第15話 激突!冥府特殊部隊 

 敵意というか威嚇してくる波動が向かってくる前方を見た。

 距離にして50メートルくらいだろうか。

 岩場の上に人影がある。

 フードをかぶっているのか髪の色はわからない。性別も不明だ。

 僕たちと正反対の色である白の装束とくれば一つだ。

 死神だ。

 面倒だなと僕は思わず独り言ちた。

 僕は望に乞うて布津御霊を召喚してもらった。通常の槍ではどうにもならない気がしたのだ。

 たった一人で僕たちをここへ呼び込んだ相手だ。一筋縄で乗り切れる相手であるはずがない。その上、余裕があるのか、何なのかわからないが、一向に岩場の上から立ち上がろうともしない。

 僕の耳に小さな響きで風の音がしたと思った途端、静音が軽く声をあげて背後に飛び退った。

 速すぎで何が起きたのかがわからなかった。

 静音の名を呼び振り返ると、彼女からわずか数メートルの距離にそれが立っている。

 静音が間髪入れずに身をひるがえし、口早に呪を唱えて、爆風を起こした。

 そして、僕の背後へ着地する。

 その首筋に赤い斑点がみえた。目を凝らすと、彼女の肩が裂かれている。

 赤い斑点にみえたものは静音の血しぶきだ。

 いつやられたと唇をかんだ僕の腹部に強い打撃を感じた。

 動けない。

 地に転がされ、僕を見下ろすようにそれは立っていた。

 こいつはいつ動いたんだ。全く受け身をとれなかった。

「弱いねぇ、それで本気だしてるの?」

 白いフードの中から見え隠れしている髪色は金糸のように細く、美しい。

 瞳の色は深い蒼。鼻筋の通った端正な顔立ちをしている。

 僕と背格好も年齢もそうかわらない少年だ。

 彼の右手には刃渡りは1メートル前後、幅は2.5センチメートルかそれ以下の細身の剣が握られている。その切っ先は静音の血で赤く塗れている。

「僕のレイピアが暇をしてるんだけど、いつまでそうしてるつもり?」

 狂気。どこかおかしいとすぐにわかるほどの異様な雰囲気だ。

 冥府の役人がこうも表立って僕たちを攻めてくるなんてありえない。

 僕は振り下ろされる剣先をかわし、立ち上がった。

 布津御霊をしっかりと握りなおし、歯を食いしばった。

「宗像って槍使いばっかなわけ? 僕、飽きてるんだけど?」

 彼がわざとらしく背後を指さして僕にみせた景色に絶句した。

 梅の紋を背につけた羽織の人間が複数倒れている。

 駆けだそうとした僕の鼻先に目にもとまらぬ速さで剣が突き出された。

「よそ見はしないでよ、相手はこっちだ」

 冷静になれ、落ち着けと言い聞かせても右目がうずいてくる。

 耳の奥でしっかりとわかるほどに慟哭がした。

 黄泉に潜れるのは僕と勾玉を身に着けている静音だけだ。

 だとしたら、彼らがここにいるのはおかしい。

「彼らは黄泉にもぐれないはずだ……」

 少年はにやりと笑んだ。それも質の悪い笑みを浮かべている。

「道反の禁域を死守すると言い張るから相手をしてあげたんだ。 そうしたら数分ともたずに動かなくなっちゃって。 一応、僕は死神だしね。 いずれ死ぬのなら、いっそ骨も肉も綺麗にしてやろうと思ってさ、こうやって墓場へわざわざ連れてきてあげたわけだよ。 なかなかの重労働だったよ。 褒めてくれなくちゃ」

 頭がくらくらする。

 目の前にいるこいつは生きたままで悪鬼の餌食にするために、わざわざここへ連れてきたと、たった今、そう言った。

 歯を食いしばりすぎて、口の中に血がにじんだ。

 倒れている数は一人や二人じゃない。数十人いる。

 それは皆、僕の家の人間だ。

 全員、宗像の黄泉使い達だ。

 僕がもっと早く出雲へ戻っていればよかったんだ。

 どうしようもないほどの悔しい気持ちと一緒に涙が頬を伝い落ちる。

 彼らはまだ死んではいない。だが、動けないことだけは確実にわかる。

 こんな状態で悪鬼が跋扈する場に放置するというこのバカげたことをこいつは今、その口で僕に言っている。

 静音と奏太が僕の名を呼んで、制止を求めたが僕にはもう無理だ。

 わずらわしいフードをはずし、マントを脱ぎ棄てた。

 僕のこの羽織には宗像望月紋が描かれている。それをさらしたって構うものか。

 僕の羽織の家紋を見るや否や、彼はさらに品のない笑みを浮かべた。

「みーつけた! 宗像貴一だ! 僕が一番乗りだ!」

 まるでおもちゃを見つけたようにきゃらきゃらと笑う彼の姿に反吐が出た。

「特に宗像の血は超一級品。 その宗像の至宝が君だ。 宗像貴一くん。 君は超有名人なんだよ」

 何を言っているのかわからない。僕が何だって言うんだ。

「黄泉使いの血って甘いよね。 悪鬼が欲しがって仕方がないのがよくわかっちゃうよ。 下々の黄泉使いであれだけ美味なんだから、君のはどんなに絶品なんだろうか?」

 こいつは僕たち黄泉使いの血を口にしたことがあるのようなことを言う。

 よく見てみると、彼の唇の端が血で汚れている。

 倒れている黄泉使い達は傷を負わされただけでなく血を奪われたのか。

 だから、より動けないのだ。

 これが死神のやりようか。

 こいつが裁かれない冥府など、許すものか。

 ダメだ、もう僕は怒りをコントロールすることができない。

 いや、もうコントロールしようとも思わない。

 こいつだけは絶対に許さない。これまで生きてきて、これほどまでに制御のきかない怒りがあることなど僕は知らなかった。

「いいねぇ、すごくやる気になったじゃない?」

 片刃の槍の切っ先に指をそっとそわせた。刃がそれを吸いきるとずしりと重みを増した。準備を整えてから、風を斬り、僕は槍を構えた。

「宗像貴一くん、教えておいてあげるよ。 僕が夏の組の雪だよ。 名前はコルリっていうの、覚えておいてね」

 コルリと名乗ったこの馬鹿垂れは頭のねじが外れたようにくくくと笑った。

 確か、冥府には春夏秋冬の4つの特殊部隊がある。

 各組には雪月花の3名が配置されているはず。

 春夏秋冬の順に強く、又、雪月花も同じ。

 つまりはこいつが全体のNo.2。

 そして夏の組の長。

 静音もそれを聞いて、すぐそばで、さらに力を入れて身構えた。

「現状がわかっているみたいで感激だよ」

 静音の考えたことが僕にも手に取るようにわかった。

 雪月花は必ずスリーマンセルだ。こいつは絶対に1人ではない。

「ノビタキ、ノジコでてきてあげなよ」

 彼が指を鳴らすと、すぐ背後に双子の美少女が現れる。

 彼と同様に金糸のような髪が日本人形のように肩あたりでバッサリ切られている。

 ノビタキとよばれた方の瞳は橙、ノジコはエメラルドグリーンだ。

 静音が野鳥の名前だとつぶやいた。

 なるほど、小瑠璃、野鶲、野鵐というわけか。

 本名かどうかはわからないし、そもそも名前をもっているのかもわからない。

 夏の季節の野鳥の名前を持っていたって、可愛げなんかないとすぐ隣で静音がぼやいた。この緊迫感ある中で、静音は真顔で彼らの名前を批評したのが、どうにもおかしかった。 

 静音の心の根っこでは今何を思い描いているだろう。

 正確に相手の力量をはかっていることができていれば、僕たちは冒険の始まりにラスボスにでくわしてしまったに等しいということがわかっているはずだ。

 籤運が悪すぎる。

 この連中とは守備範囲が違う、役割が違うことで住み分けてきた。

 冥府の絶対防御のために組織されているはずの特殊部隊がどうして黄泉使いをつけねらうのかなんてことをもう疑問に思うのはやめた。

 数日、いや数か月前から僕たちの当たり前はもう通用していなかったのだろうし、今更、例外に出会うたびに何故なんて問いをするのは無意味でしかない。

 眼前にいるこの三人からは強烈な狂気と殺気しか感じえない。

 今日はお日柄も良くなんてご挨拶ができるような空気であるはずもなく、猛獣のいる檻の中に丸裸で投げ込まれた絶体絶命のそれだ。

 常識で刃をかざしたところで、まっとうな勝負ができるとは思えない。

 僕が小瑠璃、静音が野鶲、望が野鵐と向かい合う。

 向かい合っている相手は人だ、悪鬼ではない。

 でも、躊躇すれば僕らは一気に五体不満足。

 嫌な汗が輪郭をなぞるように伝い落ちていく。

「殺すなっていうお約束があるんだけれどさ、不慮の事故は仕方がないよね」

 小瑠璃がにやりと笑んだ。

 真っ白の肌に、頬だけがうっすらと赤くなり、彼らがが興奮しているのがわかった。まるで腹をすかせて獲物をみるように唇をなめて僕たちを見ている。

 悪鬼以上に汚らわしいと僕も静音も眉根をよせた。

「どれほどのものか見せてみなよ」

 突き出されてくるレイピアの先を槍で払う。

 三方向で同時に一斉攻撃を受けた。

 狐の姿をやめた奏太が長剣で野鵐の振り下ろしてくるクナイの刃をしっかりと受けていた。

 静音と野鶲は術者同士のぶつかりあいで、爆風だけがこちらにまで届いてくる。

「よそ見はしちゃいけない」

 小瑠璃が僕の袖口をつかみ、引き倒すように地におしつけてくる。

 ぐっと足を踏ん張り、僕は横に身をそらし、何とか転倒を防ぎ、彼の足元をすくうように槍を振るった。

 小瑠璃はそれをひょいとよけ、間髪入れずにレイピアの切っ先を突き出してくる。

 スピードがはやすぎて、その動きをまだ目で追えていない。

 動くとわかった時にはもう切っ先が僕の体に届いている。

 傷口は小さいが、1ターンで3か所はやられていてはどうにもならない。

 何とか策を見出さねば、反撃に転じることができない。

「ぶっとんで強いあの女王みたいに暴れてみてよ。 僕はそれが見たいのに」

 女王の闘いなんて僕は知らない。

 宗像嫡流は姉であって僕ではないのだし、僕にそんなことを要求されてもできるわけがない。

 とめどなくわいてくる怒りだけではこの力量の差をうめることができない。

 実戦でここまで力量の差のある者と対峙した経験がない。

 考えろ、考えろと言い聞かせるが、常に後手に回る。

 小瑠璃の非力に見える細腕で軽く触られただけで、簡単に3メートル近く吹っ飛ばされる。何とか受け身をとろうにも、肋骨あたりをやられたらしい僕の体は悲鳴をあげて、素直に従ってはくれない。思う存分、岩場にたたきつけられた背に強烈な痛みが走り、息ができない。


『どうして使わない?』


 脳裏に道反大神の声がした。

 僕は唇をかんだ。

 十分にわかっている。

 ただ、あの破壊力を知っているが故に躊躇している。

 万が一つにも制御することができなかったとしたら、僕はこの場にいるすべてを破壊し尽くすかもしれない。

 動けない仲間を、静音を、奏太を巻き込んでしまうかもしれない。

 岩場に手をついて立ち上がり、呼吸を整える。

 大神、僕はまだあれを使うことはできない。

 道反大神は僕の思考を読んでくれたようで小さくわかったと言ってくれた。

 僕には女王のような圧倒的な強さはない。

 歴然とした力の差を前に防戦一方。静音と奏太も同じだ。

 今の僕では小瑠璃を叩きのめすことはできない。この夏の組と真っ向勝負をして、退けられるだけの技量が僕らにはない。

 だったら、僕がこだわるべきは倒れている仲間と僕らをここから離脱させることだけだ。


『名誉の撤退をするのかい?』


 頭の中で大神の声がする。

 僕はそれに小さく頷いた。


『逃げるが勝ち。 良い言葉があったものだね』


 僕はまたうんと頷く。

 黄泉使いの王代行が尻尾を曲げて逃げたとこの先ずっとそれを言われ続けるかもしれない。それでも、僕は構わない。

 僕がどんな評価を受けようとたいしたことじゃない。僕は女王じゃないからこそ、できることがあるんだと思った。

「なめるなよ」

 僕は仮面をゆっくりとはずした。

 面白いものをみるように小瑠璃はわざと攻撃することをやめじっと見ている。

 仮面を外してみると、意外と気分が良い。

 呼吸をしやすくなったというか、解放感が一気に僕の体をめぐる。

「貴一、やめるんだ!」 

 奏太が慌てて僕の方へ駆け寄ろうとするが、僕はそれを手で制した。

 静音が僕のやろうとしていることを察知したように、倒れている黄泉使い達の体を保護するように結界をはった。

 悲痛な声をあげて僕の名前を呼んでいる奏太にもう黙れと小さくうなずいた。

 勝負は一発だ。

 護りたいものを護れる方法ならこの手にはまだ残っている。

 僕には奥の手があるのだから。

「天橋も長くもがも……」

 眼帯を引きちぎるように外してから、一つ息を吐いた。

「高山も高くもがも……」

 瞼を下ろしていたままの右目に熱がこもる。

「月読のもてる復若水いとりきて、君にまつりて、をち得しむもの」

 ここで使うことになるのかと僕は一つ息をついた。

「おのが身は、この國の人にあらず、月の都の人なり……」

 指先を槍の刃先にすべらせて、あふれ出てくる血をゆっくりと唇におしつけた。

「吾の言の葉よ、春花秋月を寿げ」

 これを発動させたことはこれまで一度もない。

 次世代である僕たちは師匠となっている親世代に個々に譲られた術式がある。

 祖父からは人生で一度か二度かしか使えないかもしれないものだから、よくよく考え使えと言われてきた。

 だが、それを出し惜しみするほどに余裕があるわけではない。

 その場に満ちていた生ぬるい臭気をまとっていた風がぴたりとやむ。

 僕はゆっくりと血がこぼれおちているままの指を右目へ近づける。

 血液の点眼などありえないことなのだが、僕はそれをすべきだと知っている。

 右の瞼にあたたかい血がポトリポトリとおちてくる。

 血液がしたたりおちたあたりから顔全体に広がるような痛み。

 やがて、その痛みは右側だけに限局し、皮膚の上を何かが走るような感覚がする。

 これで準備はできた。

「望月開眼」

 ゆっくりと右のまぶたをもちあげる。

 右に見えている景色と左に見えている景色は違う。

 右に見えている景色は夕焼けのように紅い。

「何したの? 真っ赤な炎の入れ墨?」

 小瑠璃は僕の顔を指さし、興奮している。

 その余裕がいつまでもつかな。

「時の言の葉の壱、春の夢」

 僕にこれの準備時間を与えた段階で君の完全勝利はなくなったのに、まだ気が付かないのか。もう僕はここにいないというのに。

 幻術は僕たちの十八番。しかも、これはただの幻術ではない。

 僕の場合は相手に悟られぬように、まるで春の夢を見させている間に空間転移ができる。

 何かをようやく察知した小瑠璃のレイピアが僕の肩を貫く。

 だが、僕にはもう痛みはない。小瑠璃の見ている僕はもう残像だ。

 残像であっても術式はもう展開されており、発動し続ける。

「時の言の葉の弐、桜霞」

 爆風とともに桜の花びらが舞い上がる。

 この花びらをよけきれるかなと、小瑠璃を挑発するようにきつくにらんだ。

 野鶲、野鵐が桜の花びらに見えた炎をよけきれず悲鳴をあげている。

 僕の奥の手はこれだ。

 触れた者は時を奪われる。いくら無敵といえども、その傷はそう簡単に癒えることはない。あたった部分の時は奪われ、壊死する。

 小瑠璃の表情がようやく変化した。余裕の笑みはもうなく憤怒が浮かんでいる。

 遅いんだよ、お前はと僕は笑う。

 こいつらとはいつか必ず決着をつけなくてはならない。

 だが、それは今ではない。

 この場での決着をつけることは限りなく難しいのだという現実を思い知った。

 だから、勝利はないが、負けもしない方法を選ぶ。

「黄泉よ! 吾の言の葉に従え!」

 王樹よ、王樹の泉よ、あなたの子らを導け。

「王樹よ、あなたが仕掛けた命式を魂に宿した吾らを見放すな!」

 空間が大きくゆがむ。

 そうだ、それでいいんだ。

 そして、また、僕らは凍るような冷たさの例の湖に墜落した。

  

 

  

  


 

 

  

 



  


 

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