備忘録(シリアス注意) 弟を紅にしてしまった日。


 私と桜士は二人で一人、自分がもう一人存在するような感覚だった。


 見た目、考え方、好きな物……全てから全て似ている。


 そこまで似ていると、好きな物を取り合ったり喧嘩することもあるだろう。

 だけど、私は弟と喧嘩をしたことが一度もない。



“同じ物を欲しかったら半分ね”



 これが二人の暗黙の了解で、自然なやりとりだった。

 だから、喧嘩もしなかったのだ。


 何をするにも一緒。

 どこに行くにも一緒。


 私にとって桜士はかけがえのない存在で、唯一の支えだった。

 どうしようもない両親から生まれた私にとって、弟だけが心の拠り所だった。


 桜士が笑う顔が、皮肉を言うちょっと背伸びした言動が……全て愛おしい。

 そう、私は思っていた。



 そんな寄り添うように行動する私達だが、双子なのに決定的な違いがあった。

 勿論、性別もそうだが、何をやるにも行動力がある弟に対して、私は何をやるにも臆病だった。


 姉なのに、何一つ弟に威張れるものはない。

 いつも、弟に守ってもらって、助けてもらう。

 そんな弱い姉が——篠宮紅葉だ。



 そんな、負い目を感じいたある日のこと。

 私は、桜士とのお出掛けで彼がトイレに行っている時——



『ねぇ、そこのお嬢さん。モデルをしてみないかなっ!! あ、待って! 防犯ブザーはやめてよね……っ!』



 いかにも怪しい人物からの話。

 声をかけてきた彼女は、私をモデルにスカウトしてきたのだ。


 この出会いがキッカケだった。


 私は引っ込み思案な自分を変えたい。

 今の自分から変われるなら、やってみたい!


 そう思っていた。


 でも、簡単にはいかない。

 自分で何かするには未成年の場合、親の同意が必要。

 それが何よりも難しい。


 何故なら両親は子供に関心がなく、どうしようない無責任な親だったから……。

 しかし、そんな心配は嘘みたいで、この時はすんなり認めてくれた。


 ——私は素直に喜んだ。


 初めて自分に出来ることが生まれたことを。

 初めて桜士に自慢が出来ることになったことを。


 間違いなく舞い上がっていたのだろう。

 だから、気がつかなかった。


 両親の瞳に暗い何かが宿っていたのを……。




 ◇◇◇



 モデル活動は順調だった。

 最初は苦労したが、緊張から出たキャラクターが何故か受け、仕事も多く貰えるようにまでなっていった。


 小学校時代の知り合いにも会え、雲ひとつ見えない楽しい毎日を過ごして……。

 家に帰ったら、今日あったことを弟と話し笑い合う。


 ダメ出しを受けることもあるけど、応援してくれていることがわかるから、嬉しかった。



『幸せだなぁ〜』



 そんなことが口から漏れるぐらい、幸せだったんだと思う。



 ——そんな日々を過ごしていたある日のこと。

 夜中にトイレへ行きたくなり向かっていたところ、両親の声が私の耳に届いた。



『金がないな、どうするよ』

『そうね、紅葉のお金も僅かだし』

『お前が無駄遣いばかりするから……』

『あんただって、貢ぎ過ぎ。いくら使ってると思ってるのよ』

『あれは貢ぎじゃなくて、投資さ』

『同じことよ……』



 私は両親の話しを壁を隔てて聞く。

 すぐに怒鳴り込みに行きたいが、ぐっと堪えて聞き耳を立てることにした。


 両親はその後も喋り続ける。

 借金のこと、浮気のこと、私の稼いだお金は殆ど残っていないということを。


 私がここで聞いてるとは、微塵も思っていないのだろう。

 大して悪びれる様子もなく、ペラペラと……。


 私はなんとなく気付いていた。

 働いていた両親が『転職するから』と言い、何もせずにいたこと、私の稼いだお金を使い贅沢していることを……。


 でも、信じられずにいたのだ。

“ここまで酷いことをするわけがない”と幻想を抱いていた。


 でも、それは幻想だった。

 私が働いたことで、両親は更にどうしようもない人間へと変えてしまっていたのだから……。



『それで、離婚したらどっちが引き取る?』

『私は紅葉をもらうわ』

『お前! 金が増える方を選ぶなっ! それを言うなら、桜士ごと引き取れ!!』

『嫌よ、一銭にもならないじゃない』



 私の耳に届いた、突然の離婚話。

 私は、いてもたってもいられず飛び出した。



『どういうこと……今の話?』

『も、紅葉。聞いていたのか……」

『いいから、どういうこと?』

『はぁぁ。まぁ金がないから、別れるしかないのよ』

『私と桜士はどうなっちゃうの? ちゃんと会えるの?』

『『大丈夫。心配ないさ』』



 気持ちの悪い作り笑顔。

 その顔は、“これは嘘だよ”と如実に物語っているようだった。


 会わせる気もないし、そこまで考えていない。

 いや、頭が回っていないのだろう。



 こんな両親のところにいたら、私達は幸せになれない。


 ——家を出よう。


 親との縁を切る。

 私にそう思わせるには、十分な材料が揃っていた。

 家を出て桜士と暮らす……弟ならきっと同じ気持ちだ。


 双子だから、考えが一度も違えたことはなかったから……この気持ちは伝わる筈だ。


 でも、問題がある。

 まず、家を出るにはお金がかなり足りない。


 万が一、誰かが養子縁組を結んでくれても片方では意味がない。

 桜士と二人で過ごすには、暮らすだけの稼ぎが必要だった。

 私の稼ぎは親に握られている。

 これからも使われ続けるだろう。

 そうなると、中々貯まりもしない。



 だったら、仕事を増やそう。

 金がない親は、きっと私にその提案をする筈だ。

 搾取するために……。


 ——私はそれを利用させてもらう。


 そうして手に入れた給料は、振り込みと手渡しに分ける。

 明細表は、見せない。

 あくまで振り込み金額だけを確認させよう。

 ズボラな親のことだ、振り込み金額が前より増えただけで満足するに違いない。


 そして、さらに働く量を増やして“金がどこかに流れている可能性”を少しでも誤魔化す……。

 もう……それしかない……っ!!



『金がもう少しあればなぁ』

『紅葉〜、なんとかならない? 仕事増やすとかぁ〜?』

『じゃあ、頑張って私が稼ぐよ。そうすれば、わかれないで済むよね』

『ううん! そうよっ! そうして頂戴!!』



 私は黙って首を縦に振り、思い通りに動いた両親の提案になる。


 ……ここからが正念場だ。


 私が頑張って稼いで、桜士と一緒に暮らそう。

 こんな家、出て行ってやろうって……。


 そう何度も自分に問いかけ、奮い立たせる。


 そらから、私はとにかく働いた。

 身体が辛くても、無心で働いた。


 働き過ぎて、マネージャーに止められたことも何度もある。


『私は大丈夫。だからお仕事をください』


 私はその度にそう答えた。

 母親もマネージャー紛いに動くので、仕事は困らなかった。

 そうして紅は、金の成る木へと大きく成長したのだ。



 その日々を過ごしていたある日。

 私は、弟に止められた。



『仕事に行かないで休め!』



 そう止められたのだ。

 私は、弟が自分の邪魔をしたことを驚いた。

 だから抵抗した、行かせてと……。



『桜士、お願い行かせて……そうしないと、バラバラに』

『娘に金を稼かせることでしか維持できない家族なんて……紅葉が無理する必要はないだろ!』



 その言葉に、私は唖然とした。

 同時になんとか保てていた気持ちが、音を立てて崩れてゆく。



『どうして、わかってくれないの……? 私は嫌だよ……。バラバラになるなんて!!』



 私は弟を押し退け、吐き捨てるようにその場から逃げ親の車に乗った。


 私は大きな勘違いしていたのだ。

 双子で、いつも一緒で、変わることのない思い……。


 それは弟も同じだと、勝手に勘違いしていたのだ。



 弟は、家族から離脱することをとにかく望んでいた。

 私はショックだった、弟が一緒に暮らす生活なんて、望んでいなかったことに……。



 私はその後、事故にあった。

 母親の運転が荒く、道路に出てきそうな人を避けようとして私の乗った車は激しく横転した。

 いかにも有りがちな事故に見舞われたのだ。


 身体が痛くて、熱くてたまらない。

 だけど、それ以上に胸が痛かった。



『桜士……ごめんね』



 手術前、青ざめた顔で近寄る弟に私は謝った。


 全て、私の独りよがり。

 私がモデルを始めたことで、家族は崩壊を加速させた。

 自分で崩壊に近づけたのに、それを自分の手で弟が望まぬ形で延命させていた。


 滑稽だ。

 本当に滑稽だ。


 弟のためを思っていた行動が、全て裏目に出ていたのだから……。



 ◇◇◇



 手術が終わった私は、担当医の気持ち悪い視線に悩んでいた。

 気を遣うような、哀れむような視線だ。


 まぁ、それは仕方ない。

 背中には消えない大きな傷。

 リハビリに時間がかかる怪我。


 モデルには、致命的な打撃だ。



『私も終わりかな……』



 私の口からそんな言葉が漏れ、なんとなく聞こえてきたテレビに視線を移す。



『え……どうして……?』



 私は固まってしまった。

 生放送の番組に、だから。


 同時に私は理解した。

 病院のベッドで傷を癒している間にとんでもないことになっていることを……。




『紅葉、お前の場所は俺が守る。だから、安心して治療に専念してくれ』




 なんで、私はこうも弱いんだろう。

 また、弟に守られてしまった。


 結果として私が望む“桜士と二人っきりの生活”になった。

 待ち望んでいた形になったのに……ちっとも嬉しくない。



 何故なら、私はの望みを奪ってしまったのだから。


 弟に罪の意識を背負わせてしまってまで、維持するものではない。

 事故という形でつなぎとめてしまっているのは間違っている。


 でも、私は言えない。

 弟に“紅にならなくていい”なんて言えない。


 自分が復帰したら離れていくのではないか。

 その恐怖もあり、話を切り出せないでいた。


 でも、もしかしたら同じ仕事をしてくれたら一緒にいられるかもしれない。

 だから私は、淡い希望にかけ今日も提案する。


『桜士、同じ仕事をしない?』と。

 でも、弟は変わらず首を横に振るだけだ。


 きっと桜士は私を恨んでいるのだろう。


『よくもこんな人生にしたな』って。

 出来るなら一緒にいたくないだろう。

 一緒にいるのは、身内を思う弟の優しい気持ちがあるからだ。


 弟に『恨んでる』とは聞けない。

 そんな、当たり前のことを聞いても仕方ない。

 それに誰が好んで、『私を恨んでますか』と聞けるのだろうか?


 今の私に出来ることは少ない。

 身体を満足に動かせるよう、リハビリすることしか私にはできない。


 本当は“紅”なんて、やめるべきなのだろう。

 今、弟と私を繋いでいるのが紅という存在だったとしても……。


 でも、辞めることができないのだ。


 辞めることは償いにならない。

 必ず私が戻り、自分自身の手で終わらせる。



 そして、弟には残りの人生で幸せに生きてもらう。



 そのためには、あの場所を失うわけにはいかない。

 これは、私のエゴだ。

 私が犯してしまった罪だ。

 だから私は、弟を守るためなら何でもしよう。


 弟が紅ではなくなった時、弟に被害が及ばないように……。

 弟の罪がバレないように……。


 まずは、弱かった自分を捨てないと。

 どこでも演技をして、自分を強く見せなければいけない。


 口調はそう、粗暴でガサツがいいかもしれない。

 一人称を“アタシ”なんか、いいかもしれない。



 ごめんね、桜士。

 こんなダメなお姉ちゃんで。




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天使の裏の顔を掴んだら、俺も捕まれていた 紫ユウ @inuko

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