ある日の間幕 姉との邂逅 後編



「んで、あの馬鹿弟は何をしたんだ? まぁ聞かなくても〜、どうせろくでもないことだろうけどなぁ」



 ソファーでごろごろしながら、紅葉は私にそう聞いてきた。

『どうせ』と言っている辺り、一度ではないのだろう。


 ……この反応からして、やっぱり篠宮くんの仕業で間違いないわね。



「私も何をしたかはわからないんだけど。相手の態度が反転するぐらいだから、絶対に腹黒いことしてる気がして……」

「かっかっか〜。ま、アイツは腹の中は真っ黒だからなっ! アタシが言うのもアレだけど、性格は最悪にわりぃぜ?」

「悪いだけじゃないと思うわよ……。案外、優しいところもあるし。今回みたいなお節介を素知らぬ顔でやってるから」

「ははっ! その通りよく見てんじゃねぇか!!」



 屈託のない笑みを浮かべ、嬉しそうな表情をした。

 なんだろう……、なんか嵌められた気がする……。



「桜士って性格は、最悪も最悪だけどなぁ」

「酷い言いようね……。恩人でもあるから、いい気分がしないのだけど」

「まぁまぁそうカリカリしないで聞けって」

「うん……」

「アタシが言いたいのはタチが悪いって意味での最悪だ。こっちに一方的に負い目や恩を感じさせるような行動をとってしまうんだからなぁ〜」

「それ……凄いわかるわ。今、なんか悔しいもの……看病といい、先生のことといい助けられてばかりだから」



 色々とバレる可能性があるのに私を運んでくれた。

 私が解決しないといけない問題なのに、先生のことをどうにかしてくれた。


 体調が悪かったのも自分の問題。

 先生の態度が私に冷たかったのも私の問題。


 それなのに、どうにかしてくれた……。

 自分で出来なかったことを簡単に成し遂げてしまって、悔しい気持ち……不甲斐ない思いだった。


 でもそれ以上に、あっさりと成し遂げたように見えてしまう彼の行動に不安を感じる。

 無理してないか心配なのよ……バカ。


 そんな私の気持ちに同意するかのように、紅葉から大きなため息が消えてきた。



「それに桜士は手段を選ばねぇーからなぁ」

「そうなの?」

「ああ。何かの大目標を達成するためなら、細かい犠牲は気にしないし……。ったく、困った奴だよアイツはなぁ〜」



 怒ってる……?

 いや、っていうより諦めや悲しみに近い感情のように、私には見えた。



「ねぇ、何を悲しんでるの?」

「あん……? なんだ急に」

「いや、なんかそう思ったから……。怒ってるように見えて優しいし、でもすっごく悲しんでるように見えて……」

「………………」



 急に目つきが鋭くなった紅葉に若干気圧されながら、言葉を連ねた。

 それを黙って聞いていた紅葉は、頭を掻くと大きなため息をつく。



「お前……。天ってマジで遠慮ねぇーな? 普通、こういう内面的なことを聞くのって躊躇しないかぁ〜?」

「あ、えっと……ごめん」



 私は慌てて頭を下げ謝罪をした。


 また、やってしまった……。

 人の感情にズカズカと踏み込んでしまう。

 これは、私の悪い癖。


 ……何も反省してないな、私。


 そう思うと、数年前から変わっていない自分に腹が立ってくる。

 高校ではやめようって決めていたのにね。



 私は——昔から察しが良すぎた。



 人が気を遣ってるとか、無理しているとか、嫌いなのに好きと言って友達のフリしているとか……。

 そういうがわかってしまう。


 だから、自分の演技にそれが生きてきて人を騙せてるんだと思う。

 こうしたら、違和感を与える、嫌な気持ちになる。

 そういうことがわかってしまうから……。


 紅葉には通じなかったけど、でも一瞬で嫌な気持ちにしたら……どう考えても印象は最悪だ。

 この後は、まともにお話しが出来ないかもしれない。


 自分が悪いのは、重中わかってるんだけど…………って、痛い!?



「しょぼくれてる顔にはこうだぞ〜」

「ひょっと、ほふをひっぱりゃないで!(ちょっと、頰を引っ張らないで!)」

「いや〜、柔らかくて良いなぁ〜。これは中々癖になるぜー」



 私が抵抗すると、ようやく離してくれた。


 痛いんだけど……。

 不満を訴えるように紅葉をみると、何故か紅葉は優しい眼差しで私を見ていた。



「ま、そんな怖い物知らずに突っ込んでゆく、天の性格は嫌いじゃないぜぇ〜」

「そうかな……? こんなのトラブルや喧嘩しかないけど」

「変に建前や気を遣われる方がアタシは嫌だねー。そういうのってわかるじゃん? 『あ、アタシ気を遣われてて、悪いな』ってさ……」

「…………」



 私は首を縦に振る。


 ……凄いわかる。

 彼女の言うことが。


 私も家のことを他人に知られると、同情されたように『大変だったね』とか言われる。

 事実ではあるけど、なんだか惨めで恥ずかしくて、気を遣われてるのが悔しく思えてしまう。


 そんなことを考えているから、私自身がそういう風に気を遣うのが下手なのかもしれない……。


 そう考えると、篠宮くんはそんな様子がなかったのよね……。

 だから嫌な感じはしなかった。



「だから今までに何があったか知んねーけど。アタシには気を遣うなよ? 天が突っ込み過ぎて、アタシが嫌いになることはねぇからさ」

「そう言ってもらえたの初めてかも……」

「かっかっか〜。そうかそうか! 天みたいな態度、寧ろ嬉しいまであるんだぜ? なんせそんな性格のおかげで、頑固者の桜士を動かしてくれたってことだからさ」



 私の肩を笑いながらバシバシと叩く。

 それから「これで少しは変わるといいんだけど」と、紅葉が微かに呟いた気がした。


 表情は笑っているのに、なんだがその言葉が無性に寂しそうに見えたのだった。


 私が「大丈夫?」と聞く前に紅葉はむくりと起き上がると、その質問を察知して阻止するように口を開いた。



「んじゃ、さっそく恩を返すことを考えるかっ! 元々、それをしに来たんだろ? どんなことをしようと思ったんだぁー?」



 一瞬にしてシリアスムードを吹っ飛ばすように、テンション高めで話しを始める紅葉に、私は思わず苦笑した。


 ここで、話を戻すようなことは流石に私も出来ない……。

 だから、あくまで驚いたような素振りをみせた。



「え、話が急じゃない??」

「まぁまぁ、いいから答えてみろって!」

「一応、恩返しとして料理を……。なんか篠宮くんって料理が苦手なのかなぁって思ってたから」

「おっ正解正解〜! 桜士は料理が下手だぜぇ〜。素人なのに変なアレンジするし、道端の草の方がマシかもしれねぇ〜」



 紅葉はパチパチと拍手をした。

 なんでそんな嬉しそうに下手ってことを語ってるのよ……。

 え、その前に道端の草の方がマシってどんな料理なのよ。



「天が料理かぁ〜。あんまし器用そうに見えないし。キャラ的に料理が出来そうにも感じねぇんだよなぁー」

「キャラ的って、私はどんなキャラなのよ!」

「なんつーの、見た目はツンデレ属性っぽいじゃん?」



 それは、篠宮くんにも言われたけど……。

 私って別にツンツンしてるつもりはないんだけど。


 ただ、篠宮くんに言われるとつい反論したくなるだけで……別にこれは対抗してるだけだし……。


 私が色々と思考を巡らせていると、そんな様子を紅葉がニヤニヤと見ていた。

 それを見て、私の頬が引きつるのを感じる。



「いや〜、葛藤が可愛いなぁ」

「う、うるさいわね!」

「んで、天は料理に自信があるのか?」

「まぁーね。練習をしてたから、得意だと思うわ」

「練習ね〜。はは〜ん……なるほどなぁ」

「な、何よっ」



 何か察したような、見透かしてきたような視線に私はドキリとする。


 ……まさか、何かバレて。

 いや、それはありえないわよっ。

 流石に人の心を読むなんて——


「いや〜、もしかしたら随分と可愛らしい夢をお持ちじゃないかなぁーって」

「ゔっ……」

「おっ! その顔は図星ってやつだなぁ〜。ほらほら、言ってみ〜。アタシ達しかいないんだから言ってみなよぉ」

「い、言わないわよっ!」



 あの目、絶対にわかってる!!

 ってか、なんでわかるのよ〜っ。


 そもそも、言えるわけないでしょ!

 ……お嫁さんになった時とか、結婚の後に困らないようにとか、男の胃袋を掴むとか……そんなことのためにって言えるわけない!


 だって……今時、そんな人周りにいないし。


 私が頭を抱えて、悶えていると紅葉が私の頭に手を置いてきた。



「なぁ、恩を返す話……、協力してやろうか? アイツのことで私にわからないことはねぇーしな」

「本当に!?」

「ああいいぜ! アイツを出し抜くには、アタシが協力するのが一番だしな。まぁ、その代わりっていっちゃなんだが、アタシのお願いをひとつ聞いて欲しい」



 さっきの戯けた態度はなりを潜め、代わりに口調には真剣さが宿っているように感じた。

 私もそれに応えるようと、彼女を真っ直ぐに見つめる。



「近い内に桜士にはピンチが訪れるだろうから、アンテナを張っておいてくれ。いつ何が起きてもいいようになぁ」

「……どういうこと?」

「まぁ何が起こるかわからねぇけど、嘘や偽りつうのは期間が長くなればなるほど綻びが出るもんなんだよ。気づかねー内にな……」

「篠宮くんの演技がバレるってこと……?」

「まぁそれに近い感じかなぁ。アタシが言っても聞かないし、天に頼むしかねぇー」

「なるほど。でも、よくそんなことがわかるわね……?」



 一つ嘘をつけば、その嘘を守るためにまた新しい嘘をつかなくてはいかない。

 嘘に終わりはなく、ひたすらに積もってしまうのだ。


 私も篠宮くんも学校での姿は嘘でしかない。

 だからこそ、その嘘がバレた時が怖いんだけど……。


 紅葉の口振りはそれを暗示しているように思え、私はドキリとした。



「双子って言うのは奇妙なものでなぁ。あいつのことは、なんか感覚的にわかるんだ。気が合うし、考えも合うし、だから地球上の誰よりも一緒いて心が休まるんだろうなぁ〜」

「そういうものなんだ。なんだか、ちょっと羨ましいかも、そんな関係……」



 少なくとも、私にはそんな人はいない。

 いたらどれだけ嬉しいことだろう……。


 でも、そんな人は中々現れない。

 恋人ができても、結婚しても……真の意味で心が休まることはあるのか?


 今の私にはそれがわからない。

 けど素直に欲しいし、それを持ってる紅葉が羨ましく思えた。



「ま、これは双子の特権だなっ! お互いが最も理解し合えるわけだし。でも、同時に一番遠い関係でもあるんだけど……」

「どういう……?」

「かっかっか! いやいや〜こっちの話だから気にすんなっ」



 快活に愉快そうに笑う彼女。

 だが、言葉の端々に寂しさが混ざっているような気がした。



「ま、とりあえずさ。アタシってあまり家から出ないから、アイツのことで何かあったら教えて欲しいんだよっ。これ連絡先だからさぁ」

「あ、えっと……うん、わかったわ。とにかく、何かあったら連絡すればいいのねっ!」

「そういうこと〜。あー、ちなみに用がなくても連絡をくれてもいいぜ〜、アタシは基本暇だし話し相手が欲しいぐらいだから」

「本当に!? あ……たまには連絡してあげる……」

「かっかっか〜。セリフがテンプレで面白いなぁ」



 スマホに登録された新しい連絡先を見て、自然と口元が綻ぶのを感じた。


 すっごく嬉しい!

 けど、それを出さないように、表情だけはなんとか取り繕おうとする。


 ——ピピッ。

 私の表情の誤魔化しを手伝うように、タイミングよくバイト先の店長からアルバイト全員に向けて今月のシフトが届いた。


 それを見て、私はがっくしと肩を落とす。


 ……これじゃあまり稼げないなぁ。

 色々とギリギリでかつかつ……はぁ。


 漏れ出るため息に反応した紅葉が「大丈夫かぁ?」と声をかけてきた。



「うん、まぁ大丈夫なんだけど。明日からまたバイトに行ってお金貯めたいんだけど、あまり稼げなくて……早くしないとなのに」

「早くって、なんか買うのかぁー?」

「あ、うん! ちょっとね」

「ふーん……」



 危ない……自然と弱音が口から出てた……。


 バカじゃないの私。

 言ってもしょうがないことなのに、何口走ろうとしてんのよっ。



「なぁ天、アタシがアルバイト紹介してやろうか?」

「バイト……?

「ああ。アタシ……つまりは“紅”の手伝いだけど」

「え、そんなのいいの……? 私としては願ったり叶ったりなんだけど……」

「ああもちっ! それに金が早めに必要なら、割と稼げるしぃ。ちょうどいいと思うぜ〜」

「それは凄く有難いんだけど……いいのかな?」

「いいぜ〜。だって金の使い道は、単に服を買うとかじゃないんだろ?」

「……うん」

「んじゃ、アタシに任せな」



 は私がどうにかしないと……。

 ただ、間に合えばいいんだけど。


 ってか、またナチュラルに読まれた気がするんだけど。

 紅葉って超能力者か、何かなのかな……?



「あ、でも“紅”の手伝いって篠宮くん嫌がらない? すっごく、反対しそうな気がするんだけど……」

「ん〜、言われてみればそうか」

「でしょ? “紅”に対して、すっごく拘りがあるみたいだから……」

「なるほどなぁ〜。だったらアイツに「仕方ない」と諦めさせるようにするかっ。なんか勝負を仕掛けたりしてさぁ」

「勝負……?」



 私は首を傾げる。


 勝負で篠宮くんに勝てそうな未来が、一つも見えないんだけど……。

 全て手玉に取られて遊ばれそうだし……。


 そんな私の心配を察したのか、ニカッと爽やか笑みを私に向けてきた。



「まぁ、アタシに任せとけよ! 悪いようにしねぇからさ。桜士にもバレねぇように演技するし」

「うん、わかった。あ……でも屁理屈こねてなかったことにしそうじゃない?」

「いやいや〜。桜士は案外、律儀な性格はしてるし、有耶無耶にしようとも道理は通すから、約束を反故にすることはなんだかんだでしないぜー?」

「めんどくさそうな態度を露骨に出しそうな気はするわね……」

「まぁな。でも、その必死に屁理屈こねて『別に仕方なくなんだからねっ! あなたのためじゃなくて嫌々なの!』みたいな感じでやるのは可愛い〜って感じ」

「篠宮くんの声でツンデレボイスは、中々に気持ち悪いんだけど……」



 これは篠宮くんが知らないし、一生知ることがないかもしれない——秘密のやりとり。


 そんな私と紅葉の会話は、彼から帰る連絡が来るまで続いたのだった。

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