第53話 常に攻める、それが宗像
『宗像志貴の名をもって命じる。 鬼衆よ、目覚めろ!』
紅王となってから私の刃となるべく組織された直轄組織を鬼衆という。
黄泉の鬼であった時は冥府に帰属せざるをえなかったが、この鬼衆は私の魂に帰属させているものであり、冥府の制御を一切受けない。
現在、鬼衆は6名のみであり、彼らは私の王紋を持っているだけでなく、私の血を受けている特殊な存在。
『目覚めろ』
眠っていた彼らの身体にまとわりついていた氷が音を立ててはじけ飛んでいく。
悠貴の張った氷の壁は想定以上の厚さと強度があったが、氷輪の笛の音はそれをものともしない。跳ね返されては私の名が廃るようなものだ。力押しして、砕いていくのみだ。
『泰介、公介、時生、咲貴、冬馬、聡里……』
調べは責にかえ、より強く、より高く響き渡らせる。
この6人は私との絆が深すぎた故に、私が封じられた際にそのあおりを食ってしまった。だが、もう私は目覚めている。殊の外、強烈だったろうが、悠貴の印も解除したのだから目覚めないはずがない。
『いつまで眠っているつもりだ?』
奏太の殺気が私や一心を飛び越えて、眠る6人に向けられたのを感じた。
このタイミングで殺気をむけるというのかと面白くなった。
悠貴の防御壁がいかに強烈だったかがよくわかる。奏太は手を出したくとも、出せなかったのだ。
愉快すぎるではないか。子供の命がけの前に奏太は何もさせてもらえなかった。あの歴戦の奏太が20年も生きていないような子供たちにしてやられたのだ。
どの段階から悠貴はしかけていたのか、後に彼女にきいてみたいものだとにやりと笑んでしまう。
「志貴! 血系異端が宗像の仇となるのはわかっているだろう? お前は希代の王なのに、どうして皆を護り、封じようとしない?」
奏太の言葉は私の琴線を刺激した。
私は思わず、龍笛から口を離してしまった。それほどに奏太の言葉が私の心に突き刺さったのだ。
「血系異端と、今、お前はそう言ったか?」
お前が血系異端と口にするのかと私は睨み返した。
この言葉をお前が知っているとは思わなかった。
「お前の言うように、私は宗像の王だ。 私が『紅』の号をもっている王だと、知らないわけじゃないよな? 私はしきたりが嫌いだ。 古い思想も嫌い。 最も嫌いなものが何かわかるか? 予定調和という奴が死ぬほど嫌いだ。 ついでに言うと、お前のような輩も嫌いだ」
今度は奏太の目が大きく見開かれた。
私の琴線に触れた言葉が何であったのかを、奏太がようやく把握したようだった。
「志貴とやりあうつもりはない!」
「私はお前と存分にやりあうつもりでいる。 お前が奏太でも、そうでないものであったとしても、何せ、私は宗像の王だからな」
私はひどく残念な気持ちになっていた。心のどこかで、こちらへひっくり返ってはくれないだろうかと甘い考えがあったようだと自省した。
信じたい気持ちはもうない。持ってはいけないと覚悟した。
どんな正義があったにせよ、奏太の正義は誤りだ。
誤っている者を野放しにはしない。
これは玉座に就いた時に一心と決めたことだ。
私たちのただ一つの取り決めは、『どれだけ近しい者であったとしても、誤った者は見逃さずに正す』。これだけだ。
私は奏太から視線を外した。もう話すことはない。
もう一度、唄口に下唇を押し付けた。
哀しい唄は奏でたくはないが、もはや覚悟は決まった。
『私の手足をもぎたいか? やってみるが良いよ、受けて立つ』
鬼衆が目を覚ませば、形勢は大きく変わる。
未熟な子供たちが私の力を行使するのとはわけが違う。
6人は行使しなくとももとから強い。それが王である私の力を行使するとどうなるかを奏太は知っている。
さらに言えば、この6人は過去に幾度も死線を潜り抜けてきており、泥臭い闘いもいとわず、徹底的に勝利をもぎ取ってくる性質にある。
本来であれば、その役割を果たすべく6人が6人とも一堂に会することはない。
一人ずつでも厄介なクラスの黄泉使いが、そろいもそろってここにいる。
その恐ろしさを誰よりもわかっているのは奏太のはずだ。
『3,2,1,0……』
龍笛の調べを責から和へと転じる。
もう時間の問題だ。彼らの魂は目を覚ました気配がする。
『子供たちを救うぞ!』
びしょぬれだという暢気な声が聞こえた。
もっとも早く目を覚ましたのはやっぱり時生だった。
時生はぽりぽりと頬をかいて、こちらをちらりと見た。
「やあ、志貴……君は無事かい?」
私は龍笛を吹きながら、軽く頷いた。
時生の視線を前方に促すとその先に娘を見つけたのか、血相を変えて、駆け出して行った。小さな体でめいいっぱい闘っている静音を目指して、全速力だ。
「静音! なんてことだ!」
起きぬけに、恐ろしいほどの炎の刃をまき散らせる術師など時生くらいのものだろう。ランクの高い悪鬼がぼろきれ同様に吹き飛ばされていく。
静音に手を伸ばしかけた悪鬼の首を素手でつかんでそのまま喉をにぎりつぶしてしまうあたり、もう鬼畜だ。
子供を狙うのは良いが、その親が誰か把握してから挑む方が賢いぞとほんの少し悪鬼を哀れんでしまう自分がいた。
数年ぶりに時生の戦闘を間近でみたが、破壊王っぷりは健在のようだ。
左の首筋に王紋の証が浮かび上がっていない所をみると、私の与えた力はまったく行使していない。武器も術も使用せず、ただ素手で握りつぶすとは、さすが我が師匠、相変わらずの強さだ。
「志貴、戻ってきたのか……。 さて、公介、やるとしますかねぇ」
「寝起きそうそう闘いたくはないがなぁ。 泰介、お前1人で十分じゃねぇの?」
腰が痛いだの、頭が痛いだのと互いに言いあいながら、続いて目を覚ましたのは大御所二人組だった。
彼らは私に何の指示を求めるでもなく、王樹のたもとで伊織に抱きかかえられたままで意識を失っている悠貴のもとへ足早に移動した。
公介が悠貴の額に手を触れ、ようやったと一言告げると、伊織からその身体を受け取った。
「泰介、俺はこっちでうちの弟子を何とかする」
「わかったよ。 僕はあっちの結界を補強する。 君も来なさい」
泰介は伊織を伴って泉に沈んでいる黄泉使いと唯人の山を死守するために早速結界を張り始めた。泰介が何か指示すると、伊織が体全体で驚いている様子だったが一も二もなく従わせている様子にこれまた苦笑いだ。
伊織の感性はうちで生き抜くなら上出来だ。泰介に逆らって良いことなど何一つない。この双子はただのおっさん達じゃない。現在の宗像における長老職2名であり、ご意見番というより、法律みたいなものだ。王である私の意向すら奴らはあっさりと却下してくるほどに厄介な生き物だ。
「立てるか?」
「何とか、立てる」
聞き覚えのある声がして、視線を右方向へずらす。
冬馬と咲貴が目覚めたようだ。
相変わらずの甘い関係のままらしく、冬馬がそっと咲貴に手を差し伸べている。
見ているだけで恥ずかしくなってくる。
冬馬の王子様具合は年を重ねてもかわらないし、咲貴のお姫様具合も同じだ。
彼らが鬼衆になったのは27歳くらいだったか、私より10歳は年を重ねており、大人の色香を十分に身に纏っている。
見てくれだけでいけば、一心、冬馬、咲貴は同年齢くらいにみえる。
肉体年齢20歳の壁を超えることができなかった私はどこか置いてけぼりの感覚が残っているが、それももう慣れた。
「聡里、行けるか?」
冬馬はしっかりと立ち上がると、遅れて身を起こし始めた聡里へも手を差し伸べた。
「すまん。 行ける……。 どうなっていやがるんだ?」
聡里も頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
3人は私が氷輪を手にして奏でている様子に眉を顰め、一瞬無言になったが、前方で悪鬼をなぎ倒している時生の背中をみて、事態を把握したらしかった。
さらに、彼らの眼は信じられない光景を捉えた様だった。
「奏太!?」
三人がどうしてという顔をしてこちらを見たが、私は笛を吹き続けねばならない。
一心が私にかわって、手短に彼らに説明をしてくれた。
動揺を隠せなかった3人だが、さすがは鬼衆、瞬時にごちゃごちゃと考えるのは放棄したらしかった。
互いに手で合図をして意思表示した後に、聡里は雅の元へ、冬馬が珠樹の元へかけて行った。
子供たちの歓喜の表情が見える。緊張の糸が切れたように、頬に大粒の涙がこぼれおちているのが遠目にもわかった。
それぞれの師匠が隣に居るのだから、涙をこぼしても仕方がないだろう。
「貴一は……あの子をどうしたの?」
咲貴が私のところへ来るや否や、槍を構えながら、口を開いた。
ここに貴一だけがいない。貴一は私の失態のしりぬぐいをしているようなものだ。
私はただ目を伏せる他なかった。
「志貴をここへ取り戻すために、貴一がかわりに封じられた」
一心が私にかわって答えてくれた。予想はついていたが、咲貴は眉間にしわをよせ、顔を真っ赤にして激高した。
「犠牲にしたなんて言わないわよね!?」
これには心外だと一心が怒鳴り返した。
一心もかなり憤慨していたが、本当の母親である私以上に咲貴が貴一を愛おしんでくれているのがわかり、私はうれしかった。
「取り戻す! そのために今、総力戦してんだ!」
一心と咲貴はいつもこうだ。
顔を突き合わすと、何だか喧嘩に近いことになる。
「子供たちが命懸けでここまで御膳立てしてくれた。 大人がそれを無駄にするなどありえんことだ! こっからは親の世代の出番だろ? お前、寝起き早々でちゃんとやれんのか?」
「あんたに言われなくてもやるわ! 私は宗像本家の若当主ってこと忘れたの?」
睨みあいをしている二人だったが、私の元を離れることなく、そばにいて、私に近づこうものがいるなら問答無用でたたき切ってくれる。
性が合わないのは昔からだが、そのわりに二人の槍舞は息がぴったりで見事な演舞のようになる。
『紅王、お前の存在自体が腹立たしい』
背後で複数の声がする。
夜が来たか。
奴らとはいつかけりをつけるつもりだったがこんなに早く接触してくるとは眉を顰める。タイミングは最悪だが、だからこそ、ここで絶対に尻尾をつかんでやる。
『天月眼をお前の制御下にはいれさせんぞ?』
貴一はものではない。その瞳も貴一の魂そのものだ。
私はあの子を操り人形にするつもりなどない。
『柔らかく言うたところで、鳥籠ではないか?』
私の鳥籠は全長3500kmだ。籠だと気が付かせるつもりもない。
一心と咲貴の槍の動きの速度が増している。
後方で、前方で、ぶつかりあう金属音と火花が散っているが、私を中心とする半径10mの円の内側には爆風一つ届かない。
私には近づけないよ、この笛を吹き続けられる限り、私は何人にでもなれる。
時生が、冬馬が、聡里がそれぞれの弟子とペアリングして地面が見えないほどにあふれかえっていた悪鬼を薙ぎ払っては、焼き捨てているのも視界に入っている。
背後に控えている王樹の袂では公介が悠貴を回復させるべく動いており、泰介と伊織は泉に沈めている黄泉使いの血族達を今度は外界へ一斉転送するつもりのようだ。
泰介は意地が悪い。この状況を利用して伊織の能力の全容を把握するつもりだろう。
『確かに、お前に手出しはできん。 だけれど、子供は別……』
夜はくくくと声を上げて笑っている。
貴一にまだ手を伸ばせると聞こえる。負け惜しみとしても、気に障る物言いだ。
『女王は屈さなくとも、その子はお前ほど強くはないぞ? 天月眼がお前になかったことが惜しい。 魂が弱ければ、天の勇とうたわれる瞳はただの呪いでしかない。 呪いを背負わせ、血族を背負わせ、押しつぶされる前に手放してやれば済むものを……』
だから、夜の王になってしまえばこと足りるのにと声の主は笑った。
言いたいことはそれだけか。
天月眼は呪いなどではない。
馬鹿を言うなと今度は私が鼻で笑ってやった。
『月の都は真実の王を迎え入れた。 面白くなるぞ。 冥界において最大の食わせ者となるのは高潔なる女王陛下の一人息子かもしれん。 実に愉快だ!』
ほざけ、うちの息子は信じるに足る人間だ。
食わせ者大いに結構。だが、貴一は敵にとっての食わせ者となるだけだ。
それに、あれを月の都というか。世迷言を言うのではないぞ。
棺桶のような無音の世界が月の都というのならば、私がそんな所は廃してやる。
『都を廃すとは愚かな!』
愚かなものか。
我ら黄泉使いは多くの神の庇護下にあり、神の赦しをえて、悪鬼を狩ることを生業としている。ただそれだけの人間だ。
冥界だの、夜だのは知らん。
我ら人間はこの世の大地から離れてはいけない。
命を寿いで生きるというのはそういうものだ。
人としての身の程を知り、多くを望まない。
そう誰にも望ませはしない。
『未来は愉快だぞ? 宗像貴一が邪の象徴として水に封じられるぞ? 害をなす、邪なる者とされるのに、その裏で、多くの血族からその血を奪われ続け、餌にされる。 お前たちの血族はおぞましく、汚らわしい道に手を染める。 夜の王になればその悪夢から逃げることが叶うというものだ!』
ご丁寧にどうもありがとう。
私がそれをさせない。故に、そのような未来は来ない。
万が一にもそのような血族となり果てるのならば白の王に滅ぼしてもらう。
もしくはすべてを悪鬼に喰わせてやる。
それに、夜のお前たちがどうしてその未来を知っているというのか、いささか疑問が残る。
夜に先は見えないはずだろう。
見ることのできる者がお前たちにその未来を伝えたか、それとも、お前たちが欲しい未来のために誘導しているのか、どっちだろうな。
『必ず、夜の側へ堕とす』
そうか、堕とせるのなら堕としてみろ。
うちの息子が一人だったのならばどうにでもできたかもしれないが、残念ながら一人にはもう戻れない。
何度も言っておく。
月の都とやらは私が廃するし、息子の天月眼は呪いではない。
そして、人は地に足をつけ、時を動かすものだ。
役割でそれを遅らせることがあったにせよ、私が王である限り、私の血族たちには皆一律に終わりを与える。
すべてが永遠である世界など、心が動かず、面白みもない屑籠でしかないからな。
そのために、今は氷輪を休みなく吹き続けてやる。
この調べの真骨頂はこれからだ。
王紋の保持者に力を与えるだけだと思うなよと私はゆっくりと目を閉じる。
【天橋も長くもがも、高山も高くもがも、月読のもてる復若水いとりきて、君にまつりて、をち得しむもの。 おのが身は、この國の人にあらず、月の都の人なり。 吾の言の葉よ、春花秋月を寿げ】
氷輪より唇を離した。
ふうっと息を吐き、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「一心!」
本当は納得していない顔をしているが、彼は槍の先端を私の方へ向けた。
こういう時は彼はもう何も言わない。
私はその刃に腕をおしつけ、血をにじませる。
ぽとぽとと流れ落ちてくる血液を使い、梅の花を描く。
静音、珠樹、雅の足が止まる。彼らの足元の地面がわれ、私が血液で紡いだ赤い糸が飛び出して拘束したのだ。ほぼ同時に、眠ったままの悠貴の腕にも同じ赤い糸がからみついたのを横目で確認した。
時生が私の名前を呼び、何をさせる気だと言うようにこちらを見た。
交換するのなら一には一だったろうが、送り込むことはこちらの自由だ。
予定調和などあるわけがない。
私のような輩に必ず崩されるものだ。
これまでも幾度も味わってきたことだろう?
「私は誰だ?」
この問いに、一心が体中の息を押し出した後に、宗像志貴だとつぶやいた。
「時生! 咲貴、冬馬、聡里! 私を一体誰だと思っている?」
時生がそうだったとぼやくように言って、咲貴と冬馬、聡里も空を仰ぎ見た。
泰介と公介もこちらを見て、苦笑いしている。
「私の名前は宗像志貴と言うんだ。 一応、黄泉使いの親玉やらせてもらってる。 紅王って名前もあるんだけど……知ってる?」
一心が嫌というほど知ってるよと深いため息をついた。
「泰介さん、質問! うちの暴れ方って品行方正でしたっけ?」
はははと泰介が笑って、ないないと手を振っている。
だよねぇと私がうなずくと、すぐそばで一心が手で目をおおって、肩を落とした。
「おい、子供たち! 何でも与えられると思うなよ? いつまでも護ってもらえると思うなよ? 生まれると決めて、親の元へ来たのはお前たちの選択だ。 何を得て、どう生きるかは自分で考えろ。 親は理不尽に奪われることがないように庇護するのみのもの。 与えられるまで待つな。 何事も欲しければ、その手でつかみとれ。 それが『宗像』だ!」
雅と珠樹は面食らったような顔をして口をあんぐりとあけているが、静音だけはわずかに口角をあげて笑ったのを見逃さなかった。
白川静音、良い感性をしている。さすが、貴一の半身となる予定者。
【紅花の宴】
地響きと共に彼らの足元だけがぐにゃりと波打ち始める。
私の花を受けていない者の時間は制止する。
まぁ、奏太には通用しないだろうが、その場合は時生が何とかするだろう。
時生に目をやるとほぼ同時に、暴風が吹き荒れ、奏太や壱貴の視界を奪い、完全に動きを制圧している。
「宗像貴一の元へ、花を捧げよう。 吾の花たちよ、お前たちが欲しいものを惜しげもなく、何もかももぎとってこい!」
彼らは私の花を受けた。それに、隠し舞いを習得したらしい証がちらりと見えた。
やってくれるではないか、月の名を与えてくれた神々よ。
鬼衆であっても得られるものではない舞を神々が与えたというのなら、私は彼らにかけると決めた。
「闇は闇、穢は穢。 黄泉津大神の名をもって命じる。 根の泉に眠りし神々よ、吾の花が迷わぬよう、月の都へ届けよ」
ごうと音を立てて、地割れした隙間から黒い靄が立ち上る。
「得られぬのなら、お前たちはそこまでだ。 貴一とともに夜に堕ちるなり、悪鬼に堕ちるなりご勝手に! 私は容赦なく狩るからな! せいぜい、私に狩られるような脆弱なボロキレになるんじゃないぞ」
やってやるよというように静音の眼が笑っていた。
雅や珠樹はまだ呆然とした中にあったが、それでも、彼らの拳にぐっと力が入っているのを目にし、私はうれしくなった。
彼らは皆、ちゃんと貴一を理解し、大切にしてくれている。
「ゴールデンエイジの意地をみせろ!」
ぬめりを持った黒い水が大きな腕を作り出し、彼らを地中深く引きずり込んでいった。3人が直前で、うんと大きくうなずいたような気がした。
彼らは自分たちが『ゴールデンエイジ』と言われる所以を知っているのだろうか。
いや、知るはずがないな。
私が王として立った時に古文書はすべて焼きつくしたのだから、知る手立てはない。
「過去など知るものか」
玉座を得てしばらくして、号をもつ正式な王だけが絶対に目を通さねばならないという最重要機密文書に目を通すこととなった。
読まねば良かったとひと月近く、ほぼ口をきかず、王樹の袂ですごしていた頃、王樹が突如として私に語り掛けてきた。
紅王の代をもってこの最重要機密文書を焼き払い、過去を一掃してくれるというのならば万年の庇護を宗像に与えるがどうかという申し出に、私は一も二もなくうなずいた。
こうして、私が歴史の痛み、過去の真実を知っている最後の人間となった。
「過去などいらん。 王樹、そうだろう?」
『そうだ、過去などいらん』
ゴールデンエイジ。
彼ら5人が黄金世代だと言われる所以は全員が生まれながらにして、抜群のポテンシャルを持っていたため、何も知らない私以外の黄泉使い達はこぞって天才たちが生まれてきたのだと歓喜に沸いた。
私もそれにのっかるようにして、大喜びすることにして隠した真実があった。
彼ら5人の眼球には常人では判断できないほどの小さな紋様が生まれながらにして刻み込まれている。これは血系異端と呼ばれる王樹や神との絆を息をするように行使できる特殊能力者の証でもある。
ただ優れている者というだけですめばここまでひた隠しにする必要はないが、血系異端の者は下手をすれば王の能力を軽々と超越するだけでなく、王樹をも制御下にいれてしまう危険性があったため、歴代の王が極秘裏に彼らを抹殺してきた血塗られた歴史があるのだ。
血系異端が恐れられる原因となったのが私と王樹が焼き払うこととした機密文書に記されていた最大の事件にある。
『同じにはならん』
王樹の声が哀しい響きを含ませている。
「王樹、あんたが何が何でも私を死守した理由は彼らと闘わせるためだろう? 実のところ、夜の奴らより、私は彼らの方が厄介だと思っているが、どうかな?」
『焼き捨てたはずの過去を知る者がお前以外にも残ってしまっているからな』
「わかっている。 それが敵に回った理由だろうからな」
『彼らはまた血系異端を裁こうとするだろうか?』
「その呼び方をもう捨てよう。 彼らは血系異端ではなく、ゴールデンエイジだ。 あの時、私がすべてを引き受けた。 だから、もう、好き勝手にはさせない」
さて、ここからは大人の事情で戦争をはじめるだけだ。
子供にはまだ子供でいてもらう必要がある。
えぐいやりとりは、大人が解決すべきことだ。
私は貴一を救えと送り込むことで、体裁よく、子供たちをこの場から遠ざけた。
「私が古文書で焼かなかったのは『宗像壱貴』に関する文献だけのはずだけどなぁ。それ以前の文献にしか記されていないはずの内容にもやたらとお詳しいのは何故か説明してくれるか? 私が焼き払ったのは『王』にしか読めないように呪がかけられている最重要機密文書すべてだぞ? 私を最後にもう誰一人として知ることはないはずなんだ。 だから、内容を知っているとしたらそれは私以前の正式な王であった者のみということになるなぁ……」
私は壱貴ではなく、奏太を見た。
「王はこの機密の内容を他言しようとすれば、数年は動けなくなるほどの罰則を受ける。 それほどに厳重に管理されていたものだぞ? 古文書を焼きはらっても尚、呪は有効になっており、紅王の号をもっている私でさえ半身である一心に吐露できずにいたというのに……。 おかしいよなぁ、お前がどうあっても知るはずがないのに、天月眼についてお前は正確に知りすぎている。 それに、血系異端というワードを口にした段階でアウトなんだよ、奏太!」
一心がすぐそばで小首を傾げている。聞いたことのない言葉だからだ。
そう、この反応が本来の正解なんだ。
「血系異端が何であるか知っているのは号を持つことを許された王のみだ。 よくもまぁ、偽りで固めたまま、下僕風情ですごされていたものだ」
奏太が険しい表情のまま、こちらを見た。
「徹底的にやりあおうじゃないか? なぁ、蒼の王殿」
宗像壱貴、王号は蒼。
日本の黄泉使い達は彼に祈る。
任務の前にどうかお守りくださいとかつての千年王である蒼の王に祈るのだ。
「夜闇から皆を護る蒼の炎。 私は嫌いではなかったが、今回はやりすぎたな。 引き際を知れ」
6人の王紋を半強制的に解除し、攻撃の合図を出した。
そして、私の朔である一心をそばに寄せた。
「一心、捕縛が困難と判断したら……」
わかっていると静かにうなずいた一心の表情が哀し気に歪んでいた。
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