17 方針の相談


 精神的に疲れた学校を終え、俺は夜に柏木を呼び出していた。

 待ち合わせ時間ちょうどに現れた柏木は、何故か不機嫌そうな様子で、俺を見る目が心なしか鋭かった。


 ……昼の件、やっぱり怒ってるよなぁ。


 悪いことしたら言い訳せずに謝る。

 相手に指摘される前に謝れたら上々。


 それを逃したら、相手の怒りのメーターを上げることになってしまう。

 だから俺は頭を下げて、開口一番に謝罪の言葉を口にした。



「ごめん……今日はマジで助かった。ありがとう」

「別にいいわよ。元々の火種は、私が撒いたようなものだから」



 柏木はふんと鼻を鳴らすと、そんなことはどうでもいいと言い気な態度で腕を組んだ。


 てっきり、あれこれ言われると思ったが……こんな態度をされると思ってなかったぁ。

 んじゃあ、何に柏木は不機嫌なんだ……?



「それで、私を呼び出しのは別にお礼を言いたかっただけじゃないわけでしょ? 用件を言って」

「まぁ、そうなんだけど。つーか、俺が見張ってるからいつも通り叫んでもいいぞ」

「必要ないわ。お陰様でストレスが減ったし」

「課題を届けた成果があったな」

「……はぁ。白々しいわね」



 柏木は不機嫌を露骨に顔に出し、ぶすっと膨れた顔で俺を睨んでくる。


 ……ああ、なるほど。

 先生の件をまだ根に持ってるのね。


 俺は苦笑し、コホンと空気を変えるために咳払いをする。

 そんな俺を見た柏木は「まぁいいわ」と、諦めたように肩を竦めて見せて、大きなため息をついた。



「えっとだな。今日、柏木を呼んだのは今後の方針と俺達のをどうするかってことだ。それを相談したくてな」

「そうね〜。今回は、たまたま噛み合ったようなものだけど、毎回上手くいくわけじゃないわよね。アドリブは、矛盾を孕む危険性が大いにあるわけだし……。それに、私はアドリブが得意じゃないから」

「そういうこった」



 柏木の演技は計算された演技。

 つまりはある意味、機械的なものなのだ。

 彼女の頭の良さで出来ている側面もあるが、あくまで計算上で計画的なもの。


 今回はなんとかなったものの、アドリブには弱い。

 不測の事態では、ボロが出る可能性が高いのだ。


 だからこそ、お互いに設定を新たに作り忠実に守る必要がある。

 それでこういう話をしているわけだ。



「ま、無難なのは“俺が理系の勉強を見る”その代わりに、柏木が俺のトレーニングに付き合うってところか……」

「出会いとか、どこからそうなったか……。そういうのはどうすればいい?」

「うーん。下手だけど“俺がトレーニング中にぶっ倒れているところを天使が助けた”っていうのはどうだ? その方が慈悲深さとか表現できるし」

「それでいいならいいけど……。ってか、天使という言い方やめてくんない? あんたに言われると背筋がぞぞっとする」

「ひでぇな、おい」



 柏木は、自分の体を両手で抱えてぶるっと震える。

 わざとらしいその仕草に、俺は思わず苦笑した。



「まぁとりあえず、さっきのは簡単にそれでいいとして後は無難に関わっていくしかねぇなぁ。無関心で無視できる間柄じゃない、っていうのは知られたわけだから……」

「その方がいいの?」

「ああ。今日のやりとりで、俺達が勉強以外でも繋がりがあることが確実に知れ渡った。当然、付き合ったつう噂は、消えるわけないだろうし……。変に隠すのは、逆効果だ」



 後は、柏木が男性と話す。

 これも広まったからな、俺という虫がいる方がいい牽制になるだろう。

 変に人が寄ってきてバレる方が困るしな。


 俺が柏木を見ると、発言の意味がわからなかったのか小首を傾げた。



「個人的に今日の演技は上手くいったと思うんだけど……噂の火消しにならないの?」

「ならねぇーよ。一度、流布された噂は消えることないし、聞くことが少なくなってもあくまで噂が小さくなったに過ぎないからなぁー」

「……そうなんだ」

「ああ、噂なんて流れた時点で終わりってもんだよ。生まれたものを簡単にゼロには出来ねぇからな……」

「そっか……。じゃあこれは、キッカケを作った私の責任になるわよね……」



 柏木がしゅんとした様子で呟いた。


 いや、なんか落ち込んでる雰囲気を出してるけど……。

 それだったら、今回の件に関して最初にキッカケを作った俺のほうが遥かに悪いわけだから、柏木が気にする必要は全くないと思う。


 だから——



「いやいや、柏木の責任じゃねぇって。今回のは俺が百パー悪いし、寧ろ助けてもらってるからなぁ」



 俺は即座に否定して、全面的に自分が悪いことを伝えた。

 柏木は顔を上げ、自信なさげに俺を見る。



「そう……かな」

「マジマジ、今回のは俺の責任。自分の設定を守らなきゃいけないのに、それを自ら崩したわけだから……」

「でも、そんなこと言ったら私が風邪でダウンして、保健室に運んでもらったわけだから……。これって私の責任じゃない?」



 なんで頑なに、自分の責任にしたいんだよ……。

 俺は呆れたように、息を吐きぽりぽりと頭を掻く。



「何言ってんだ? あれは誰でも助けるし。つーか、無視したところを見られたら、それこそイメージダウンだよ。運ぶなら病弱の人間っぽく、柏木を引き摺るとか台車に乗っけるとかすればよかったんだ」

「その選択肢はおかしいでしょ……」

「ま、喩え話だよ。引いてんじゃねぇ」

「うーん、でも篠宮くん。私がそもそも脅して契約を結ばせたことが原因で——」

「脅されるような、バレる演技をした俺が悪い」

「そんなことないわよっ! 私が——」

「俺だ」

「「………………」」



 お互い無言で見つめ合う。


 最早、意地の張り合い……。

 お互いが自分の責任と言い張る、謎の展開だ。


 このなんとも言えないやりとりに、痺れを切らしたのはお互い様らしく、同じタイミングでため息をついた。



「不毛だな」

「そうね。不毛な責任の奪い合い……」

「つーか、そもそも責任って奪い合うものだったか?」

「いいえ。どちらかというと、寧ろ押し付け合うものか、なすりつけ合うものだと思うわ」

「ははっ、確かに。そう考えると馬鹿みたいなやりとりだなぁ〜」

「ふふ、そうかもしれないわね」



 苦笑し、肩を竦める。

 俺がこの話から話題を変えようと口を開こうとしたところ、先に柏木が話を始めた。



「ねぇ、篠宮くんひとついい?」

「なんだよ、妙に畏って」

「私ってあんたの契約者よね……?」

「まぁ、脅されて始まったけどな」

「ゔっ……。それを言わないでよ、私だって必死だったんだから」



 柏木は、痛いところを突かれた人間特有の曖昧な笑みを浮かべた。

 若干涙目になっているのが、可愛らしく思える。

 案外打たれ弱いのかもしれないなぁ。


 そんなことを思っていると、柏木は自分の顔を叩き、キリッとした表情に切り替えると俺を真剣な眼差しを向けてきた。



「そうだ。これだけは言っときたいんだけど」

「うーん?」

「なんでもひとりで解決しようとして……。少しは私を頼りなさいよ、バカ」



 柏木はそう言うと俺の頭を軽く突き、それからむすっと頬を膨らましたのだった。



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