04 柏木のカミングアウト


「……契約? それはどういう……」



 柏木の握手を求めるような仕草に、俺は首を傾げる。


 契約というものに対して、俺は懐疑的だ。

 だから、直ぐには返答しない。

 断るにしても、内容を聞いてから……。


 まぁ、弱みを握られた時点で断るという選択は無理な状況ではあるけど。



「すぐに首を振らないのは、好感が持てるわ。脅されてるという自覚があると、半ば投げやりになる人が多いにのにね」

「脅してるつう自覚はあるんだな?」

「えぇ勿論。そうじゃないと交渉なんて出来ないでしょ。それにこういうやり方じゃないと、篠宮くんは無視するつもりだったんじゃない?」

「……まぁな。その通りだよ」



 だったら、バレても構わない。

 そのあとの立ち回りで、どうにも出来る自信があるからだ。


 だが、入れ替わりの話は非常にまずい。


 事が大きくなれば俺だけでの解決は不可能になるし、俺たちの生活が終わってしまう。

 それだけは、何がなんでも避けないといけない……。



「その契約って言うを聞く前に、ひとつ教えてくれないか?」

「いいわよ。出血大サービスで何でも答えてあげる。ちなみに、スリーサイズとかに関する話はお断りだから」

「アホか、そんなこと聞かねーよ」



 シリアスな雰囲気が台無しじゃないか……。

 俺は嘆息し、やれやれと肩を竦めた。



「俺は聞きたいのは、ってことだよ」

「気づいたって、入れ替わってること?」

「……ああ。早めに知って、これから対応を講じなきゃいけないからな」



 何でバレたのか、それがどうしてもわからなかった。


 姉弟ってことがバレても、俺が“紅”として活動していることはバレないと思っていた。

 だけど“入れ替わり”に言及したところを聞くと、隠しようがなく完璧にバレていることになる。


 みんなにバレているのか、柏木が特別なのか……俺は、それを判断しないといけない。



「あー、それね。何? 納得してないの?」

「当たり前だ。つーか、あんなちょっとの時間でバレたなら、俺の演技が下手過ぎるってことだろ……。軽く自信を失くすわ……」

「ふーん。さっきに言っとくと、篠宮くんは勘違いしているわよ?」

「……勘違い?」

「そ。だって私が気付いたのはもっと前だから」

「嘘……だろ」



 開いた口が塞がらないとは、まさにこういうことを言うんだろう。


 前から……だと?

 だとすると、すでに周りに広がってて——



「あ、でも安心していいわよ。私だから気付いただけだし、みんなはあなたのことを“病弱なイケメン”にしか思ってないから」



 俺の思考を読んできたような台詞に苦笑する。


 でも、良かった……。

 柏木にしかバレてないならまだ……。


 けど、柏木にバレた時点で自信喪失だけどな。



「でも病弱って割には、あなたの体は健康そうだもの」

「いつも顔色とかを化粧で青白く盛ってたんだけどなぁ……。あれじゃダメってことかよ」

「馬鹿じゃないの? 顔色は変えれても、筋肉の張り方までは変えれるわけないじゃない」



 なるほど……。

 確かに、体つきは健康そうだった…………のか?


 いやいや待て。

 俺ってお世辞にも筋肉質ってわけじゃなくない?

 正直かなり細い方だしな。


 うーん、どういうことだ……?


 俺が眉をひそめて考え込んでいると、柏木がはぁ呆れたような深い息を吐いた。



「あのねー。普段、演技してる私からしたら、あなたは違和感しかないのよ」

「違和感か……。自分のキャラ作りを崩してはないんだけどなぁー」

「ふん。毎回、同じ顔の笑顔なんておかしいじゃない」

「そうか? 同じ方がより印象づくと思うんだが……」

「印象はいいと思うわよ? でもね、人っていうのは少なからず表情は崩れるものなの。篠宮くんは完璧過ぎ、その演技がね……」

「完璧過ぎてリアリティに欠けるということか……。自分じゃ気がつかなかったなぁ」

「仕事柄そうなっちゃうんじゃない? モデルって、自分がどの角度なら一番いいかとか、他人にどう見えるかって意識するでしょ。あなたは、学校でもそれなのよ」

「なるほどなぁ〜」



 一種の職業病ってわけか。


 それなら自分じゃ気が付かないのも納得だ。

 慣れというのは、“それが当たり前”だと思わせてしまうからな。

 人に指摘されて初めてわかったなぁ……。



 だから俺が“紅”だと…………あれ?



「ん? でも、待てよ? 今の話が本当だったら、完璧過ぎるからと疑っても、それがイコールでってことに、結びつかなくないか……?」



 ふと頭に浮かんだ疑問を柏木に訊ねる。

 すると、何故かさっと顔を背けてしまった。


 ……これは何かあるな。


 俺は柏木に一歩近づき、表情を覗き込むようにして声をかけた。



「おい……柏木。お前、なんか隠してるだろ?」

「ゔぅ。そんなことは……」



 柏木が急に固まり俯いてしまった。


 ……この反応は、図星だな。

 それは間違いない。


 だが、何で隠し事をしたのか?

 それが重要だ。


 後ろめたい何かを抱えている状態では、契約を結ぶ上でも足枷にしかならない。

 しかもそのは、俺に関係があることだ。



 ——俺の演技を見破って。

 ——筋肉のつき方から違和感を感じ。



 ……いや、違うな。

 こんな細かいところに気づくのは、無意識であったのなら気づく筈ない。


 現に俺が柏木の天使としての演技に気がつかなかったように……。


 そうなると、俺の正体に気付いてから演技や筋肉に気付いたことになる。

 そんな見分けが出来るということは——



「俺のストーカーか……」

「違うわよっ!!」



 食い気味に否定され、頭にチョップされた。

 ツッコミが痛い……。


 俺は頭を摩り、疑いの目を柏木に向ける。

 睨まれたことに柏木はたじろいだ。



「じゃあなんだよ? 俺のことをじっくりと観察、それはストーキングしてたからじゃないのか?」

「……えっと、ね」

「その反応は、肯定と受け取るぞ?」

「わかった! 言うわよっ! 言えばいいんでしょーっ!!」



 開き直りなのか、やけくそになっているのか、柏木が顔を真っ赤にして叫んだ。

 小刻みにぷるぷると震え、何かを堪えているようである。


 それから少し躊躇いを見せながら、口を開いた。



「……笑わないで聞いてくれる?」

「笑わねぇから、早く話せ」

「自分が優位になった途端、急に態度が大きくなったわね……」



 諦めたように肩をがっくしと落として、ぼそっと呟いた。



「——なのよ」

「うん? よく聞こえないぞ?」

「だから……なの、よ」

「聞こえねーって」

「私は紅のファンなのっ!」



 柏木から出た予想外の言葉に思わず「ふぁん?」と、変な発音で聞き返したのだった。


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