35 舞台袖で女子達は語る



「綺麗……」



 目の前で撮影されている彼を見て、私の口から感嘆の声が自然と漏れ出た。

 雑誌で見た紅より、現場で見る生の紅の方が煌びやかでより美しく、私の瞳には映っている。



「当然です。くーちゃんは最強に綺麗なんですから」

「本当……。雑誌で見るより、ずっと綺麗……」

「ふっふっふ〜。これでくーちゃんの虜ですね!」

「ふふっ、何よそれ」



 何故か、自分のことのように偉そうな態度をとる彼女に私は苦笑した。


 でも、彼女の言ってることは間違いではない。

 虜になるっていう表現は当たっている。

 現に私は、彼のとるポーズやちょっとした仕草から、目を離せずにいたのだから……。


 雑誌に掲載されている写真は、

 三次元の立体的に見えてこそ、映えるものがあるのかもしれない。


 すごいなぁ。

 篠宮くんは……。


 あんな人に囲まれて堂々として……。

 バレないように気が気ではない筈なのに、微塵もそんな雰囲気が出ていないよ。


 私だったら焦ってダメだろうなぁ。

 見てるだけでヒヤヒヤしちゃう。



「さっきは悔しかったです。でも、勝負は勝負ですし、そーちゃんがくーちゃんの横にいるのは認めてあげます」

「ははは……」



 私は曖昧な笑みを浮かべ、相槌を打つように笑う。

 ちなみに彼女からの呼び方は、『そーちゃん』で落ち着いた。

 でも、料理を教わる時は“師匠”と呼びたいらしい。

 断り続けても、一向に引く気配がないので私は仕方なく折れる結果になっている。


 少しだけ……篠宮くんが彼女の行動を中々止められないのがわかった気がする。

 彼女、一回言い出したら止まらないから……。


 はぁ……。

 それにしても、さっきの勝負は出来レース過ぎたなぁ〜。

 だから正直なところ、素直に喜べないのよね。

 彼の計画通りに事を運べてよかった——そんな安堵感しかない。


 あの場で勝負することを決めれば、必然的に内容は限られる。


 部屋にあるもの。

 身近なもの。

 そう、それしかない。


 そして篠宮くんは、彼女が最も自信がある内容へ意図的に誘導している。

 負けたら駄々こねて、子供っぽく言い訳をすることも想定して、朱里さんに敢えて選ばさせていた。


『あなたが選んだ勝負でしょ?』

『あなたの方が有利だったよね?』


 と、何か言われても言い訳を封殺するために……。


 しかもあいつ。

 私をわざと隠すように座ってたし……。

 少しでも気がつかないようにしてたのね。


 最初からそこまで想定して計算していたと思うと……はぁ。

 やっぱり敵わないなぁ。


 終わった後も、全て計算通りって感じだし、お弁当だってあいつのことだから知ってたわよね……。


 手玉に取られたようでむかつく〜!!


 ここが静かにしないといけない撮影現場じゃなかったら、地団駄を踏んで悔しがったかもしれない。

 でもそのぐらい悔しい。


 協力する間柄なのに、彼に頼りっきりにしかなっていないから……。


 私はため息をつき、肩を落とす。

 そしてもう一度、篠宮くんに視線を戻した。



「いつかはあのレベルになりたいです……私も」

「え、でも朱里さんって似たようなものじゃない? 同じぐらいメディアへの露出があると思うけど」

「ううん。そんなことありません。天と地ほど離れてますし、今の私ではその内飽きられてしまいますよ」

「そう?」

「はい、残念ながら……。今の私はマスコットのような扱いで呼ばれてるだけですし、くーちゃんみたいに頭の良さから呼ばれるとかないです」



 確かに、自分を売るという職業。

 つまりは見た目を売るモデルというのは、どうしても年齢という壁がある。


 歳を取れば取るほど、出る雑誌は変わるし。

 すぐに新しい人へ、世代交代が行われてしまう。


 もしそうなった時、他に武器がない人は辛い。

 そう、彼女は言いたいわけだ。



「だから何でも出来るくーちゃんは、私の憧れです。強くて凛々しくて、男の人より男らしい時もあって……」

「それは……ちょっとわかるかも」



 あの姉弟って、どことなく男っぽいし……。

 特にガサツなところとかも男みたい。

 まぁ……現に紅は男の時もあるから、そう見えるかもしれないけど。


 でも、頼りになる。

 二人と接したからこそ、紅葉も篠宮くんもそれぞれ違った感じで、頼りになるし芯の強さを感じた。


 彼女には、そう言った部分にも憧れているのだろう。


 朱里さんが微笑みながら、優しい眼差しで篠宮くんを見つめる。

 そして——耳を疑うような言葉をぽろっと漏らした。



「くーちゃんが男の人だったら、私の初恋の人に似てるんですけどね」

「え、初恋……?」



 唐突に始まった恋話に私は思わず聞き返す。

 同時に。緊張に似た妙な胸の高鳴りが私を襲った。



「そうです。小学生の話ですけどね……」

「へぇ……。どんな人だったの?」



 なんとなく聞いてはいけない気がした。

 でも好奇心が反射的にそう返してしまう。



「優しくて、かっこよくて、お姉ちゃん思いの双子の男の子。でも、引っ越してしまいましたから会えないんですけどね」



 ——物凄い既視感。


 どうしよう。

 一人だけ、ものすごーく心当たりがあるんだけど……。

 っていうか、現在進行形で目の前にいるし……。


 私は撮影を続けている篠宮くんを見る。

 こちらの様子を知りもしない彼は、相変わらず人を魅了するようなポーズをしていた。



「……私、朱里さんのこと女の子好きの人だと思ってたけど?」

「私、女の子好きだとは一言も言ってないですよ? くーちゃんが好きなだけですし」

「そう、なんだ」

「でも、女の子って単純ですよね。ドラマとか見て、『いやいや、これで惚れるとかあり得ないでしょ!』って思っていても、当事者になったら簡単に落ちてしまうのですから」



 その時の光景が瞼に浮んだようで、朱里さんは遠い目になり、思い出を懐かしむように唇を噛みしめていた。


 思い出を懐かしむ彼女の表情は、さっき見た無邪気な様子とは違い、恋をする女性そのものに見える。

 うっとりとしていて、どこか憂いを帯びた……そんな様子だ。



「だから、助けられたときは“王子様”が来たかと思っちゃいました」

「助けるって……その人は相当なお人好しかもね」

「ふふっ。そうかもしれません。でもそんな出来事があったから、他の男性は視界に入らないのですよ。だからついつい、その人に似ているくーちゃんに甘えちゃうのかもしれないですね」

「なるほどね……」



 どうしても口数が少なくなってしまう。




 でも、彼女には言えない。

 篠宮くんの存在を教えれば、間違いなくこの子は家に突入する。


 そうなるとバレる危険があるし……。


 このことは、篠宮くんには相談出来ないよね。

 人の好きな人を他の人に伝えることは、口が軽いと思われるから。



「恥ずかしいこと、話してしまいました。あ、これ……勿論くーちゃんには内緒ですよ?」

「わかってるわよ。こういう話って、誰かに話すと碌なことにはならないから」

「えへへ〜、ありがとうございます〜」

「はいはい、仕事前にそんなだらしない顔しないでよ」



 緩みきった顔。

 仕事前なのに緊張感がないなぁ〜。

 そんな様子に私は思わず苦笑する。


 すると、朱里が私の肩ちょんと突いてきた。



「そーちゃんは私の恋、応援してくれますか?」

「え、あ、うん……」

「ありがとうございますっ!」



 言い淀む私に満面の笑みで手を握ってくる。

 そして、『朱里〜』と呼ばれる声が聞こえると彼女は撮影場所を見て一歩進む。



「……ごめんなさい。ずるくて」



 私の方を見ずに呟く。

 ガヤガヤと騒つく音の中、彼女の言葉だけ何故か私の耳に届いた。



「え……、それって何が……?」

「じゃあ私の出番なので行ってきます。私も中々なので見てくださいねっ!」



 さっきの言葉が嘘のように、爽やかな笑みでグッと親指を立て「行ってきます!」と彼女はそう私に告げると、足早に撮影場所に向かってしまった。

 どうやら篠宮くんと一緒に撮るみたいだ。


 ……何を謝ってきたんだろう?

 私はそれがわからず、首を傾げる。


 それに『応援する』って、そう口にしたのはいいけど……。

 なんかイライラ、モヤモヤする……。


 私と篠宮くんは、ただの契約に基づく運命共同体。


 お互いに秘密を守る。

 それを完遂するだけの、利害だけの関係。


 それ以上でもそれ以下でもない。

 自分の保身のため、脅しから始まった最低の関係なのだから。


 でも。

 それなのに——



「なんだか、釈然としない」



 私はそう呟き、高い天井を見上げため息をついたのだった。

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