第4話 襲撃の後に残されたもの
絶望ってこんなに簡単に感じられるものなんだなと只今をもって自覚した。
この絶望という二文字は思っていたよりも強烈に僕らの心をえぐった。
何とか再集合を果たせたものの、誰も口を開くことができていない。
40畳はゆうにある宗像本家の稽古場の壁にもたれて、それぞれにため息を吐くしかできない。
古い畳の匂いの中に、さっきまでの戦闘で浴びたであろう悪鬼の返り血の嫌な生臭さが混じる。
準備さん達が僕らを心配してつくってくれたオニギリの表面が乾いてきている。
せっかく作ってくれたのになと思うけれど誰一人として手が伸びない。
準備さん達は僕らのそれぞれの好みにあわせてちゃんと作ってくれているのに、なかなか手を伸ばすことができない。
古参の準備さんの一人が『昔はこんなこともよくあったものだ』と思わずつぶやき、はっとして口を閉ざして足早に去っていった。
両親の世代は女王が立つに至るまで辛酸の時代だったときいたことがある。
歴史としてそれを知っていたのに、どうしてもどこか遠くの誰かのことで、僕らは所謂『平和ボケ』の中で育ちすぎて、すすんで歴史を学ぼうとはしていなかった。これはそのツケだ。
とんでもない異常事態に際して、僕らには武器となる知恵がないだけではなく、もっとも必要な覚悟の仕方がまだわからない。
だから、足を止めて、ひざを折り、こうして呆然とする他なかった。
「悠貴、大丈夫かな?」
雅の声がきこえた。そうだな、ここには姉の姿がない。
「姉さんのことだし、きっと大丈夫だよ」
情けないやら、何やらで、僕は雅と目を合わせることができない。
姉さんはすごい。
彼女がやっぱり宗像本家の跡取りだ。
姉だけが何かあった時の責任の取り方を知っていた。
呆然としているだけの僕と違い、一斉に情報収集をさせた。
そしてわずか3時間だ。
その短時間で、眠りに落ちてしまった大人達をすべて本邸の地下にある一室に集めきった。
日本全国の要所にいた眠りに落ちてしまった大人たちは総勢18名だった。
700名近くいる内の18名。数字の上ではそれだけで済んだかのように思えた。
だが、問題はその倒れた18名が何を担っていた人員だったか、そこだ。
姉からの知らせを受けた珠樹が倒れた18人の名前を白い紙に書きだしてくれ、僕らはそれを見て、またさらに大きな絶望を知った。
まずいと雅が僕のすぐ横でつぶやいた。
そんなことは言われなくてもわかっていた。
倒れた18名は黄泉との境界を守護していた所謂ゲートキーパー達なのだ。
そして、黄泉での戦闘を行える能力を有していた8名も含まれていた。
「さらにまずいのは、僕たちは物の本質を知らないってことだな」
黄泉との境界の護り方、そのシステム。それだけじゃない、黄泉での闘い方も知らないのだ。
「私、古文書を読み漁ってくる!」
静音が立ち上がろうとしたところで、雅が小さく無駄だと静止した。
いつもと違う低い声で雅は眉根を寄せていた。
「やってみないとわからない!」
静音が珍しく雅に意見した。だが、雅はそうじゃないんだと首を振った。
色白の静音の頬が珍しく紅潮し、少しだけ頬をふくらませている。
「少数精鋭には意味がある。 極秘事項はすべて口伝のみと決まっているんだよ」
雅が口伝でしかないと言い切った。
姉も同じことを言っていたことがある。
それぞれの家がそれぞれの役割を果たし、黄泉使いの血族を互いに護るために口伝がなされているのだと。
それを譲り受けた者は死ねない。表現が悪いな。死ぬことがなくなる。
「伝承された者は黄泉の鬼となる」
肉体の時は止まり、老いも病もない。
怪我も半日もあれば回復する。首を落されない限りは無敵。
だが、人として生きることを放棄することになる。
雅が名前を書き綴られた紙を手に取り、苛立った声をだした。
「こういう時のために俺たちに口伝しとく必要があったろうが!」
口調が荒い。
こんな雅は生まれて初めて見る。
憤りを抑えられないままに舌打ちして、天井を見上げて唇をかんでいる。
「僕も聞いておくんだったよ」
僕で言うならば師匠は祖父である泰介。生き字引のような彼が今ここにいてくれたなら状況はおそろしいほどに改善されただろう。
僕の両親が眠りの病に落ちたらしいほぼ同時期に、出雲で奮闘していた大叔父と祖父も全く同じ症状で戦線離脱となっていた。
黄泉使いの大人のすべてというわけではなかったという点が唯一の救いだったのだが、それが本当に救いといえるのかと僕たちは無言のままでうつむくしかない。
大叔父である宗像公介、祖父である宗像泰介、母である宗像咲貴、父である宗像冬馬の4名が眠りについた。これで僕らの血族におけるトップをすべて奪われた形になってしまった。
出雲道反の守護者であった宗像時生、静音の父親も同様。
熊野の守護者であった津島聡里、雅の父親も同様。
僕たちの師ともいえる人間すべてが時を止められているかのように眠ってしまったのだから、頭を抱える他ない。
知識をもつ者は僕たちにとって一人しか残っていない。
宗像奏太、そう、望だけだ。
奏太は姉と一緒に統制をとるためにここにはいない。
「ちょっと、外の空気吸ってくるよ」
僕は油切れのブリキみたいにギコギコと音がしそうなほどに疲れ切った体を叱咤激励して立ち上がり、外へ出た。
陽の光がまぶしい。視界が半分暗いことに気が付いた。そうか僕はまだ眼帯をしたままだったのか。
眼帯をはずそうと手にかけたほんの数秒間、僕の右目は確実に黒い影をとらえた。
この黒い影は数秒後にエンカウントするものだ。
「まだ夜じゃないのに!」
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