第二章 双子のモデル活動with柏木天

15 噂は自業自得


 柏木が風邪をひき、保健室に運んだその日から一週間ほどが経過していた。

 そんなある日のことである。



「なぁ桜士。天使と結婚するって……実際どうなのよ?」



 紀人は躊躇いを見せ、俺に恐る恐る訊ねてきた。

 そんな紀人に俺は微笑みかけ、「そんなことないよ」と否定する。



 ――とうとう、紀人まで噂の餌食にか……。



 ったく、ため息しか出ない……。

 だが、まぁ正直なところ予想通りではある。

 そもそも、学校内で誰にも見られずに保健室に行くのは不可能に近い。


 いや、不可能と断言していいだろう。


 俺ひとりであれば、スパイアクションみたいに隠れながら行くことは出来たかもしれないが、あの時は柏木を抱え運んでいた。


 決して、やましい気持ちはないし、俺にとっては契約を遂行したに過ぎなかった。


 しかし、保健室に運んだだけという行為を目撃した生徒は捉え方が違う。


 これも、正直なところ仕方ない。

 人という生き物は、少し女性と話すようになっただけで「付き合ってるの?」、「好きなの?」みたいに、なんでも恋愛に結びつけようとする。


 子供の時は余計にそういった心理が働く。


 ——興味本位。

 ——羨望。

 そして——嫉妬。


 そんな感情の動きから、勝手に盛り上がり相手のことを考えずに噂を広める。

 全く……迷惑な話だ。



 だが今回の場合、俺にも落ち度がある。

 あのような行動をとれば、こうなることが容易に考えられたのに回避しなかった。


 正確には『バレるリスク』と『付き合ってる噂』を天秤にかけた時、後者を選んだ。

 その結果がこうなっただけ……。

 まぁ、見捨てることが出来なかったという側面もあるが……。


 とにかく!


 この事態は甘んじて受け止めるし、噂の解消のために面倒だけど、聞かれる度に相手をして噂を否定する。

 それを俺と柏木がやり切れば、ある程度は落ち着くそう思っていたんだが……。



 ——全く収まる様子がない。



 最初は軽く聞かれる程度だったが、徐々にその様子は変わっていき、終息するどころか尾鰭がつき続け、最早噂の原形が留めていない。


『柏木天と篠宮桜士は付き合っている』という噂は、いつの間にか“許婚”とか“結婚してる”というところまで、中には『王族同士の秘密の恋愛』とよくわからない噂まで飛び交う始末だ。


 だから流石に心配になったのだろう。

 この手の話題に突っ込んでこない紀人でさえ、聞いてくるほどに、噂は大きくなってしまっている。



 はぁ。

 これは完璧に読み違えた。


 柏木天という人物の影響力、そして自分という存在との相乗効果を過小評価していた……。



 見た目の優れた二人は色恋沙汰の噂が全くと言っていいほど今までなかった。

 誰にでも優しく、先生からも一目置かれ、知らない人は学校内にいない。


 そんな二人に降って湧いた。

『男女の関係を連想させるような噂』に周囲が盛り上がらない筈がなかったのだ。


 マジでどうしよ。

 一週間は様子見するつもりだったが、流石に手を打たなきゃ不味い状態だよなぁ。


 俺は肩をすくめ、紀人を見ると紀人は眉間にしわを寄せ、疑いの目を俺に向けていた。



「本当かぁ〜? 火のないところに煙は立たないっていうしさぁ」

「確かにそうは言うけどね」

「うん? なんか含みがある言い方だなぁー」

「勘違いを引き起こした僕が悪いんだけどね。物事には、後して理由があるものなんだよ」



 首を傾げる紀人に俺は苦笑し、ため息を漏らした。



「柏木さんを保健室に連れて行ったのは事実ではあるけれど、それ以外は何もないんだ。廊下で具合が悪そうに見えたからさ」

「その場面に出会したと」

「うん。まぁ偶然にしては出来過ぎだと思うかもしれないけど、これが事実さ」

「なるほどなぁ」



 まだ疑ってはいるものの、少しは納得したそんな様子だ。


 紀人は見た目からは想像出来ないほど、優しい性格をしている。

 筋金入りのお人好しと言ってもいい。

 俺みたいに損得感情や打算で動くってことはない。


 だから、俺にあれこれ聞いているも『話を聞いて周囲の誤解を解くため』ってところだろう。


 まぁ、厄介なのは“野生の勘”というべき直感力があるから、嘘は言えないってことか。

 中途半端だと見破られるし、だから紀人に対しては嘘をつかずに言い回しを変える、そして嘘ではないことを言う……それしかない。



 だから——これで詰み。



「ねぇ紀人。もし、目の前に体調不良の女の子がいたら放っておけるかい?」



 これで納得する筈だろう。

 実際に心配したことだし、嘘は言ってない。



「まぁ確かに無理かもしれねぇな……。俺も、早く連れてかないとって動くと思うわ……」

「ふふ。つまりそういうことだよ」



 案の定、紀人は納得した様子で、うんうんと首を縦に振って頷いた。



「なるほどなぁ。それは百歩譲って理解したけどよー」

「わかってくれたなら嬉しいけど……。その言い方だと、別に何かあるのかい?」

「あ〜、まぁ俺が見たわけじゃないからあくまで伝聞なんだけど……気を悪くしないでくれよ?」

「ふふ、大丈夫だよ。なんでも聞いて」



 これ以上、聞かれても大丈夫だろう。

 俺はそんな余裕を持ちながら、笑みを浮かべる。


 そして、躊躇った様子の友人の言葉を待った。



「んじゃ言うけどよ。桜士って、女の子ひとりを抱き抱えれるほど————動けたのか……?」

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