19 柏木天がやってきた


 誤解させないためにと、俺は家から出て行った柏木を直ぐに捕まえ、無理矢理に家へと連行した。


 だが、何度説明しても理解してもらえない……。

 無理矢理連行したせいもあってか、さっきから軽蔑した目線を俺に対して送ってきていた


 ……はぁ。

 マジで厄介なことになったなぁ。

 正直、ため息しか出てこない。


 俺がどうしようかと手をこまねいていると、柏木は綺麗な姿勢で椅子に座り、それから紅葉に微笑みかけた。



「初めまして、柏木天よ。天気の“天”と書いて“そら”って読むからよろしく……えーっと、紅さん?」

「紅葉でいいよ。紅は芸名だしさ、てきとーに名前で呼んでくれ。アタシも天って呼ぶからさ〜」

「じゃあそうさせてもらうわね」



 ……あれ?

 俺を置いてきぼりで会話をする二人に首を傾げる。


 こいつって紅のファンって言ってなかったか?


 紅葉に会って、もっとあたふたすると思ったんだが……。

 なんでナチュラルに座ってお茶を啜ってるんだよ。

 しかもその座布団、どこから持ってきた……。


 まぁ、あれこれ考えても仕方ないか。

 会って早々にいがみ合うよりはマシだし……。

 女子って入学初日からコミュニティを形成したりするから、単に物怖じしないってことなんだろう。

 男子からしたら考えられねぇなぁ〜。


 俺がそんなことを考えていると、姉が俺の耳を引っ張り顔を寄せる。

 そして、小声で話かけてきた。



「んで、まぁアタシの自己紹介はどうでもよくて……おい、桜士ちょいと耳を貸せ」

「なんだよ」

「つーかさ……お前バレたのかよ」

「色々あってな……」



 苦虫を噛みつぶしたような顔を作り、それから諦めたように目を伏せるとため息をついた。



「あいつは無害か?」

「まぁ少なくとも協力的だな。持ちず持たれずやってるし」

「……ふーん。そっか」

「え、怒んないのか……?」

「怒っても仕方ねぇーだろぉ〜。バレちまったものはしょうがない。それに桜士の様子から見ても、悪い関係じゃなさそうだしなぁ」

「まぁ……」

「アタシとしては、桜士の身が無事なら何でもいい」

「なんだよ。紅葉にしては、やけに優しいじゃないか」

「はっ。アタシは元々は弟思いなんだよー。まぁ危ないことがあったら……早めに言えよな?」

「ああ、もちろん」



 俺が頷くと紅葉は薄く笑う。

 それから来客がいるにもかかわらず、ゴロンとソファーに寝転がりスマホ見始めてしまった。


 ……態度が悪いな、おい。

 あーでも、紅葉がこういう態度ってことは……そうか、わ。


「ふーん……。またそんなにくっついて、姉弟愛って素敵よねー」



 そんな棒読みに近い声が耳に届き、俺は恐る恐る柏木の方を見る。

 柏木は冷たい目で俺を一瞥すると、顔色一つ変えずにお茶を啜った。



「いや、マジで誤解だからな? 柏木が想像しているようなことは……」

「ふーん。私が言ってるのは家族の愛情的なことだけど。そっか、篠宮くんは違うこと考えたんだー……。へー、ふ〜ん。私には、想像もつかないなぁー」

「言葉の端々に刺しかないな……」



 きっと柏木から見た俺達は“姉弟の禁断の恋”、もしくはそれに近い何かに見えたかもしれない。


 見ようによっては抱き合っているようだったし。

 これも、紅葉が下着が丸見えになるような恰好をするのが悪いんだけど……。



「まぁ、私も鬼ではないし。契約した相手が幾ら性犯罪予備軍でもちゃんと付き合えるほど、寛容だから」

「意外と寛大な——」

「当然、失望もするし軽蔑もする。警察にも突き出すけど」

「全然寛容じゃねぇな!?」

「ちゃんと警察署まで付き合ってあげるんだから、感謝しなさいよね」



 それ、ただの連行じゃねぇか。

 寛大どころか、豚箱に送る気満々だし……。


 俺は嘆息し、肩を竦める。



 まぁそろそろ閑話休題……。

 本題に入るとしようか。



「それで柏木はなんで来たんだよ」

「話を逸らしたわね」

「いいから……。ってか、揶揄いもそこまでにしとけって」

「あ、バレてたのね」

「まぁな。そこそこ見破るのは得意なんだよ」

「流石ね。姉弟揃って」

「……うん?」

「ううん。こっちの話」



 柏木のよくわからない態度に首を傾げた。


 ちなみにだが、さっきの柏木の演技を


 じゃあなんで断定出来たか。

 それは、紅葉がやけにニヤついた笑みを浮かべていたからだ。


 自分も当事者なのに、この状況を楽しんでいる。

 そのことから、柏木が俺を揶揄っているだけと気づいたってわけだ。


 俺は人を見破るようなのは得意ではない。

 現に、柏木や英語の遠藤先生については、自分の目で見るまで気づかなかった。


 感覚的に。

 直感的に。

 そして、的確に。


 そういった人の本性を、当てることが出来るのは——姉である紅葉の特技だ。



 その紅葉が、柏木天という知らない人物が来ているのに、苦言を呈したり警戒する様子も然程ない。

 来た最初だけは、若干疑いはしていたようだけど……。


 肉食動物がお腹を出して寝るような油断しきった紅葉の態度を見る限り、本当に問題ないのだろう。


 俺は苦笑し、柏木を見る。

 柏木は持ってきた物の荷解きをしていた。



「なんで……フライパン?」

「恩義には絶対、報いるって言ったでしょ?」

「まぁ、言ってたけど。家に突然訪問することとフライパンのどこが、恩を返すことに繋がるんだよ……」

「聞いて驚きなさい」

「うん?」

「今から私が手料理を作ってあげるわっ!」



 エプロンを突き出し、何故かドヤ顔をする柏木に俺はため息をついたのだった。

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