21 罰ゲームはほどほどに



「マジで疑ってすいませんでした」



 人生初の土下座は、綺麗な土下座だった。

 床に頭を擦り付け、角度、形、共に完璧な仕上げりである。


 はぁ……床がひんやりと気持ちいい。

 そんな虚しい感想を抱きつつ、俺の前に勝ち誇ったように腕を組む彼女の反応を待った。



 そう、結論から言うと——柏木の料理は旨かった。



 それもかなりの腕前……。

 普通に金を払いたいほどのレベルに、柄にもなく夢中で食べてしまったよ。


 食べ物に文句が多い紅葉でさえ、残すことなく食べ、尚且つおかわりまでするぐらいだ……。


 作ってもらったのはただのオムライスなのに……くそっ。

 どうしてこんなに美味しいんだ。


 ふわとろの卵のとろけ具合に加えて、俺の味の好みを把握しているような絶妙さ。

 そしてなんといっても、包み方が綺麗で見た目からもその美味しさが伝わってくるようだった。


 でも――



『あれれ~? 散々馬鹿にしたのになんか手が伸びてない。もしかして食べたいとか……?』



 食べていた味を思い出すだけで、あの煽りがチラつく……。

 俺がひと口食べたところで、わざと没収して俺が『食べさせて下さい……』と観念するまで“待て”を言われたあの瞬間が——。



 きっとこれがご馳走を前にして“待て”を言われた犬の気持ちなのだろう。

 唾液がたくさん出てきて、胃酸が逆流しそうなあの感覚……。



 認めたら負けな気はするし悔しいが、腕は確かだった。


 苦手な玉ねぎも食感を感じさせないし……寧ろ料理の良いアクセントになっていて……。


 苦手な食べ物が好きになりそうに……やばい、思い出したらまた食べたくなってきた。



「ふんっ。わかればいいのよ」

「あの味、心に染みました……」

「でしょー? あそこまで侮辱されてもなお許してあげる私の懐の深さに感謝するべきね」

「はは~っ!」



 俺は平伏し、柏木を称えるように腕を上げ下げする。

 紅葉からは何やら白い目で見られているが、この際は無視だ。


 何故、俺がこんなに下出に出ているのか。

 答えは簡単だ。


 ――罰ゲームが怖い。


 ある意味ぶっ飛んでいる柏木が何を要求するのか……。

 言い出した本人が勝者になったわけだから、余計にその”何でもお願いを聞く”というのが唯々恐怖でしかないわけだ。


 だから良い気分にして有耶無耶になれれば、逃れることが——



「じゃあ、お願いだけど何にしよっかな〜」



 残念ながら上手くいかなかったようだ。


 うわぁー……。

 新しい玩具を貰った子供のように、めっちゃウキウキしてる。

 これ、ひょっとしてやばいんじゃないか……?


 だが、学校では仮にも“慈愛の女神”と呼ばれる柏木のことだ。

 なんだかんだで、ジュース一本奢りとか軽いやつで終わらせてくるかもしれない。



「奢ってもらうなら三ヶ月分の生活費かなぁ〜」

「ははっ、そりゃあいいかもなっ! 勿論、桜士は当面の小遣いが無しになるわけだ」

「それとも今後の学費にするか……。これは中々高いわよね……」

「ま、桜士の貯金からは出せなくはねぇーな」



 現実的過ぎて、ツッコミし難い!

 それに罰ゲームが全然軽くねぇーよ!!


 ってか紅葉……、関係ないみたいな雰囲気を醸し出してるが、お前も無関係じゃないからなするな……。

 リアルにウチの家計に響くぞ、そんな願いを叶えたら。


 はぁ。

 無言を貫いて、嵐が過ぎ去るのを待つつもりだったが……黙ってたら手遅れになる気がする。


 俺は顔を上げ、徐に口を開いた。



「な、なぁ柏木。もっと学生らしい罰ゲームの方がいいんじゃないか? 金銭のやり取りは流石に不味いと思うしな……」

「確かに……それは一理あるわね」

「だろ?」

「でも、学生らしい罰ゲームって何?」

「それは……ほら、柏木の方が詳しいんじゃないか?」

「知ってるでしょ。私って学校で友達いないのよ? そんな学生らしい罰ゲームなんて知るわけないじゃない」

「それもそうか……」

「あんたこそどうなのよ」

「俺も……似たようなもんだなぁ」



 お互いに学校で、そういうノリには遭遇しない。

 ある意味、神格化されている柏木に王子様って言われる俺。


 一線を介したところにいるせいで無縁なのだ。


 あ、でも一個だけ知ってるやつがある。

 あまり褒められたものではない、罰ゲームだが今この場ではありかもしれない。


 なんせ、この場にいるのは柏木と紅葉だけで、衆人環視ってわけでもない。


 となると、柏木に断りを入れとくか。

 上手くいけば、罰ゲームもスルー出来るかもしれないし……。



「柏木。ひとつだけ、俺が知ってる学生の罰ゲームがあるんだがやってみてもいいか?」

「一発芸やモノマネみたいもの?」

「ま、似たようなものだ。先に断っとくと、今からやることはあくまで振りであって本心ではいからな。そこらへんは勘違いするなよ?」

「えっと、よくわからないけど……。まぁやってみてよ」



 手をひらつかせて適当な対応をする柏木。


 見てろよ。

 俺の本気の演技を……。


 俺は咳払いをして、それから声を整える。

 そして、柏木の手を握った。



「え、ちょ、なんで……?」



 柏木は動揺を見せ、あたふたとし始める。

 俺は真剣な目で見つめ、彼女の前で片膝をついた。


 イメージとしては、姫に忠誠を誓う騎士といったところだ。



「天、好きだ」

「……ふえ?」



 素っ頓狂な声が柏木の口から発せられた。


 そして、ボンッと音を立てて沸騰したかのように、柏木の顔が真っ赤に染まる。

 握った手も、心なしか熱を帯びていた。


 俺は声を所謂イケボに切り替えて、演技を続けた。



「好きなんだ。この地球上の誰よりも……俺は天を一生大切にする。そして、一生愛し続けると誓うよ」

「い、一生だなんて! だ、だ、駄目よっ」

「どうしてかな?」

「私、まだあんたのことなんて知らないし……。それにあくまで契約相手だから……そんなの」

「そんなの関係ない!! 俺の愛の前では——むごっ」

「はーい、カットカット〜」



 俺の口は紅葉に押さえられ、このまま畳み掛けようとした言葉を封じられてしまった。


 ……邪魔されたか。

 柏木をチラリと見ると、目が合った柏木はさっと目を逸らす。


 でもこの様子なら、俺の作戦は上手くいったみたいだ。



 この“罰ゲームに託けて有耶無耶にしよう作戦”が。



 顔も耳も赤らめた柏木は、ハッとすると紅葉の背中に隠れ、それから顔の半分だけを背後から覗かせた。



「桜士〜、やり過ぎはよくねぇーぞ?」

「やり過ぎって、ここからが本番だ。つーか、いいところで止めるなよ。柏木も了承してたんだから」

「大した説明をしてないだろ〜? 桜士はいつも言葉っ足らずなんだよ、なんでもかんでもよぉ」

「へいへい〜」

「ほぉ〜、そういう態度を桜士がとるなら、こっちも考えがあるからなぁ……」



 紅葉は背後に隠れる柏木の頭を優しく撫でる。

 柏木が反応して紅葉を見ると、何かよからぬ意図を企んでいるような顔をした。



「天~、桜士はこの勢いで“お願い”を有耶無耶にしようとしてるからなー。それにさっきの台詞、ドラマで聞いたことがあるしぃ。罰ゲームを利用して、思い通りにコントロールしようとしてるぞ〜」

「お、おい! お前何を言って――」



 俺は慌てて、紅葉を止めようとする。

 ——しかし、紅葉の横から伸びてきた手が俺の腕を掴んできた。



「ふ~ん……。なるほどね、そんなことするんだ……篠宮くんって」

「なぁ柏木……。どうして関節を反対方向に曲げようとしてるんだ……? つーか、柏木は了承してくれてただろ?」

「…………」

「なんか反応してくんない!?」



 無言の笑みが一番怖い!

 ってか、口は弧を描いて笑っているように見えても、目が全く笑ってないからな!?


 柏木は指をポキッと鳴らす。



「話せばわかるって……。それに指をポキポキと鳴らすなんて、可憐な女子がすることじゃないぞ? どちらかというとゴリラ的な――」

「乙女の純情を弄ぶような男は……馬に蹴られて死ねぇぇええ~っ!!」



 馬って……蹴ってるのはお前……だから、な。


 俺は床に沈み、続けざまに柏木の関節技が見事にきまる。

 腕に当たる柔らかい感触はあるが、痛みと中和できていない……。

 いや、寧ろ感覚に集中するせいで痛みも増してくる気がした。


 そんな様子を姉は、腹を抱えて笑っている。

 ……ほんと、楽しそうだなぁ。



 今日のことを経て、これだけは言える。



 ——嘘告白、ノリでもダメ絶対。



 ちなみに罰ゲームという名の“お願い”は、後日言い渡されることになった。

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