34 二人の勝負
なんとも言えない雰囲気の控室。
俺は、この状況を打破するために二人へ提案をしてみることにした。
「……納得いかないなら勝負をしてみたら?」
「「勝負?」」
二人とも顔を上げ、俺の顔を見る。
その顔はお互い「何言ってるの?」と言いたげな表情をしていた。
まぁ急に“勝負”って言われたら、その表情になるよな。
意味がわからないだろうし。
俺は咳払いをして二人に目配せをする。
それから、わざと勿体ぶってゆっくりと話しを始めた。
「……二人とも納得がいかないことがあるのよね?」
「そうですね。寧ろ、納得いかないことしかありません」
「わ、私は別に……」
柏木はさっきの出来事からまだ立ち直っていないのか、言い淀みもじもじしている。
いまいち、柏木の琴線がわからないな……。
さて——
「……言い合っても解決しないのなら、わかりやすいことで勝負して白黒つけるのが一番だと思うの。朱里も天がなんで隣にいるか、その実力がわかれば納得するでしょ?」
「それは……」
「……朱里は私を美化し過ぎるところがあるから、こう思っているのでしょう。『紅の隣にいるには、相応の者じゃなければ務まらない』って」
「は……はい」
朱里は言葉を詰まらせながらも返事をして、それからこくこくと頷いた。
「……後は朱里の納得する形にしたいから、勝負内容は朱里が決めていいわよ」
「いいんですか……?」
「……ええ、もちろん。いいわよね、天?」
これには狙いがある。
まずは話を逸らすということ、そして勝負の後に生まれる友情……。
前者は話しを逸らすことで、柏木の動揺から救う。
あたふたした彼女では、ボロを出す可能性が非常に高い。
だからこその処置だ。
そして最も重要なのが後者だ。
柏木が、いつまでこのバイトを続けるかはわからない。
だが、二、三日で辞めるということはないだろう。
そうなると、嫌でも朱里と会うことになるし、関わることになる。
柏木が紅葉みたいに彼女と打ち解けてくれれば、今後が幾分か楽になってゆく。
俺は、それを期待しているというわけだ。
案の定、さっきまで動揺していた柏木はすっかり落ち着き、目には決意めいた何かが宿っているようだ。
力強い目と言えばいいだろうか。
負けず嫌いなところがある彼女のことだ、勝負事が嫌いではないのかもしれない。
「ふーん……そういうことね。そこまで期待されるなら、俄然燃えてきたわ」
柏木がそう呟き、勝負相手である朱里を睨む。
何が“そういうこと”なのかはわからないが……。
まぁ、やる気があるなら、よしとしよう。
「くーちゃんと並び立つのは私です。泥棒猫は排除してみますからっ」
「自信たっぷりね。でもその自信、完膚なきまでにへし折るから後悔しないでね」
「ふんっ! こっちのセリフです!」
両者火花を散らす。
狙い通りではあるんだが……。
あれ?
なんか、気合の入り方に違和感があるんだよな。
朱里が何やら自分の荷物をゴソゴソと漁り始め、
『流石、偽王子。考えることがあくどいわね。でも期待しといて……』
と、その隙に柏木がそう耳打ちをしてきた。
その言葉に俺は黙って頷く。
だけど、柏木。
俺、あくどいことなんて考えてないからな?
「私が提案するのは、女子力の高さ更には嫁力の高さですっ!!」
ようやく勝負事が決まった朱里が腰に手を当て、片方の腕で柏木をビシッと指を刺した。
決めポーズをしたみたいに、自信満々な様子である。
ってか、女子力はわかるが……嫁力ってなんだ?
俺は首を傾げ、柏木を見た。
柏木は堂々としていて、特に疑問には思っていないようである。
もしかして、理解していないの俺だけ……?
「私の方が女子力があります! まずはこのプロポーション!」
朱里はグランドキャニオンのような胸を張り、偉そうな素振りを見せた。
つーか、女子力ってスタイルとか見た目のことだっけ?
それに、モデルという立場を利用しての見た目勝負。
せこっ!?
朱里は勝ちに貪欲だなぁ、おい……。
普通だったら、端から勝負にならないじゃないか……。
まぁ、朱里が決めるっていうことにしたから仕方ないけど。
「くーちゃんと並び立つにはふさわし…………」
勝ち誇ったような表情をする朱里だが……途端、その表情が凍りついた。
「……どうしたの朱里?」
「いえ、やはり見た目で判断するのは……その間違いと思いましたので」
これは、短絡的にその勝負を挑みにいった朱里が悪い。
まぁ柏木って、モデルやアイドルに遜色ない見た目をしてるからな……。
伊達に天使ともてはやされてないし、現に新人のモデルと勘違いしていたスタッフもいたし。
けど、柏木と朱里は同じ美人で細いっていう点は似てるけど、決定的な違いがある。
俺は左右それぞれをちらりと見て、それを確認した。
うん。
服の上からだけでも、ボリュームの差が天と地ほど差があるな。
あんまし考えないようにはしてきたが……。
朱里は大きな差であることを敏感に感じ取って、その土俵で勝負するのを諦めたのだろう。
「く・れ・な・い……さん?」
「……天、顔が怖いわよ」
「見過ぎよ、バカ」
俺の耳を引っ張ってくる。
そして、「でも、あなたの狙い通りね」と、耳元でそう囁いてきた。
俺はきょとんとして、柏木を見ると『任せておいて』とウインクをしてきた。
無駄に可愛いな……けど、過度な期待すんなよ。
俺は心理的な動きを計算することは出来ても、女特有のものとかはわからない。
だから、これが俺の作戦と思われても……なんか、恥ずかしいだが。
俺はため息をつき、悔しそうにむくれる朱里を見た。
「ま、まだです! まだ私の勝負は終わってません!」
「次はどうするの?」
「つ、次は……これならどうですか!?」
紙袋から登場したのは、高そうなプリン。
確か、最近SNSで映えるというので人気な……。
あー、またせこいこと考えたなぁ。
ここに食べ物なんて持ってきてるわけないじゃん……。
俺は、仕事仲間の図太さとずる賢さに嘆息した。
「今朝、持ってきた最新のスイーツの差し入れですっ。甘い物を差し入れに持ってくるのは、女子力が高いですよね!」
「……確かに」
「ふふっ。これで私の勝ちは決定です」
俺に向かってVサイン。
子供のようなあとげない無邪気な笑みを向けてくる。
柏木というと、鞄を漁り……。
え、まさか……?
「食べ物でいいなら、お弁当作ってきたわよ。丁度、お昼だし……紅さんは今、食べる?」
「…………」
目が点になるとは、こういう目つきだろう。
こうなると最早、哀れだ……。
「……頂こうかしら」
「あんたも良かったらどう? そこそこ作ってきたし、食べてもいいわよ」
「……いいんですか? 私の舌は中々に肥えてますよ?」
「食べたくないなら、別にいいけど」
「食べます。それで、嫌な姑みたいにダメ出しをしてあげますから」
「それを宣言するってどうなのよ……。まぁ、高級な食材はなくて庶民の味だけど、よかったら堪能して」
目の前に出される美味しそうなお弁当。
俺と朱里は並んで座り、口に運んだ。
——三十分後。
「私はミジンコ未満でした。本当、生きててごめんなさい……」
綺麗な土下座。
ただでさえ、細い体が余計にか細く見え……小さく見えた。
柏木は土下座されると思ってなかったのか、慌てて朱里を起こそうする。
しかし、朱里はぴたりと床にくっつき動こうとしない。
喩えるなら、木から中々離れないカブトムシのような感じである。
「こんな嫁力が高い人だなんて思いませんでした。将来、有望なお嫁さん筆頭じゃないですか……。見た目いいし……はぁ、全てにおいて勝てる要素がありません。自信満々に息巻いていた数十分前の私を考えると、恥ずかしさで今にも潰れてしまいそうです。私に出来るのは底の浅い水溜りのような演技とポージングだけ……」
「朱里……さん? あの勝負はついたけど、これが全てではないし……」
「はぁぁぁ……優しさまであるんですね……」
ここまで落ち込まれると、かける言葉が見つからない。
変に同情しても、余計に惨めな気持ちにさせるだけだろうし……。
俺が、頭を撫でて慰めるという手もあるが、それだとまた勝負前の喧騒に戻るだけだしな。
「あの朱里さん。よかったら料理とか教えるけど……? そんなに悔しいなら身につけるのも……」
「いいんですかっ!?」
なんとか慰めようと提案したことに、目の色変え柏木の手を握る。
その目はキラキラと輝き、救世主を見た子供のように曇りない目をしていた。
あまりの純粋さに当てられたのか、柏木は少し引き気味に笑う。
「えっと、いいも何もあんたがやりたいなら教えるだけよ。別に必要ないならいいし……」
「や、やります! やらせて下さい!! 私も美味しい料理が作れる人になりたいですっ。そう、頼めばやれる女に!!」
「それだとなんか違う意味に……。まぁいいわ。とりあえず、私に出来る範囲で教えるから」
「ありがとうございますっ!」
「やったやった!」と可愛らしくぴょんぴょんと跳ねる。
その姿を見ていると思わず笑みが溢れてしまう。
俺がちらりと柏木を見ると、『これでいいんでしょ?』と、やれやれと呆れながら肩を竦めてみせた。
「今回の件で決めました。私はこれから、あなたのことを師匠と呼びます!」
「嫌よ! そんな呼ばれ方されたら、周りから奇異な目で見られるじゃない」
「では、お姉様で」
「それも嫌よっ! 変な勘違いを生み出しそうだし、もっと普通の呼び方で呼んで! ほら、普通に名前でいいでしょー?」
「わがままですね……。では“てんちゃん”でいきます」
「ちょっと私の話聞いてた!?!?」
ぎゃーぎゃーと何やらコントをし始めてしまった。
まぁ、とりあえず丸く収まったようだなぁ〜。
紆余曲折はあったものの打ち解けたのであれば、よしとしておこう。
呼び方で揉める微笑ましい二人の美少女を眺めながら、俺は柏木が用意したお茶を啜り、ほっと息をついたのだった。
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