18 篠宮家は自堕落


 日はとっくに昇り、自己主張が一番強い時間帯。



「今日は久しぶりにのんびり出来るなぁ……」



 俺は背を伸ばし、大きな欠伸をする。


 バタバタとした週が終わり、今日は休日。

 いつもは仕事であることが多いが、久しぶりに何もない。

 休日の篠宮家は稼働するまでが遅く、仕事がない日の起きる時間は昼頃だ。


 姉弟揃って同じ時間に起きトイレで鉢合わせるあたり、これは双子故になのかもしれない。

 そう思うと、おかしな気持ちになる。


 俺はソファーに寝転がりながら、ぼーっとテレビに映るバラエティ番組を見る。


 出演者の動きや喋り、目線の動き、ワイプに抜かれた時の表情……。

 そういったものがどうしても気になり、肝心の中身が全く頭に入ってこない。


 ここまで来ると、職業病だよなぁー……。

 見てても仕方ないし、考えると疲れるだけだよ。


 俺はため息をつき、テレビを消す。

 そしてぼんやりと天井を眺めていると、俺によく似た顔が視界内に入り込んできた。



「桜士〜。おはよっ」

「ああ、おはよ。起きた時間は同じなのに、来るまで遅かったな」

「女には準備が色々とあんだよー」

「いや、そんな恰好で準備って……」



 姉の紅葉は、よれよれのロングTシャツをワンピースみたいに着込み、お洒落や女性らしさが微塵も感じられない恰好だ。


 ズボラを体現したような姿にはため息しか出てこない。


 でも、そんな姿でも花があるように見えてしまうのは、彼女が持つ見た目の麗しさ故だろう。

 白くて長い脚が惜しげもなく披露されている。


 まぁ、ただ……。

 女装した俺を鏡で見ているようだから、俺からしたらなんとも言えない気分になってしまうが……。



「まぁまぁ、恰好は置いといてさ」

「いや、誰か来たらどうすんだよ」

「マネージャー以外、訪ねてこねーだろ? 宅配は桜士が出れば問題ない。それに服着てるだけ、マシだろ……」

「妥協点がそこというのもどうかと思うけどなぁ……」



 紅葉が裸で彷徨くと、劣情を抱くというより恥辱の方が多い。

 まるで、性転換した自分を見ているみたいだしね……。


 俺はげんなりして、ため息をついた。



「なぁ桜士〜。今日の昼はどうするー?」

「俺はなんでもいいよ。紅葉は好き嫌い多いんだから、どうせ俺が決めても意味ないだろ?」

「かっかっか! 確かにそうかもしんねーな」

「んで、どうすんだ。昨日はピザだから、今日は寿司とか?」

「うーん。イマイチしっくりこねーんだよなぁ」



 紅葉は顎に指を当て、考え込む。

 中々食べたいものがまとまらないようだ。


 昨日はピザ、その前は寿司、さらにその前はピザ……。

 出前ばかりだと、まぁ飽きが来るのは当然と言えば当然だ。


 出前に飽きた時は、俺がコンビニに行くかデパートの惣菜を買うわけだが……それもずっとだと、さすがにね……。


 俺も一緒になって考えるが、全く良い案が出てこない。

 すると紅葉が何か閃いたのか、俺に顔を寄せてきた。



「そうだ! 今回は、桜士が何か作ればよくない? 完璧人間を自負してんだからぁ〜」

「……俺にだって出来ないことぐらいある」



 確かに俺は、完璧人間を自負している。

 けどそれは、料理以外だ。


 そう——俺は全くと言っていいほど、料理が出来ない。


 こんなことを言うと、『いやいや、レシピ見れば良くない?』とか言う人もいるかもしれない。

 だが、レシピ通りに作っても上手にはできないのだ。


 確かに食べることは出来る。

 食べれない味ではない。


 けど好んで食べたいとも思えない味だし、この労力を使って微妙な料理を作るぐらいなら、買った方がいいと思えてしまう。


 その結果、俺と紅葉は料理をしないってわけである。


 まぁ、単に面倒臭いという側面もあるが……。

 俺がそんなことを思っていると、紅葉がニヤついた顔で俺を見てきた。



「え? 何々〜? 桜士くんはー、完璧を謳ってプライドが高い癖にぃ、料理が出来ないのかなぁ?」

「うっせ。いちいち煽ってくんなよ。それに男っていうのは、完璧よりちょっとぐらい隙がある方がいいんだよ」

「ぷっぷ〜! 負け惜しみ可愛い〜」

「くそ、うぜぇ……」



 俺が弱みを見せると、こうやってすぐ挑発してくるんだよなぁ。

 毎回しつこいし、無視しても続けてくるから悪質もいいところだよ。


 俺は嘆息し、紅葉のおでこにデコピンをする。

「痛っ」と声を出し、俺を睨んできた。



「いてぇだろ?」

「紅葉がしつこいからだよ。つーか、もう少し女の子らしい口調で話せって。俺を煽ってばっかいないで、仕事の時みたいに話すとかさ」

「あーそれは無理。仕事は仕事だし。それにこうしないと、アタシのキャラ立てにはならねぇからさ〜」

「なんだそれ……?」

「ほら、双子なのにキャラが濃くないと没個性になんだろ? だからアタシはこのキャラ付でいくんだよ」

「それなら別の個性でいいだろ……」



 キャラ付けって……双子の時点でそれなりに個性として認められると思うんだが……。


 ガサツで男っぽい口調の紅葉は、昔はもう少し大人しかったんだけどなぁ。

 どちらかというと、もじもじして前に出ないタイプだったし……。


 あー、あの頃が懐かしい。



「なんか言いた気な顔だな……?」

「いや、昔の紅葉はもっと可愛らしかったのになぁーって思ってさ。いつからこうなっちゃったのか……」

「はぁん。アタシの変化は、第二次性徴期による性格の変化だからなぁ〜。仕方ねーよ」

「適当なこと言うなよ。それで変化するのは体つきだ」

「体って……。いや〜ん、桜士のエッチ〜。どこ見てんのよー」



 体をくねらせながら、妙に艶っぽい声を出してきた。

 ああ言えばこう言う……、ため息しか出てこない。



「誰が姉で欲情するかアホ」

「……あん? 今なんて言った桜士……」

「このシベ◯アン・ハスキー」

「誰がアホバカ恩知らずだよっ!! シ◯リアン・ハスキーって賢いからな!? つーか最初より酷くなってんじゃんか〜っ!」

「聞いてるじゃん、ちゃんと」

「まずは犬扱いしたことを謝れ愚弟!」

「はいはい、すいませんでしたー」

「ふんっ! 素直に謝れば——」

「ほんとすいませんでした。お犬様をこんな愚かな姉と一緒にして。はぁ、これは名誉毀損で訴えられるな……どうしよ」

「訴えるのは寧ろアタシっ!」



 俺の肩を揺すりながら、ぎゃーぎゃーと喚く。

 そんな姉に俺は揶揄いのつもりで一言付け加える。



「まぁ、紅葉は飼われてるってことで犬と変わらねぇだろ? 大した動けないわけだし」



 言った瞬間に空気が凍り、俺を揺する姉の手が止まる。

 そして、肩からするりと腕が離れると俺の腹の上に突っ伏して項垂れてしまった。



「あ…………うん。そうだよ……な」

「いや、途端に落ち込むなよ。調子狂うだろ?」

「完璧に的を射てるから、ぐーの音も出ねぇーよ……はぁ、生きててすいませんでした」

「いや、その……紅葉。今のはごめん、言い過ぎたって」

「ゔぅ……へぐっ……」



 俺の腹に僅かな水気が感じた。


 これは俺のミス、戯れとはいえ言って良いことと悪いことがある。

 紅葉にとってデリケートな話題なのに……無神経過ぎた。


 俺は紅葉の頭を優しく撫でる。



「ごめん。今のは言葉の綾で……、そんなことは思ってないから」

「………………」

「紅葉…………あ」



 黙り込む紅葉の頭が僅かにズレる。

 そして、すすり泣く紅葉の顔を覗き込むと……。


 ——意地の悪い笑みを浮かべていた。



「かっかっか〜っ! 引っかかったな桜士!!」

「紅葉、汚ねぇーぞ!! 女性の涙を使うなんて戦法は!」

「戦いつうもんは、勝てばなんでもいいんだよっ! 勝者が歴史を作る! 勝てば官軍さっ。いや〜、まさかアタシの演技に騙されるなんて……お主もまだまだよのぉ〜」

「この野郎……」



 ……嵌められた。

 紅葉はモデルでもあり、ドラマで活躍する役者でもある。


 俺が代わることも多いが、元はと言えば紅葉が芸能界に見出された人物なのだ。

 だから泣くことなんて造作もない。

 俺はそのことを忘れていた……。


 紅葉は腹を抱えて笑い、俺の腹をバンバン叩く。


 正直……めっちゃ悔しい。

 負けた気もするし……。


 でも、これで終わるわけにはいかない。



「もう許さん……。たしか、紅葉はくすぐりが苦手……だったよなぁ?」

「あっ、ちょっ!? くすぐりは反則だって!」

「泣き叫んでも、今日は許さない」

「あーダメっ! 声でちゃうからぁ」

「変な声出すなよ。どうせ演技のくせに」

「バレたか〜。いやーん、弟に犯されるぅ〜」

「アホか。これは一回締め付けてお灸を——」



 姉とのやりとりで俺はすっかり忘れていた。


 恩義を返すと言っていた女子のことを……。

 そして世の中タイミングというものは、こんな時に限って悪いというのを……。



「恩を返しに来たわよっ! あんたのことだから、呼び鈴を鳴らしても居留守を使うと思って——」



 玄関のドアが勢いよく開き、見知った顔と視線を交わす。


 時が止まったようなこの時間……。

 三人して「「「あ……」」」と間の抜けた声が出た。


 ——簡単に状況を整理しよう。


 俺が姉をくすぐり、姉は俺に抵抗しようと抱きつく形になっている。

 他人から見れば——“姉弟の禁断の恋”に見えなくもなかった。



「お楽しみ中、失礼しましたー」



 白い目で俺達を見た柏木は、家を出ていってしまった。


 はぁ……。

 柏木……お前はどうして、そうタイミングが悪いんだよ。

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