第6話 黄泉使い
僕たちの稼業は黄泉使い。
死、いや正確には死後の魂に関与することが職業。
でも、死神とは全く違う。
あちらの仕事はそれこそ、いつ、どこで、どなたが、どのように死を賜るのかプロセスを全てご存知の方々なので、職務とやらが違う。死神の方々の部下かと問われたとして、それも違うなと答えざるを得ない。
では、巷でヒーローの陰陽師か、霊媒師か、悪霊払いか。
答えは全てノーだ。
形容すべき職の名がない本当に骨の折れる生業。
知名度も存在感も皆無。
確実に死後の世界に関与する役割なのだけれど、死後の魂の道案内や手助けをするわけでもない。故に格好の良いところも皆無。
与えられている役割はたったの2つ。
この2つしかないはずの役割が殊の外難儀ではあるのだけど。
一つ、黄泉との境界を守護し、現世に与える弊害を最小限に食い止めること。
二つ、御魂が悪鬼に捕食される過程で稀に起こる悪鬼への転成を阻止すること。
わかるような、わからんような役割を生業にしているのが黄泉使いというわけだ。
黄泉使いの中には、『黄泉の鬼』とされる特殊部隊がある。
黄泉の鬼としての看板を背負う黄泉使いは黄泉での戦闘が可能となる。
その理由は彼らが冥府に特別に所属するのと同等の権限が与えられるからだ。
そのかわり、寿命がなくなる。
人間としての時は止まり、当然肉体の時間も止まる。
それぞれがその役割を引き受けた年齢で固定される。
僕の両親がいつまでたっても30歳そこそこにしかみえないのはどれだけ時がたっても彼らが年を取らないからだ。
もともと黄泉使いの寿命はその役割を果たすために長い。
平均150歳から200歳。
黄泉の時間の流れと現世の時間の流れの速度が大幅に違うために老いのリズムが倍以上遅いというわけだ。
女王が立つ以前の時代の黄泉使いは短命であったらしいが、女王がいるということは黄泉使いの身体だけではなく、寿命にも変化をもたらした。
「傷の治りも早い。 また、戦えってことかよ……」
雅が利き手の包帯をはずしながら、おもしろくないとつぶやいた。
静音がそれをみながら、男のくせに小さいとつぶやき、ため息を漏らした。
「小さいって何だよ」
静音と雅のこのやりとりはいつもと同じだ。
「男のくせに愚痴っぽい」
「女のくせに優しくない」
軽くにらみ合いながら、互いにオニギリを手に取り口にしている。
凹んで食べられないという状況を卒業しようと昨日の夜に悠貴が言った。
体調を崩して、精神も崩して、それで何が良いことがあるのかと。
姉自身も食欲などないのに、皆の前で率先して食べ始めた。
濃い味のとんこつラーメンでも食べたいなと準備さんにお願いして、姉は皆にも食べろと言った。
雅も静音も珠樹も僕も、悠貴がそう言うのならうのならそうしようと食事に手を付けた。
そして、どんな状況でもお腹はすくんだということに気が付いた。
「戦えるだけマシだよ」
やることがある方が今は良いと僕は思う。
トップを失って、僕達にできることがあるなら今はそれで良い。
「これは本当に現実?」
そうらしいよと雅と静音がつぶやいた。
僕たちの学生生活は面白いくらいにストップ。
日常は完全に消え失せた。
全員入院、もしくは短期留学というとんでもないこじつけの理由で学校へ報告が行ったようだ。
年端のゆかぬ未熟な僕たちがトップとして動くことに対して、黄泉使い全体からの不平不満は全くと言っていいほどに出なかった。
姉がおそろしく迅速に陣頭指揮をとったことと、僕が望に選抜され、形式上の獣憑きとして存在することで一様の納得が得られたようだ。
悠貴のようにできることが僕にはないけれど、僕が存在しているだけで悠貴がやりやすいのならそれでいいのかもしれないと受け入れるができた。
僕は皆より早く席を立ち、禊へ向かう。
僕の右目を浄化できる場所は限られているから、皆より時間がかかる。
宗像本邸・別邸にしかない泉は地下5階くらいの深さにある。古い石でできた階段を裸足でおりていく。たどり着くまで絶対に灯りを使用してはいけないという変なルールがあるが、三日に一度のことなので慣れきってしまった。
石段を下りきると、足の裏に氷のようにつるつるした床が現れる。それを感じたら今度は右方向に壁伝いに歩く。すると、灯りなど不要なくらいに明るい空間へでることができる。大きなドーム型の岩屋の真ん中あたりに目的の泉がある。
岸に腰掛け、足を浸し、まずは水温に慣れる。これをしなかったら僕はきっと心臓麻痺を起こしかねない。慣らすためにつけた足から頭の先まで鳥肌が一気にくる。
「例外なく冷めたいね、いやになるよ、本当に」
5分ほどして、岸につかまって腰までつかる。
さらに5分ほどして、頭まで一気に体を沈める。
底はどこまでも深い。足などつくわけがない。
そのままゆっくりと息を吐くとすっと体がしずみこんでいく。
やっぱり痛いな。
じくじくと傷に塩を塗り込んだような感覚だ。右目がかなりしみる。
わずかな時間しか行使していなかったはずなのに、負荷がかかりすぎている。
この鈍い痛みが祖父の泰介の言葉を思い出させた。
「右目は君の本能だよ。 どれだけ理を護ろうとしても、どれだけまっすぐに行こうとしても、右目だけは君の本来の目標を達成しようとする。 右目がなそうとすることが君の想いと違うというのなら君自身が変わらなければならないよ」
右目が痛いということは、僕は僕の本音を覆い隠してばかり生きているのかもしれない。本音と建前が一致していない証拠だ。
僕に丁寧な言葉遣いを徹底させたのは祖父だ。
言葉はその人間をつくる。
僕の本当の姿、荒くれ者の魂を祖父はいち早く見抜いていた。
嫌いなもの、必要のないものは切り捨ててしまえばいい。
僕の大切な人が無事だったら一様に安心でき、それ以外が傷ついてもその痛みに僕は不感症だ。
悪鬼の声など聴くだけ無駄。
堕ちた魂など自業自得なのだから本来ならば助ける意味などない。
いっそのこと苦しみ抜けばよいのだとさえ思う。
これが僕の本当の姿。
僕は僕のこうした性質を自覚している。
だから、姉の悠貴と僕の違いはとんでもなく大きい。
姉は弱いものを見捨てることなどしない。自分が損をしているとわかっていても、腹が立っていても結局助けてしまう。
姉の存在は僕にとっての良心だ。だから、僕は姉を護ることからだけは逃げない。
僕が姉を裏切り、傷つけることがあったのなら、それは僕から良心を排除するということに他ならない。僕の良心、つまりは姉を護るには何としても僕は僕のこの目をコントロールする必要がある。
ゆっくりと息継ぎに水面に頭を出す。
少し早くなっている鼓動を感じながら、ゆっくりと呼吸をする。
岸に腕を伸ばし、つかまりながらぼんやりと浮かぶ。
土台が殺伐としている僕の思考をどうすれば人を癒せるような思考にシフトできるのだろうかと思う。
僕は人の痛みに気づけない。人の痛みを理解するふりではいずれ限界がくる。
ゆっくりと目を閉じる。
僕はこのままでは女王の名前を穢しかねない代行となってしまう。
両親の愛情、祖父母の愛情、姉の愛情、何もかもに恵まれてきた。
それなのに、僕はどうしてこんなに優しくないんだろう。
もう一度、泉に体をしずめてみる。
一度目よりはもう目の痛みはこない。
僕にこの目を与えたのは天だ。
ならば、この目を自分のために使ってはいけない。誰かのために使えと言われているのだろうし、今後、この右目を好き放題に酷使することとなり、僕がこの魂の所要時間を削ったとしてもそれが天の望みということだ。
この右目のデメリットは魂の所要時間を削ることだ。これはここ数年で気が付いた真実。これだけそこら中から僕の目の特殊性を利用したいと言われるほどにメリットが大きいのだから、当然奪われるものも大きいに決まっている。
息づきに水面へと浮上し、顔を出す。
そして、ぼんやりとそのまま浮ぶだけ。
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