02 双子の姉『篠宮紅葉』
裏手にある林から帰った俺はすぐに洗面所に向かい、額に滲む大量の汗を洗い流した。
あー、息が切れる。
久しぶりに全速力で走ったよ……。
吐く息は荒く、早鐘のように収縮を繰り返す心臓が口から飛び出してきそうなぐらい、激しく動悸している。
俺は何度も深呼吸を繰り返し、リビングに入る。
すると、ソファーに腹を出しながら寝そべっている姉がむくりと起き上がり、不満そうな顔を向けてきた。
「桜士、遅いー」
「悪かったな、色々あったんだよ」
俺は肩を竦め、ため息をついた。
その様子を見た姉が「かっかっか!」と、なんともおっさん臭い笑い声で反応する。
少しは女性らしくいて欲しいものだ。
突然だが、みんなは“異性一卵性双生児”という言葉を聞いたことがあるだろうか?
一卵性双生児と言えば性別は基本的に同性で、双子の兄弟、姉妹がこれに該当する。
だが、稀に異なる性別で産まれるケースがあるのだ。
それが異性一卵性双生児ってわけである。
そう、俺の目の前にいる姉——
「なぁ桜士、今日の飯はどうしよっかー?」
「俺は好き嫌いないから、紅葉が好きなのでいい」
「お前、また呼び捨てにして! お姉さまって言えって言っただろ」
「呼びたくない。ってか、生まれた時間にあまり差がないんだから、どうでもよくないか?」
「はぁ? 何言ってんだアタシにとっては重要なんだよ。先に産まれたっていうのは、この上なく重要なんだ!」
やや興奮気味に言う紅葉に苦笑し、首を傾げた。
俺の様子を見た紅葉は、やれやれといった様子で肩を竦めて見せて、ふんっと鼻で笑う。
……無性に腹が立つ態度だな、おい。
「いいか? アタシが姉だからなんでも先だ。全てが優先される」
「なんだそりゃ」
「桜士の物はアタシの物、アタシの物はアタシの物。この世の全てはアタシの物だぁぁああっ!!」
「ジャ○アンよりも傲慢だな」
「アタシこそがキングオブジャ○アンだ」
「よかったですねー」
粗暴な態度の紅葉を軽く流し、俺は溜息をつく。
俺と紅葉は本当に見た目が似ている。
双子だからというのもあるが、違いは女性らしいか男性らしいかの違いだ。
栗毛色の髪から、切れ長の目も一緒。
背の高さも全く同じだ。
俺はソファーに座って大欠伸をしている紅葉を見る。
じっと見ていると、自分を俯瞰して見ているようで不思議な気分だ。
大きめのロングTシャツにショートパンツを着た姉は、その長い脚を惜しげもなく披露している。
自分の姉じゃなければ、きっと釘付けになっていたことだろう。
見た目は整っていて、肌には傷ひとつない。
そんな姉が無防備でだらしない恰好……、さっきから胸元がチラつき、目のやり場に困る。
ただ、あくまで姉なので『何やってんだよ』ぐらいの感想しか出ないが……。
「そんで可愛い弟よ、今日はどうだった?」
「変な言い方はやめろ。仕事は、いつも通り問題ないよ」
「写真撮影なら問題ねぇもんな〜。ちなみに水着はNGだからなっ」
「わかってるよ、そのぐらい。ってか、水着なんて着たら一瞬でバレるって」
「かっかっか〜。ま、そうだなっ!」
また快活に笑う紅葉に、俺は溜息する。
そう、今日は姉の代わりに仕事をして来たのだ。
文字通り代わりに……。
これが俺の“見つからない自信”の正体だ。
姉である紅葉は、“
人気のモデルとして活動する姉だが、こんなガサツで粗暴なのに、実は身体が強くはない。
俺が初めて女装をしたのは、姉が緊急で病院に運ばれたのがキッカケだった。
どうしてもやらなくてはいけない仕事……。
それを俺が代わりに完遂させたのだ。
俺は昔から器用な方で、演技や声真似と言ったのは得意だった。特に双子である姉の真似は、親戚を騙せるほどである。
まぁそう言ったこともあり、今でも姉の代わりに仕事をすることが度々あるのだ。
このことは、姉のマネージャーと紅葉しか知らない秘密……。
だから、さっき柏木に顔を見られたと言っても、あくまで“紅”で“篠宮桜士”ではないのだ。
故に、バレることはない。
「いやでもさぁ。なんだかんだでぇー、嫌がりながらも動いてくれる桜士は素敵だよなぁ~」
「ったく、軽口はいいから。そうだ、明日は仕事に行けそう?」
「どうだろうなー? 明日にならないとわからないけど、聞いた内容的に難しいかもしれねー」
「そっか……。じゃあ、一応は仕事に行くつもりでいるよ。その時はマネージャーに連絡しとく」
「おう! いつも悪いなっ!」
明るく笑う紅葉だが、どこか申し訳なさそうにも見えた。
……まぁ、申し訳ないと思う必要はないんだけどな。
紅葉は粗暴な態度とは裏腹に優しいところはある。
それでも人使いは荒いけど……。
それに気分屋なところも面倒で……。
「桜士! やっぱ今日は出前中止で〜」
「え、じゃあどうするんだよ……?」
早速、出てきた気分屋な一面。
まぁ買ってくるのも頼むのも俺だから、結局変わらないから、食べ物に関しては別にいいんだけど。
コンビニとかだったら、アイス食べたい気分だしな。
「ん~。やっぱりー、なんかコンビニスイーツを食べたい気分!」
「わがままだなぁ」
「いいだろ別に? ってか、人生食べたいときに食べなきゃ損だろ!」
「はいはい。じゃあ買ってくるよ。モンブランでいいのか?」
「おう! さすが、わかってんじゃん」
「まぁ一応は双子だからな。じゃあ、行ってくるよ」
姉の返事を聞かずに、俺はそのまま家を出た。
当然、今度は男の服装である。
……コンビニまでは歩いて十五分。
結構遠いのが面倒な点だよなぁー。
俺は深く息を吐き、コンビニに向かって脚を——
「紅さん? じゃないわよね、今は篠宮桜士と言えばいい?」
曲がり角から聞こえた声。
その声に俺は脚を止め固まってしまった。
頰が自然と引きつり、顔が強張るのを感じる。
「なんで……?」
そこにいたのは、天使様とは程遠い目つきで睨む——柏木天がいた。
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