第40話 語り部たちの物語

 宗像壱貴は高くなった太陽を見上げて、指先をパチンとはじいた。

 真っ蒼な空のような結界。

 船岡山へ散策に来ている人の姿が見えているが、彼らからはこちらは見えない。

 僕と同じ黒い髪だけど、瞳の色は赤色だ。

 彼は赤は紛い物だと言った。

「赤は罪を犯した瞳の色ではない。 その順位が下がったことを意味するだけ」

 磐座に腰かけた壱貴が物事には順位があると言った。

「適切な時期に、適切な魂が受け継ぐための順位だ。 瞳の色は魂の色なんだ、貴一。 王となる魂は琥珀色、王の半身となる魂も同じ。 瑠璃、山吹、紫は王を支え、共に生きることを誓った魂の色。 赤はスーパーサブ、何者にでもなれるが、それは今ではないという意味でもある。 でもな、琥珀、瑠璃、山吹、紫のスタメンから赤になるものだけは意味がかわる。 リタイヤという意味になるんだ。 俺はそもそも、お前に目を突き返してやったし、リタイヤと評価されるのは当然だろうよ」

 壱貴がふっと笑って、奏太の瞳をみてみろと言った。奏太の瞳の色も赤い。

「気高かった魂が罪を犯すと、当然、赤色になる。 だから、赤は罪の色の扱いになってしまったのだろうが、本来はそうじゃない。 赤色は罪の象徴じゃない。 『これからの魂』か『ご苦労さんの魂』のどちらかというわけだ。 わかるか?」

 壱貴がコルリの方へ視線をうつすと、奏太が彼に肩を貸して立ち上がらせた。


「コルリ、よくやってくれたな」


 壱貴のいる磐座まで歩み寄ったコルリの頭に手をのせて、ゆっくりと笑んだ。


「コルリは罪を犯したわけじゃない。 こいつの瞳の色は『これから』の意味で赤い。 貴一、コルリは強かったか?」


 壱貴がさわやかに笑おうが、コルリは散々やりあった相手だ、まだ胸糞は悪い。

 すっきりするわけがないだろうと僕は眉間にしわを寄せた。

「損な役回りだったな、コルリ。 お前、相当嫌われてるな、こりゃ」

 コルリが罰悪そうに視線をそらしている。

「闇を祓って、祓いまくって、お前を護ってきたのはコイツだ」

 壱貴がコルリを指さしてから、僕に視線をうつした。

「他の奴らより先に道反へかけつけて、お前を危険から遠ざけた。 瀕死になっていた宗像の連中をわざわざお前にさらしたのも、彼らを護るためだ」

「だけど、そいつは僕や静音をボコったじゃないか!」

「お前らはぼこられただけで、こいつとやりあって何か失ったか?」

 言われてみたら、あの時、失った人員は確かにいなかった。

「迷いの森で、こいつに黄泉に導かれて、お前たちはぼこられただけ」

 壱貴が面白そうに笑っている。

「餌を横取りする体裁でコルリがお前たちをうまく逃がしまくっていたってわけだ。 今回もお前を隠した。 覚醒したお前を他の連中に見せればどうなるかは簡単に想像つくからな」

 そういえばと、僕は奏太を見た。

「道反での闘いの時、奏太が本領発揮できなかったのは僕のせいだと思ってた。 そうか、奏太はわかってたんだ。 今更だけど、望が道に迷うわけないよな……馬鹿みたいだ」

 盛大なまでにむかついてきて、僕は奥歯をかみしめた。

「コルリはあなた方同様、元黄泉使いなんだろう?」

「コルリは元じゃない。 今も黄泉使いだ」

 僕は壱貴の言葉に驚いて息を飲んだ。

「黄泉使いの中には魂が特殊な奴もいる。 冥府と宗像のハーフってのもいるんだ」

 コルリにちらりと目をやって、壱貴はにひひと笑っている。

 そういうハーフ連中が宗像の影の庇護者でもあると彼は言った。

「俺が春の雪になった頃、冥府の人間と姻戚をもった者が数人いる。 コルリはその血族の長になる奴だ。 仲よくしろよ、二人とも」

 コルリが嫌だねと舌をだして、僕も激しく同感だったので舌を出し返した。

 僕はコルリが嫌いだ。

 コルリだって僕が嫌いだと思う。

 宗像壱貴の命令があったにせよ、本当に彼が味方かどうかなんかわからない。 

「最初から、あなたの計画通りに僕はまんまとのせられていたってこと?」

 壱貴が片眉だけもちあげて、いいやと首を振った。

「予想外だよ、お前の動きは何もかもが。 流石、血筋というかなんというか」

 苦笑いをした彼は少し昔話をしようかと頬杖をついた。

 いつからが始まりなのかはわからないが、日本にいる黄泉使い達の王には朔という半身がいる。

 王は玉、魂を意味し、朔は刃、力を意味する。

 完璧な魂などいないし、力は使い方ひとつでその様相をかえてしまうものだ。

 圧倒的な力を共有する者同士が互いを監視する。どちらかが堕ちればどちらかがその罪を見逃さず排除する。いざという時に、命をもって転落をとめるために、互いの命を共有する縛りを持っている。


「この絶対に崩壊しないはずのシステムにも穴があった」


 奏太が壱貴の語りにあわせて、ゆっくりと息を吐いた。

 システムの穴とは王も朔も共に堕ちる可能性を考慮していなかったことだと二人はうなった。

「暴走する可能性があるのは常に王の方で、朔がそれを必ずとめてくれる制御装置だと信じてやまなかったから、朔の暴走を王が止めずに地獄絵巻きになるという最悪の事態が起こるまで誰もがこのシステムの穴に気づいていなかったんだ。 朔は王を殺したくない、王は朔を殺したくない。 他が滅んでも構うものかと振り切ってしまう史上最悪の大参事。 それを何とか抑えきった新しい王は考えた。 この不安定なシステムはまずいと。 それで、朔のもつ力の刃の半分を別の者に振り分けることにした。 それが桜の王のはじまりだ」

 真の意味での王は『梅の王』、王の半身であり、理を護るための和魂を主とした者を『朔』。その朔の荒魂を主とした者を『桜の王』、その王の半身が『望』。

「宗像は本来4人をもって成立させるシステムということだ」

 だけど、それが成立し、うまく運用することは困難を極めたのだと壱貴は嘆息した。

 梅の王と朔が立つ。そして、王の命で朔がその力を桜の王へ譲る。次いで、桜の王が立ち、それを守護する望が選定される。

「強い梅の王が皆を抑えきり、皆が仲良しこよしならできただろうが、時代は常にうつりかわり、桜の王が立たなくなることもしばしば起こり始める。 己の半身の力をわざわざ削ぐ必要はないという王もいるからな」

 壱貴がだから俺と奏太がそれを変えるというか、変革できる者がそろうまで『何とかする』ことにしたと言った。

 千年以上前から苦労しっぱなしだと男達は笑う。

 どうしても宗像を護りたかったから二人は覚悟したのだと彼らは言った。


「俺の姉貴はできた梅の王でな、その朔も優れた奴だった。 そこへ、冥府の重鎮が話をもちかけてきた。 春夏秋冬となりえる者を宗像から数名くれないか、と」


 春夏秋冬の成り立ちは理解しているなと壱貴が僕をみた。

 僕はひとつうなずく。


「死んだ黄泉使いの血肉を喰らうことで力を得るやり方は、エスカレートして生きたまま喰らうまでにおぞましく変化を遂げ、春夏秋冬の質の低下だけでなく、その存在が冥府にとっても爆弾となりかけていたから、最初から悪鬼を狩れる黄泉使いを春夏秋冬につけ、一新させたかったんだろうな」


 梅の王は悩んだ。

 元から冥府の奴らと黄泉使いではそりがあわない。

 冥府の奴らを抑え込め、かつ、うまく渡り合える黄泉使いなど指の数ほどもいない。


「俺の姉貴は春夏秋冬に出るのは自分がふさわしいのではないかと言い出した」


 その当時の宗像は安寧期だったという。

 王の後継、その補佐役に至るまで人材がおそろしいほどに集っていた。


「姉貴の夫であった朔も、冥府へ出るのならば、確かに自分たちを除いて他に誰もいないのではないかと言い出し、皆は大混乱となる。 どうして、千年もの間、一片の落ち度もなく黄泉使いを率いていた最強と誉れ高いこの王と朔を冥府のためにくれてやらねばならんのだと紛糾した。 だが、それは姉貴の一声で鎮められた」


 壱貴が思い出し笑いをして、両手で目を覆った。


「私の瞳の色はもうすぐ琥珀でなくなる。 二束三文となる前の今ならば、冥府に派手に恩を売ってやれる。 姉貴はそう言ったんだ」


 千年もの間、一度もそんなそぶりを見せたことのなかった梅の王が、自分の凋落を自覚していたことに俺は気づいてやれなかったんだと壱貴は両手のひらをはずしてこっちを見た。


「俺の瞳の色が琥珀へとかわりかけていたことを俺自身が気付いていなかった。 そばにいたこいつが、次の王はお前だろうと言うまで、俺はわかっていなかった」


 奏太が壱貴にちらりと目をやって苦笑いだ。


「姉貴は桜の王を立てていなかった。 それは夫だった朔を信じていたからでもあったろうが、姉貴には絆の者たちが数名いたからでもある。 姉貴の朔は慣例を無視して動いていたんだ。 朔としての自分の力の荒ぶる側面を、どうやって選定したかは不明だったが、独特すぎる性質の黄泉使い達に分け与えて、彼らを要所に配置した。 それも日本中にだ。 その上、彼らに中央の命令で働かずとも良い、大きな意味で黄泉使いを護っていてくれるのならば個々の判断で以降は好きに生きろと、寿命の制限を排除した。 やることが派手すぎてついていけなかったがな」


 王を助けるための力はいらんと、自分の身に受けた朔としての力を他者に配分することで、永久性を付与し、『黄泉使い』『黄泉』『冥府』の枠組みから外れ、一切の関与を逃れる人員を作り、彼らを日本全国の要所に放った。

「梅の王と朔としてのリミットが来るまでの千年で姉貴達は『宗像の絆の者』を生んで、後世に憂いあらば助けろというシステムを作っていた。 そんなよくできた王の後を引き継ぐことになる俺はもう嫌で仕方がなかったぜ、本当に」

「でも、今の宗像の皆に大切にされている名前はあなたのものだ」

「そうだな、俺はそこそこに偉人だったからな」

 よいしょっと壱貴は磐座の上にたちあがって、京都の街並みをみおろしている。

「姉貴が春夏秋冬の春の雪となって50年、訃報が届く。 春の雪は魂がくだけない限り、死なないはずなのに、姉貴は死んだ。 当然、朔も死んだ。 どちらが先だったのかはわからないが、殺されたんだ。 そして、その遺体は捕食されてしまった」


 絶大な能力は喰った奴に付与される。

 朔はまるでこうなることを理解していたかのように、事前に朔としての能力のほぼ9割を分散させていたのだと知ったのはこの時だと、彼は悲し気に言った。


「俺の朔はこいつだ。 奏太に俺はある提案をした」


 奏太がそうだったねとうなずいた。

 宗像壱貴は亡き姉夫婦の娘に玉座を譲った。そして、魑魅魍魎の跋扈する世界へ行く決意をしたのだ。

 

「姉貴がたやすく足をすくわれるとは思えない。 それが足をすくわれるほどな何かが春夏秋冬にあるというのならばその首座に俺が居座り続ければ、真実がいずれ見えるだろうと思ってな。 王と朔が一所にいると、姉貴夫婦のようにどちらか一方をたたけばそれで詰みとなってしまう。 だから、俺の朔は姪っ子の代から『望』として自分から離して配置し、宗像の王たちを守護し、監視できるようにした。 俺は姉を殺した春夏秋冬を全滅させ、裏切ったであろう冥府の上層部を半分ほどぼこったから鳴り物入りの春の雪になった」


 春夏秋冬の春の雪という椅子はなかなかに不自由だったと壱貴は語った。

 冥府の監視は容易くできるようになった反面、黄泉にいる血族達の動向がなかなかつかめない。

 彼は奏太に連絡を取り、冥府で暗躍できる人材を送るように指示を出した。

 それに選定され、送り込まれた宗像の黄泉使いの末裔がコルリの血族だと言った。 


「ねぇ、王をおりた時の朔の力はどうなるの? 朔の力は代々受け継がれていくものではないの? 朔は常に一人だけのはずだよね?」


 素朴な疑問だった。

 朔ごとに持ち合わせている力が違うのか、同一のものが受け継がれていくのか。


「朔というのはな、王の半身になりうる器をもっている者という意味だ。 朔の力の核心はその半身の王によるもので、朔のもって生まれたものではない。 正確には先代の朔から新たな朔へ移行するものは資格と権利以外には何もないというわけだ」

「じゃあ、朔の強さはそのまま王の強さを意味するということ?」

「そういうことだ。 人は一人として同じ魂の者などいない。 王によって持って生まれたものには差が生じる。 能力のすべてが移行するわけではなく、『資格』が譲渡されていくだけだ」

 千年王である姉王の名は残っていないのに、宗像壱貴の名前は今の僕たちですら知っている。祈れば助けてくれる、神のような扱いの名だ。

 それがどうしてなのかわからない。

「俺はな、王という資格を譲って、一度、王として受け継いだ物も何もかもを手放した。 その上で、姪っ子から『桜の王』として選定を受けなおすことで、ずるをしたというわけだ。 奏太を朔から望とすることで、姪っ子のそばにおいておける。 どこにいても俺が桜の王である以上、朔のやばい方の力を行使することもできる」

 ひどく意地悪な笑みを浮かべている。

「望として奏太が常に宗像の王につき、代替わりの度に、宗像の王が奏太を『望』だと選定し続ける。 どうなると思う?」

 ぞっとするほどに巧妙なやり口だと気が付いた僕の額に汗がにじむ。

「あなたが常に桜の王としていつづけることができる」

 ご名答と彼は手を打った。

 歴史の変遷、時間の流れの中、本来の桜の王の選定の流れは消し去られた。正確に言うなら、彼らが桜の王の存在を消して、望も王の守護者として側にいることが当然であるかのように真実をねじまげた。

「困った時の桜の王は神棚にこっそり祀られることになるというわけだ。 宗像のピンチには何かと手を出すからな」

「僕がこの真実を女王に進言したら、あなたは桜の王じゃいられなくなる」

 そこなんだよなと壱貴が笑っている。どうして笑えるんだ。

「貴一、お前が本物で俺が紛い物だと言ったろう? お前の女王はとっくに気づいているということだ。 今の女王は冥府全体が震撼するほどの規格外。 間違いなく史上最強の王。 やることがド派手だからな。 あっさりと年代物だった桜の王はリニューアルさせられた」

「僕がそれだというの!?」

「それはいつか本人に聞いてみたら良い。 だが、それだけ強いはずの女王の隙をついた奴がいたということだ」

 壱貴の表情が険しくなり、声が一段と低くなった。

 女王が隙を作ってしまう何かは朔にトラブルが起きる以外にないと言い切った。

「お前を桜の王に選定してしまったものだから、女王の異変を察知することができず、俺の初動が遅れた。 まるで周到に準備されていたようだと思ったよ。 500年以上前にも似たような騒ぎがあってな、俺の身動きがとれぬ間に悲劇が起こった。 だからこそ二度は同じ鉄槌はふまん」

 壱貴が眉をひそめた。

「お前が的になるのは明白だったから俺と奏太を切り離して、強制的にでも、お前の望として奏太が起動できるようにした。 だが、真実の契約にない関係性ではどうにもお前を制御するのは難しい。 なるほど、狙いはこれかと思ったよ。 女王と朔を屠ってしまえばその規格外の力を利用することができなくなってしまう。 だから、女王と朔を凍結させ、その規格外の力が一斉に流れ込むお前を抱き込む。 お前は女王が居なければ正式に望を選定できないことを敵は知っているからな。 望がいなければ、目論見通り、お前は簡単に暴走する。 だけど、女王の懐刀は一筋縄ではいかない男。 静音、君の父ちゃんは半端ないな。 君にこう言っていたんだろう? 『貴一に何かあった時は迷いなく、血の契約を果たし、制御しろ』と」

 壱貴が静音の顔を覗き込んでいる。

 静音は知るかというように顔をそむけた。

 

「さても、俺は刻一刻と桜の王としての力を失っていくし、春の雪として存在できるだけの時間の余裕もない。 今ならまだ、かろうじて役に立てるかもしれん」


 壱貴が磐座から飛び降りて、奏太の肩に腕を置いた。

  

「暴れる準備はできているんだろう?」 


 僕は小さく頷いた。

 静音が心配そうに僕の顔を見て、袖をつかんできた。

「もう大丈夫。 悠貴のもとへ戻ろう」

 まだ心配なのか、静音は動こうとしない。

「危なくなったら、静音がとめてくれるんだろ?」

 静音の目が大きく見開かれる。 

 だから、行くよと僕は静音の手を引いた。


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