ?」

「丁度いいって……。そもそも柏木に俺達の手伝いが出来んのか。変なところでボロ出すし、案外ポンコツだぞ?

「ポンコツでも出来ることはあんだろ〜」

「……さり気なく私をディスらないでくれる?」



 ポンコツ具合に自覚があるのだろう。

 反論してくることもなく、しゅんとしてしまった。


 それを紅葉が優しく頭を撫でる。

 その姿は、飼い犬を撫でる飼い主の姿を彷彿とさせた。


 ……黒いラブを撫でてるようだよな。

 まぁ、柏木には悪いけど俺達の仕事にはキツイし、リスクがある。


 ぽろっと一言、余計なことを言われたらお終いだ。


 学校だったら退学すればいい。

 未練なんてないし、紅葉が「アタシの分まで」と言うから通っているだけだから。


 だが、仕事関しては……色々な面でしくじるわけにはいかない。



「いやいや、いくら願いって言ってもバイトなら幾らでもあるんじゃないか? わざわざ俺たちのじゃなくても……」

「短期間で稼ぎたいんだってさ。ほら、美咲だけだと色々と大変そうだしさ。その手伝いをさせればいいと思ったわけ〜」

「いやいや。大変なのは、お前がマネージャーをこき使うからだろ……」

「ははっ。桜士も似たようなもんだからなぁ?」



 今、話に出てきたのはマネージャーの美咲みさきさんだ。

 本名は錦美咲にしきみさき

 もう直ぐ二十八歳になるアラサーの人である。


 まぁ、これを言うとめっちゃ怒るから言わないけど……。

 年齢のことに関しては、マジで冗談が通じないからな。



「それによ〜、天と桜士の関係が周りに見られた時にいいカモフラージュになんだろ? バイトが一緒とかさ。モデルやアイドルの手伝いだったら、秘密にしていた時の説得力があると思うし」

「それは……そうだが。けど、他のリスクもあるだろ」

「これは、アタシにとっても良い案だと思うんだけどなぁ〜。他のリスクっても、お互いがカバーし合うことも出来ると思うぜ?」



 今のところ俺ひとりでどうにかなっている。

 誰とも揉めていないし、上手く立ち回っているつもりだ。


 だけど、この前みたいな俺のミスもあり得るわけで……。


 俺は思考を巡らせ、最善の方法を考える。

 紅葉が許可したなら、俺は甘んじて受け入れるという選択肢もあるが……それに——。



「けど、“朱里しゅり”のことはどうするんだよ……。アイツにバレたら厄介だぞ? ただでさえ、俺がギリギリなのに柏木まで加わってカバー出来る気がしない」

「“朱里”って、“紅”とよく一緒に雑誌に載るモデルの……?」

「そうそう」

「紅”と同じで、中高生の間で絶大な人気を誇ってる、あの“朱里”ってこと!?!?」

「だからそうだって言ってるだろ」



 柏木は、「え、嘘! 凄い〜!!」とまだ会えてもいないのにぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。


 その光景は可愛らしくあるけど……。


 チラチラと薄ピンクのが視界に入る。

 お前、スカートってこと忘れてるだろ?


 俺の視線に気づいた柏木は慌ててスカートを押さえ、睨んできた。



「……見た?」

「何を?」



 勿論、惚けて素知らぬ顔をした。

 ここでよくありがちな鉄拳制裁はごめんだしね。



「ま、天のピンク色の布の話は置いといて」

「ちょ、ちょっと! 紅葉!?」



 顔を真っ赤にして、紅葉の口を押さえにかかる。

 紅葉はひらりと避け、「かっかっか」と快活な笑い声を出した。



「ま、桜士。物は考えようだって。お互いに監視する時間も増えれば、カバーもしやすくなるしさ」

「……そういう考えもあるけど」



 まぁこの前は柏木に助けられたし、これは罰ゲームで仕方ない。

 だから、この提案も悪くない……そう思えってことか。


 俺は嘆息し、肩を竦めた。



「とりあえず、美咲さんに許可とれよ? それだったら認める」



 これが妥協点。

 マネージャーが補佐を求めてないなら、許可なんて勿論出来ない。


 俺の提案に、紅葉はニヤリと意地の笑い笑みを浮かべる。



「桜士ー、言質はとったからなぁ?」

「……わかってるよ。ほら、美咲さんに電話しろって」



 俺が仕事用のスマホを紅葉に渡した。

 柏木はなんだかそわそわした様子で、成り行きを見守っている。

 心配そうな目をしているように見えた。



「……もしもし、マネージャー。今いいかしら?」

『やぁーん! 紅ちゃんおはおは〜!! そのってことは仕事のようかなー??』

「……そうよ。さて、どちらでしょう?」

『おっ! 早速そのクイズだねぇ〜! 間違えたら無理難題のお願いを聞かなきゃいけない……。でも正解したら、紅ちゃんにお願いを聞いてもらえる、またとないチャンス…………ぐへへ』



 犯罪者としか思えない下品な笑い声に、柏木の顔が引きつっている。


 ちなみにクイズっていうのは、電話の主が俺か紅葉かを当てる単純なものだ。

 紅葉の場合は“秋”、俺の場合は“春”って答えることになっている。


 このクイズを言い出したのは美咲さんからで、一度も正解したことがない。



「……気持ち悪い言い方はやめて。じゃあ答えをどうぞ」

『あ、ちょっと待って! 考える時間を頂戴!!』

「……いいわよ。ただ、三十秒ね」

『うーん。この時間、この前のお願い……導き出される答えはってことだねっ!!』

「……ハズレ、と言うことでいつも通りよろしく」

『え、嘘マジ〜!? 絶対に嘘でしょ! そうやって私を弄んでるんでしょ!!」

「……じゃあ切るわ」

『えっ、ちょっ! 切らないで〜! もう少し美少女の声が聞きた——』



 ピッ。

 無言で電話を切る紅葉。


 俺はいつも通りに近いのでため息しか出ない。

 一方、柏木はポカーンと口を開け唖然としていた。



「まぁ美咲は病気みたいなもんだから。少し待つとすっかぁ〜」

「電話かけておいて切るって……。あんた達それでいいの……? 仮にもマネージャーってビジネスパートナーでしょ?」

「まぁな。でも柏木、心配する必要ないぞ。これは通過儀礼みたいなもんだから」

「そーそー、病気の片鱗が見えた時は話がなげぇーから切るに限るぜ〜」

「えー。なんか逆に心配なんだけど……」



 柏木は顔を引きつらせ、「大丈夫なのかな……」とため息混じりに呟いたのだった。

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