第27話 春の雪と宗像
美蘭を連れて逃げた時にも驚いたけれど、僕は僕の新しい才能を発見した。
意識というか、魂を飛ばせる。
いや、自主的にではなく正確には外的な力で飛ばされるのか。
今頃、体がぶっ倒れて、あちらでは大騒ぎ中だろう。
まったく何がどうなったらこうなるのか本当にわからない。
「前兆くらいほしいもんだ」
ゆっくりと身体を起こす。
髪にも、手のひらにも桜の花びらが付着している。
『斎王桜の下で待つ』
斎王桜と聞いてピンとくるのは上賀茂だ。
上賀茂神社は確かに結界の一つであるが、それは僕の物じゃない。
わからないことだらけだ。もう考えすぎるのはやめた。
「花びら多すぎるだろ」
閉口してしまうほどに花びらでうめつくされており、この花びらの下に何があるのかすらわからない。かきわけてもかきわけても花びらしかない。
高級寝具のふわごこちとでも言おうか。
桜吹雪の中をかきわけて、前へ進む。
どこを見渡しても桜の花びらだらけ。
足の下にあるのも当然ながら桜の花びら。
踏むのが申し訳ないなとか思いながら歩く。
体重で足が沈み込むが、新雪をふみこんでいるような感覚がする。
雪ではないから、冷たくはない。
そのかわりに、踏み込むたびに、花の香りが巻き上がってくる。
前方に見えてきた樹齢が数百年、いやもっとありそうな枝垂れ桜。
確かに斎王桜に似ている。
あそこまで行けば、きっとあの男が居るのだろう。
僕を呼んだからには何か有益な情報があるのだろう。
「役に立たないなら、二度と応じてやるもんか」
僕はここ数日で自覚した。
僕が生きていることが冥府へのいやがらせになる。脅威でもあるのだと知った以上、僕は何をできなくても『居る』ことが大事。
嫌みなほどに生きてやると決めた。
だから、一刻も早く戻らねばならない。
「なんて風だ」
口を開くと花びらが飛び込んでくるほどに風が強い。
日本にいる黄泉使いの故郷は黄泉にあったという昔話をふっと思い出した。
そこには夏と秋がない、春と冬の季節だけ。
夜も昼もない白夜が続き、月だけが上っている。
とても小さな都で、大掛かりな宮殿もない。
薙いだ内海と社殿のような宮城のみ。
宮城を中心に町がひろがっており、そこには血族達だけが暮らす静かな場所。
知識、癒し、戦闘の三つに特性ごとに振り分けられ、皆が、得意分野で王を支えている小さな国のようなものだった。
だから、今の黄泉使いが、学者や文芸で身を立てるものや医療従事者が多いのは必然というわけだ。
そして、王自身が所属した『戦闘』部門、黄泉使いとして悪鬼を狩る者が一番上の地位として扱われるのは古来からの流れのままなのだ。
悪鬼にはめっぽう強いが、冥界の支配者になろうとしたものはいない。
それなのに、都は奪われ、閉ざされた。
「転落は一瞬」
現状、僕らは黄泉に住むことはおろか、黄泉にもぐれて実働可能な人間など限られている。
すべては闇の中。
歴史書がただしいとは限らないと静音の父親からきいた。
過去は知らぬ存ぜぬで良い、今をその目で把握せよときいた。
最古と言われた古文書は女王がたった時に、過去にひきずられて生きることはしないと彼女がすべて焼いてしまったという。
何があったとか、誰がどうしたとかはもう良いのだと、知識の塊をすべて焼却してしまう豪胆さ。
今後、何かあった時にそこにヒントがあるかもしれないのだぞと身近な者たちはこぞって止めたが女王はこう言ったそうだ。
『私が居るのに、これが必要か? 私が歴代最強の王になれば済む話だろう?』
神の狼はひたすらに大笑いしたそうだ。
もう誰も女王を止めようとはしなくなった。
宗像、津島、穂積、白川の家の名は残すが、黄泉使いとして悪鬼を狩る者すべてに『宗像』を名乗るようにと命令をだし、津島だから、穂積だから、白川だからと役割をわけることはせず、各家の優劣も排除した。
最終的に、純粋に強い者、導いていくことに長けている者が『筆頭』として立つことを女王はごりおしして決めてしまった。
親世代までは各家にあるわだかまりはまだ完全に排除されたわけではないが、僕らの世代には受け継がせないと、親世代は徹底的に過去を知る記録物と情報を排除、僕らが知っていることはすべて現王の方針で定められた新しい歴史のみだ。
「怖くなかったのか? こういう事態に陥った場合の対処が何もできないのに」
冥府とのやりとりはきっと歴史的に繰り返されてきたはず。その過去の歴史、経緯を何一つ僕らは知らない。
「自分が封じられることは想定外ってことかな? どこまでも間抜けだ」
素直な感想だ。
かっこ良いのか何なのか僕にはわからない。
絶対などないのに財産となる知識を焼き払った。メリットよりもデメリットが多いだろうがとつっこんでみて肩を落とした。
色々思うことはあるが、僕らはきっと無知すぎるほどに無知だと思い知る。
その感性でかまわん、やってみろと突き放されているようにも感じるが、やはり、女王ほどの思い切りは僕にはない。
「もう色々としでかしてしまってるけど、怒るのだけはなしにしてほしい」
祖父から避けろ、禁止だとされてきたことも平気でやってのけている。
今更だなと口先をとがらせる。
本当に今更だ。
全身真っ白な装束を着ていたあの男。
対峙してはならないレベルの強者だと本能で悟ったことを覚えている。
実際の春夏秋冬とでくわしてみても思う。
闘ったことのないあの男の方が僕は怖い。
僕の直感で行くと、春夏秋冬のどこか、いや、トップ、もしくはそれ以上かもしれない。奏太の様子から敵ではないのだけれど、やっぱり、敵として認識しておくべきだと思いなおした。
「手短にお願いします」
枝垂れ桜を哀し気に眺めている横顔はやはりどこかで見たような気がした。
僕は確実に、この全身総毛だつような感覚の理由を知っている。
「よお、随分とコルリにやられたみたいだな」
ふざけんなよと僕はきつくにらんだ。
男は苦笑いをして、ゆっくりとこちらに向き直った。
あいかわらずの無精ひげ。栗色の柔らかそうな毛をゆるく束ねて、肩にかけている。
「もう時間がねぇから、強引に呼んだ。 悪いな」
男は枝垂れ桜の幹にもたれるように座ると、僕を隣に誘導した。
どうして並んで座らねばならないのかと思うけれど、とりあえず従うことにした。
「死神なら白い服で統一じゃないの?」
男の着ている服の色が白ではなく、真っ黒でどこか違和感があった。
桜の花びらが黒の外套の肩に落ちて、飾りのようで綺麗だ。
肩から膝うらまであるような長いマントの襟には金糸が使われている。
宝塚歌劇団の男役が着てしまいそうな服、一番近いのは軍服。
「軍の偉い人みたい」
「軍のようなもんの偉い人だからな。 黒は一人だけしか着ないことになっている」
「僕さ、あなたをたぶん見たことがあるんだ。 どこで見たのかがわからない」
「そりゃ、命の恩人様だからな、見たことあるんだろう」
「もっと違う時に見たことがある。 僕はあなたを知っているはずなんだ」
男は驚いたように目を開けて、くすりと笑った。
やけに優しい表情は僕を不安にさせる。
そして、男は僕の質問には一切答える気はない様子で、話をすりかえた。
「なぁ、貴一、お前の女王なら、春夏秋冬をどうするだろうか?」
「ぶっ潰すんじゃないかな。 宗像は基本、そういう傾向にある。 やられたままではいないから」
「一理ある。 では、お前ならどうする?」
「どういう意味かわからない。 奥歯にものをはさんだような言い方やめてくれない?」
「せっかちだな。 いいか? 春夏秋冬という組織は消えない。 それは日本の国がなくなることが難しいのと同じくらいのレベルだ。 だが、構成員はかえることができる。 そして、『春の雪』が正常に機能すればお前たちの日常に影響しないとしたらどうする?」
「構成員を全員排除して、正常な機能を果たせる人間をつける」
「正常に機能できる人間って誰だ?」
「そんなことをきかれてもわからないよ! あなたが何を言いたいのか僕にはわからない!」
「良いから、落ち着いてよく考えろ。 いいか? 春夏秋冬のメンバーを入れ替えても、お前たちはまた狙われる。 何でだ?」
「冥府の人間だけで構成されるから?」
冥府の人間だけで構成されるから問題が起きる。
黄泉使い側の人間がいないということはバランスをとる人間がいない。
だからって、襲う理由にはならない気もする。
「春夏秋冬に宗像の人間がつけば問題ないということ?」
「簡単に言うならばそうだ。 だけど、それだけではどうにもならない」
「ねぇ、さっき言ってた『春の雪』が正常に機能するってどいうこと?」
「春夏秋冬は『春の雪』の強さが支配する組織だからな。 構成員は絶対強者の方針にはさからえないし、指令以外のことをこなすと排除される。 だけど、下剋上が許されてもいる。 弱い者が上に立ち続けることはできないということだ。 構成員が上を見限ったなら、勝手に動き始める」
男は本当にお手上げだというように苦笑いした。
上の制御を超えて勝手に動くなどあったら困る事態だし、僕らにとっては本当にはた迷惑以外の何物でもない。
「冥府は何も言わないの?」
「冥府は動かない。 春夏秋冬はある意味で独立した組織だからな」
「ちょっと待って! でも、それって僕らが狙われる理由にはならないよ!」
そうだなと男は頷いて、こめかみをわざとらしく指でつつく。
考えてみろと言っているのだ。
「冥府にとって春夏秋冬はどうして必要なんだ?」
「知るか!」
もうなぞなぞには飽き飽きしてきた。
男はこらえ性のないと笑いながら、口を開いた。
「冥府に春夏秋冬が必要な理由は、冥府の人間には悪鬼を狩る才がないからだ。 悪鬼の強襲に耐えうる力がない。 悪鬼に襲われるたびに黄泉使いに依頼するしかなかった。 そして、到着するまでに失っていくんだ。 だから、黄泉使いと同等の役割を果たす者で悪鬼をたたける組織をもつ必要があった」
「やっぱり、僕たちが狙われる必要なんかないじゃないか!」
「悪鬼を狩る才のない人間の集まりである冥府が、春夏秋冬を組織することがはたしてできたと思うか?」
男の言う通り、確かに、どうやって戦える人間を探したというのか。
僕はものすごく嫌な予感しかしなかった。
黄泉使いの才は血によって大きく影響すると言っても良い。
僕のこの戸惑いを察するように、男も渋い顔をする。
そして、彼は何かを言い淀んだ。
僕の考えはおそらく正解ということだ。
「黄泉使いを喰わせた?」
男は何度もうなずいて、うつむいた。
「馬鹿な! ルールも何もあったもんじゃない!」
僕は思わず立ち上がっていた。
そして、コルリの言葉を思い出した。
宗像の血は最高級品だと彼は言った。
「まぁ、座れ。 貴一、話をきけ」
僕は男にもう一度座らされるが、そっぽを向いた。
ききたくもない、気分が悪い内容でしかない。
春夏秋冬のはじまりは、黄泉使いの遺体から血をわけてもらうことからはじまったと男は話し出した。
「同じ血をわけてもらうでも、遺体の出自によって身に着けることができる能力に差が出はじめた。 世界の4大拠点を治める古参の黄泉使い達の血は少量でも悪鬼に対する高い能力を身に着けられることが周知の事実になるまでには時間がかからなかった。 当然、遺体の取り合いが起きる。 そして、エスカレートしていくのは想像にやすいだろう?」
「まさか、黄泉使いの遺体は厳重に管理され、当主の炎で髪の毛一本残さずに焼く理由って……」
「世界4大拠点の黄泉使い達は奪い合いを防ぐためにそのルールを定めた。 そして、4大拠点の黄泉使いの血を公式に冥府は手に入れられなくなった。 『春の雪』が正常に機能しているうちはそれでよかったんだ。 でも年月とは罪だ。 春夏秋冬は冥府の帰属をはずし、人に近い状態とされる。 ゆえに、人間よりは長いが寿命というしばりがある。 年月がたてば構成員は入れ替わる。 新しく着任した彼らは一番に何をすると思う?」
「血を奪いに来るって言いたいの?」
「強さを手にするために、最短距離は間違いなく、4大拠点の血だ。 現状、最古の血を継続して残せている拠点は二つしかない。 宗像はその一つだ」
「ふざけるなよ! 下剋上するための強さを獲得するために僕らを襲うっていうのか!?」
「春の雪の椅子ってのはそれほどに魅力があるらしい」
「何のメリットがあるっていうの?」
「魂が砕けるまで寿命が来ない」
僕は男の言葉をどうしても飲み込むことができない。
魂は砕けることなどない。だって、肉体は死んでも魂はまた新しい肉体を纏い、生きる旅にできるのが流れだ。
何十回、何百回、何千回でも繰り返すのが魂の動きだ。
それが砕けるまで寿命が来ないというのはもう異様だ。
だとしたら、今の『春の雪』に怖いものはないはずだ。
むしろ、死に方がわからないほどの時間を握っているに等しいのだから。
「だったら、今の『春の雪』は何をしてるんだ!? どうして、止めない?」
「止められないんだ」
「どうして!?」
「言っただろう? 弱い者が上に立ち続けることはできず、構成員が上を見限ったなら、勝手に動き始めるって」
力なく笑う男は目を伏せる。
「何が言いたい?」
男はふっと表情をひきしめて、小さくうなずいた。
核心が来る。
そんな予感がした。
「血族と離れ1100年。 よくやった方だと思う。 さすがに魂に亀裂がきた」
男は黒の手袋をはずして、手のひらを僕に見せた。
まるで陶器に亀裂が入っているような皮膚だ。
「次の『春の雪』の席を、俺以外の11人が争ってる。 1100年、どうにかお前たちを護ってきたがもう時間がない」
男はにっこりと笑った。
栗色の髪は塗れば烏の色、瞳は琥珀色へとゆっくりとかわる。
柔らかい巻き毛だったのに、針金のようにまっすぐと伸びる髪へ。
僕は息をのんだ。
男は僕の顔を見るや否や、苦笑いだ。
そして、僕の頬に手を伸ばした。
「この色はまだ受け継がれているのか?」
僕は静かにうなずいた。
この色を許されているのは『王』だけだ。
望はこの男を友だと言った。
この男がようやく誰かわかってしまった。
僕の本能が恐れている理由は彼が本物だからだ。
僕がこの色を許されているのは『王代行』として神の狐の庇護を一時的に受けているからで、借り物の僕のそれは今目の前にいる男の前ではないにも等しい。
「王の許可も神の獣も必要とせずに琥珀色の瞳。 お前はすごいな、貴一」
本物の彼が僕をたたえる。
事態がまったく飲み込めない。
「ぶっ壊して良いんだ。 全部、まっさらにしたってかまわない。 今の女王はお前という僥倖すら手にしている。 愉快だ」
彼は腹の底から笑っている。
「あぁ、僥倖ってのはな、ラッキーということだ」
「僕の存在がラッキー!?」
「そう、ラッキーの最上級。 だから、女王は過去を派手にぶっ壊したんだろうな」
彼はくくくと目尻に涙を浮かべるほどに笑っている。
「なぁ、貴一。 世界の崩壊とか、世紀末なんてもんはこない。 血族が断たれたのなら、それは不要だったからだ。 組織が破壊されるのも同じだ。 『今』を認めて、『今』を生きることから目を背けた者は排除されてしかるべきだ。 時間は待ってはくれん。 永遠などに、何の価値もない。 そんな孤独より、皆と生きる方が楽しいだろ? 俺は、それがわかっていた上で、皆が笑うためにはいつだって覚悟をする者が必要になると思って生きてきた」
彼はまた困ったように眉根を寄せた。
「だけど、お前たちの女王は違っていた」
『一人の覚悟で世界が救われるなど眉唾だ。 そのたった一人も護りきれずに世界を護ったと言う阿呆がいるのなら、私はそいつをぶっ殺す』
「彼女はこう言い切って、誰かが犠牲にならねば保てない世界など壊れろと言ったんだ。 これにはさすがに堪えた」
彼は桜をもう一度ゆっくりと見上げた。
「お前の覚悟とやらで救っているつもりでいるのなら、もう降りた方が良いぞと言われて、腹が立ったが、どこか、救われた自分が居た。 言い方ってもんがあるだろうがと言ってやりたかったが、彼女は俺の首をはねてやろうかと真剣に言った。 もう、笑うしかない」
俺よりも優れた奴が目の前にいると、ホッとするしかないと彼は笑った。
何となく、女王の行動の意味が分かった気がした。
女王は彼を解放したかったのではないだろうか。
僕はそんな気がした。
「あなたを楽にしたかったのでは?」
誰かが護らねばならない宗像などいらんと言い出しそうだしと付け加えた。
男はそうかとつぶやいて笑った。
それがほんの少しだけ寂しそうに見えた。
「宗像史上最短在位の王がいるんだ。 これまでの歴史は全部排除されたのに、女王はこの歴史だけは消さなかった」
僕の言葉に男はへぇと小さく頷いた。
「宗像史上最強の王だったのに、50年で玉座をおりた。 彼が玉座を退き、衰退の一途をたどり、最後の女王から1100年、宗像の玉座は空位だった。 その人が居たならば、宗像の転落はなかったというくらい信頼厚い王で、神棚に祭られるほどの人がいる。 玉座をおりたのは、春夏秋冬をおさえるために王自らが『春の雪』に?」
「さぁな、わからねぇよ」
「宗像壱貴」
男は大きく目を見開いて、僕を見た。
「『貴』の文字を直系が受け継ぐのは祈りだと聞いたことがある。 宗像の護り神の名前が『壱貴』だからだ。 彼以降の直系の名前には皆、入っている。 それほどに慈しまれた王の名前。 だけど、残っているのは名前だけで、紋は残されていない」
「そりゃそうだろう? 宗像を捨てた事実だけは残り、真実を知る人間は時とともにいなくなる。 紋の桜は王位を捨てた証となる。 梅よりも劣るとされて、王ではなく、王の次の者が扱うものとなる。 さらに、不幸は続き、桜は完全に『語らず』となる。 桜は逃げの紋になってしまったしなぁ」
桜は綺麗だろうと彼は花びらを手袋の上にのせて、にっこりと笑む。
現在の王は梅の紋で日本の黄泉使い達を導いている。
僕があえての第二勢力になるつもりなどない。
受け継ぐことは大事だが、それをどう使うかまで操作されるのはごめんだ。
この人の存在は確かに僕の魂に響く何かがある。だけど、僕は梅の絆を傷つけることだけはしない。
「僕の紋は梅だ」
「そのスタンスが良いな」
「下手な期待をよこさないでください」
「それで良いんだが、必要であれば使えとだけ言っておく」
「必要はありません。 女王を返してください」
僕の言葉に彼はまたそっと優しく笑む。
「お前が取り戻せ」
ゆっくりと彼は立ち上がった。
じっくりと顔を見たのははじめてだと思う。
今にも死んでしまいそうな顔色している。
ぐらりとゆらめいた彼の身体を思わず抱き留めていた。
「触れられる!?」
「そりゃそうだろ、俺も同じ条件だ。 それに、死にかけてるしな」
はははと彼は笑った。
「貴一、これをやる」
彼は自分の耳からピアスをとりはずした。
そして、僕の耳たぶに一気に押し込んだ。
魂のはずなのに、左の耳たぶに痛みが走る。
「俺がお前たちにしてやれるのは残り一つだけだ」
「何をするつもり!?」
「最後の最後にわかる。 いいか? 貴一、お前はぶれるな」
「最後までちゃんと説明してくれ!」
また、はははと笑顔でかわされる。
「貴一、お前の目、美しいな」
「いきなり何だよ!?」
彼は満足げにうなずくと、僕の左目にそっと手をかざした。
左目が熱い。何をするんだと、彼の手を振り払った。
いい加減にしろと言いかけて僕は言葉を逸した。
彼の左目がない。くぼみからは血が流れだしている。
「何をしたんだよ!」
「嫌がらせだ」
彼は面白そうに笑んでいる。
会心の笑みだ。
彼は左手で二、四とハンドサインを出して見せる。
「拠点は隠し里を含めて全部でいくつだ?」
「全部で22」
「本当は24か所ある」
血に濡れた男性の指先を思い出す。
確かに、二本のあとに四本とだしてきた。
「後2カ所もあるってこと? 知っていたのなら最初から言えよ!」
「残りの二つの内一つ、23とカウントされる里はお前でも無理だ。 だけれど、24とカウントされる里はお前じゃないと無理だ」
「わかっていて黙っていた理由は?」
「絆がいるからだ。 女王と朔のレベルにお前たちはかすりもしない。 それなのに、女王をはめた相手に丸腰で行けると思うか?」
彼の言い分は正しいが、どうにも釈然としない。
「女王は俺以上に強いから心配するな。 それに、彼女の朔もえげつなく強いから、いずれ、千倍返しするだろう。 だから、お前が呼び戻せ。 きっとできる!」
「ちょっと! だから、もっとわかりやすく説明してくれよ!」
「下手な情報は無用。 お前の感性を歪めるかもしれん。 だから、ここまでにしよう、貴一」
猛烈な桜吹雪だ。
彼は丁寧にお辞儀をしはじめる。
そして、僕がみたことのある軌道で槍などもっていないのに舞を踊りだす。
道反大神の舞の軌道に間違いない。
僕はもっともっと聞いておくべきことがある。
くそう、これでは僕が彼にコントロールされているみたいに動くしかないじゃないか!
大声で叫んでも、風音で僕の声は届かない。
『時間切れだ、またな!』
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