第61話 月の涙と隠し舞
「歯を食いしばれ、あたし! しっかりしろ、白川静音!」
貴一が外へ行け、現実の世界へ戻れと言った。
怒鳴りつけられたことなどこれまで一度としてなかったから、命令の最上級であることはすぐにわかっていた。だけれど、あの命令にだけは従いたくなかった。
離れろという命令にだけはどうしても従いたくはなかった。
「落ち着け、あたし!」
リアルに身を斬られる方がマシというほどの恐怖だ。
がくがくと震える両膝を思い切り、拳でたたきながら、落ち着けと言い聞かせる。
わずかでも気を緩めてしまうと、涙がこぼれおちてくる。
貴一が私を信じている。私を頼りにしている。
「しっかりしろ、あたし!」
今度は右の頬を思い切り、手ではたいた。
たたいた頬の痛みより、まだ恐怖が上回っていて、痛みが感じられない。
慟哭が責め立ててきて、吐きそうだ。
両膝に手を置き、足元に目をやると、長い髪が零れ落ちてきた。
ローズゴールドで綺麗だなと褒めてくれた貴一の声が蘇ってくる。
ぐっと唇をかんで、目を閉じてみる。
貴一の刃になれるのは私だけだ。貴一を傷つける者を排除できるのも私だけだ。
今、起きている現実はもうどうしようもない。だけど、これからは必ず変えられる。すべての現実が数珠つなぎのように連なり、未来となるのだから、動かねばならない。悔いて、泣いて、わめくだけで動かないのは愚か者のすることだ。
ゆっくり息を吐きだし、瞼を持ち上げる。
「白川静音! 貴一を護り抜けるのは私だけなんだろう? しっかりしろ! 行くぞ、あたし!」
五感がはっきりとしてくる。
着物が汗か、血液かわからないもので湿気ており、肌に張り付いて気持ちが悪い。
肩が痛い、頬が痛い、背も何かひきつるような感覚も戻ってくる。
馴染みのある森の香りがして、相変わらずの強さの北風が前髪を持ち上げた。
「迷いの森ってか」
方向音痴は性質だ。これを変えることはできない。
方位磁石より正確な貴一がいないのはこうも面倒だとは思わなかった。
私は右手を土の上におしつけて、ふうっと息を吐いた。
「案内してくれるか?」
手の平の下の土がわずかに波打って、白い何かがにょきっと首を出した。
パープルの綺麗な瞳と目が合うと、白蛇はゆったりとした動作で地上に全貌をあらわした。
この白蛇はおそらく道反大神の眷属だ。この土地で味方をしてくれる神は道反大神くらいのものだ。だけれど、ほんの少しだけ違和感を覚えた。
尻尾に紅色で何かが描かれており、見方によっては梅のようにも見える。
神の使いにしてはどこかこなれた感じがする。でも、たぶん、大丈夫だ。これも勘なのだけれど。
「貴一のために動く必要がある。 道反大神のところへ行きたい」
蛇はついてこいというように、動き始めた。
背後で複数の足音がして、振り返ると、雅と悠貴、珠樹が困ったように笑ってくれていた。
彼らもありていに言うならばボロボロのままだ。それでも、目は死んでいない。
「鏡を破壊しろって、女王様に伝えなければならない。 ここは道反だろう? 静音、こっからはあんたに従う」
悠貴が周囲を見渡してから、私をゆっくりと見た。
出雲に長けているのは貴一と私だけ。私はうんとうなずいて、蛇の後を追っていく。
迷いの森は視覚を一番に狂わせる。だから、足元以外に目をやってはいけないと三人に告げると、出雲はやっぱりわからんことだらけだと各々に深いため息をもらされた。
厳島も熊野も京都も、黄泉使いの五感を狂わせるほどの迷いの仕掛けはない。
道反だけはトップであったとしても、気を抜けば、完全に迷い込む仕掛けになっているだけあり、これを初体験の彼らには『とんでもない物』に認定されるらしい。
「貴一は迷わないよ」
これは真実だ。
パーティの中に貴一がいるのと、いないのとでは出雲の大人たちも気構えが違うのだ。これは父である宗像時生も同じで、貴一がいれば貴一に道案内役を与えるのだ。
幼い頃から馴染んでいるといえ、ここは馴染み程度で抜けられるような土地ではない。道反大神の庇護のある貴一にだけは迷いの封陣が一切作用せず、貴一の目にはまっすぐ一本道にしかうつらないらしい。
「道反の禁所に俺達が近づいても問題ない?」
すぐ後ろにいた雅が心配そうにきいてきた。
道反大神は黄泉使いにあっても上級中の上級であり、どちらかといえば『おとなしい』分類にはなく、『荒ぶる』に振り分けられているからだろう。
「あちらから、こちらへ叩き落された状況をみると、道反大神が呼んでくれたと思うから、問題ないよ」
貴一が最も安全で、かつ、最も力になってくれる神として道反大神を選択したからだろう。そして、道反大神は貴一のために動く私たちを排除することは絶対にない。
道反大神は貴一の背を護る神であり、絆の月でもあるのだから、貴一の刃である私たちを害することはありえない。これも勘でしかないけれど。
「以前、ここへ来た時はここも悪鬼で埋め尽くされていたのに……」
悪鬼の残滓一つないのは驚きでしかない。
むしろ、残っているのは女王の血の香りだ。
彼女の血は不思議な香りがする。一番近いのはバラのような香り立つ花のようでいて、きつい香りではなく、柔らかい香りだ。
「血香だ」
珠樹も気が付いたようで、風にのって香ってくる女王の血の匂いにホッとしたような表情を浮かべている。
この香りの中では襲われないのが常識だからだ。
浄化と封印に女王が自ら動いた証が血香だ。香りがするということは、直近で彼女が道反を取り戻していることを意味する。
「安心するのはまだ早いと思う。 戦端が王樹の泉ではなく、道反になったということだろう?」
悠貴が眉をひそめていた。ずっと黙っていたところをみると、彼女は考えていたのだろう。
「封印のために血を行使しているなら良い。 だけど、不可抗力で血をばらまいてしまっている状況であれば最悪だ」
悠貴は女王が怪我を負っていないかを案じているようだ。
「迷いの森にすら血香がするのだから……」
悠貴の言葉に、確かにと全員の言葉が奪われた。
貴一の所へ向かっていた間の時間の経過が読めない。
別次元であれば、時間の流れが大きく異なるなんてことは日常茶飯事だからだ。
黄泉使いの禁域で稽古をする時の時間の流れが違うことを誰もが知っているからこそ、怖さがせめたててくる。
『心配ない』
くるりと首を持ち上げた白蛇がこちらをむいて、話し出した。
この蛇の声はものすごく知っている声だ。
思わず、あんぐりと口をあけてしまう。
「お父さん?」
私の問いに白蛇が『はいよ』と飄々とした声で答える。
恐ろしいほどに身体中の力が抜けてしまいそうだ。
道反大神の眷属なのかハテナマークに感じた理由が判明した。
父の使い魔だ。こんなの初めて見た。父は鳶や燕を好んで使っていると思い込んでいたから、蛇は想定外だった。
「だから、尻尾……」
父はヒントをくれていた。意地悪すぎる。
おそらく、道反専用の使い魔なのだろう。
「そうなら、そうと……」
『ん? 何? あ、お帰り、お帰り。 何だ気づいていなかったのかい? どうりで、何も話さないわけか。 そろそろ話してくれる? 君たちのボスからの伝言は?』
時生の問いに、悠貴が鏡を破壊してほしいと返すと父の声がしばらく途切れた。
何か考えているような感じがして、私は小首を傾げた。
『女王に鏡を割れと、本当に言ったんだね?』
その場にいた全員でほぼ同時に頷くと、父はふうっと息を吐いた。
あの恐ろしい父が白蛇の姿で思案されてしまうと、どこかかわいらしくて、私は吹き出しそうになった。
『笑い事ではないんだよ、静音。 鏡は複数あるんだ。 どれのことか……』
ふいに脳裏に『対になる玉』という言葉が浮かんで、私は何も考えずにそれを口にしていた。
蛇がこちらをゆっくりと見て、父の声で『なるほど』と言った。
『記憶の海からの回答だね。 ご苦労。 よーく、わかった』
父の口調はいつも優しいのだが、たまに、底知れぬ何かが潜んでいるような感じがする。
父には何も話していないのに、父が眠ってしまってから気が付いたことなのに、もう知られている。いつも、こんな風なのだ。
父はあっさりと『記憶の海』と表現してくるあたりが怖い。
現状、過去も未来もごちゃまぜの記憶の山が私を苦しめている。
自分自身の記憶なのかすら怪しいほどの記憶の蓄積は古文書などとうに超越していることに気が付いたのは鵜戸へ行くと決めた時だ。
鵜戸への扉を開いたあたりから、どうしてかわかりすぎている自分がいて、かなり困惑した。
24番目の隠し里のこと、玉座のこと、雅の魂の核となる人間のこと、何もかもが流れるように、手に取るようにわかってしまう自分。
両の掌に目をやると、両手が真っ赤な血で染まっている気すらする。
その血は敵の物ではなく、貴一のもの。
記憶の中でもっとも恐ろしい場面がリアルに蘇り、全身に急激に震えがくる。
どうしたと雅が私の顔を覗き込んでくれるが、一度、震えだした身体をうまく制御することができない。
止まれと言い聞かせれば言い聞かせるほどに、襲い掛かってくる恐怖に唇まで震えだした。
一気に額に浮かび上がる脂汗を一生懸命ぬぐいながら、息苦しさに襟元を緩める。
手にも足にも枷などないのに、鉄の嫌な感触まで蘇る。
その感覚を振り払いたくて、声にならない声をあげてしまった。
護れないという自分の声が響いて、違うと両手で耳を塞いだ。
先へと急がないといけないのに、どうして、こんなところで膝を折ってしまうのだ。悔しい。涙が止まらなくなり、嗚咽まで止められない。
雅が一生懸命、身体を抱きしめてくれているのに、震えが止まらない。
貴一、貴一、貴一と何度も名前を呼ぶけれど、リンクできない。
『彼の命を救いたくば渡せ』
脳裏に捕縛の二文字が浮かんでは消えていく。
嫌な声がする。低い声の、柔らかな口調のあの声。
記憶の中の貴一はダメだと言った。
いっそ、渡して、貴一だけでも救えるのならそれで良いと思ったのに、貴一がそれを全否定した。それをしたら、自害するとまで口にした。
どうしろと言うのだ。私にどうしろと言うのかと、頭を抱えるようにうなる。
私に何を渡せと言うのだと思い、ふと左手に目をやった。
何もないのに、何かが見える。
手にはなにもないのに、私は何かを持っている。
「月の涙……」
勾玉だ。手の平を覆い尽くすほどに大きな勾玉。
そこには何もないのに、握りしめると勾玉の感覚がはっきりとしてくる。
白の氷翡翠は透明度が高く、向こう側が透けて見える。これが奴の手に渡れば、全てを終わらせることはできるけれど、貴一は私を許さないだろう。貴一を救い出せたとしても、二度と彼には受け入れてもらえない。
「静音、しっかりしな!」
悠貴の声に、一気に現実へ引き戻された私の左手の中には氷翡翠がある。
どうしてという私の声に、雅がすぐに隠せと声を荒げた。
夢と現を行ったり来たりしていた私は感じ取ることができていなかった。
「囲まれた……」
雅が唇をかんでいた。
珠樹と悠貴が私をかばうように立っている。
『すぐに陣を張れ。 ここから動くんじゃないよ、必ず、応援を送る! 真っ向勝負は避けなさい! とにかく時間を稼げ、良いね?』
蛇の姿も声も吹き消された。
距離にして10mあるかないか。殺気が前方から惜しげもなく注がれてくる。
前方の大きな楠の枝に座っている男の姿が目に入った。
「ようやく、見つけた……。 月讀の氷翡翠は黒と白で一対。 黒はこちらにあるんだけれど、白は僕の手から逃げ出してばかり。 白川静音、君をずっとマークしてきて良かったよ。 君はすぐにその記憶の海にそれを沈めて隠してしまう。 どの時代、どの君にそれを委ねるのかわからなかった。 千年王の糸か、君のその氷翡翠のどちらかで赦してやっても良いと言ったらどうする?」
このやり取りはデジャブだ。
血にまみれた貴一がとぎれとぎれの声で絶対にダメだと言ったあのやりとりが蘇る。
「それを素直に渡すのならば、貴一にも幼馴染達にも手を出さない」
耳の奥で貴一の声がこだまする。絶対に渡してはいけないという声が蘇る。
「死ぬのは私だけにしてくれると?」
皆が救われようと、お前は殺されるんだぞと貴一がよせと叫んでいる。
「君は氷翡翠の器となっている以上、ゆるしてあげられないが、紅王にも宗像にも手を出さないと約束してあげよう。 寛大だろう? さて、どうするか?」
月の涙がそろってしまえば、いずれ、皆、支配され尽くすだけだ。
ただ今は難を逃れたように見えても、いずれは同じだと記憶の中の貴一が叫んでいる。これでは護ったことにはならないと貴一の嘆く声が耳に残る。
「長い追っかけっこも終わりにしてあげられる」
追っかけっこは終わらないともう一人の私が警鐘を鳴らした。
渡したところで、奴はすべてを惜しげもなく奪うと言っている。
【静音、楽になろうとしてうまくいくことなど何一つありはしないんだよ。 僕と君は逃げない。 逃げちゃいけない。 君は僕で、僕は君のはず。 今の君は僕と本当に同じでいてくれているか? 考えるんだ、静音。 僕が側にいない時も考えて考えて考えて、立ち戻れ。 月の涙は美しいものだ。 主は僕だけど、僕では保管できないから君に託している。 これを持っているのはいつも僕たちだ。 宝も欠片ばかりでは奴は何もできやしない。 だったら、必ずひっくり返せるチャンスがある。 千回でも、万回でも、やりあえば良い。 迷うのはよそう。 僕らの約束を奴は盗むことはできない。 君だけが頼りだ。 さぁ、もう行って!】
曇りのない眼差しを裏切れない。どの時代の貴一も私を信じてくれている。
「無理だよ。 月の涙を穢れある者には触れさせられない。 強引に奪ったそれもあんたには使いこなせないままだろう? だって、穢れある者に核は開かれない。 陰陽そろったところで、あんたには何もできないよ」
月讀の氷翡翠は陰陽一対ではじめてその効力を発揮する。
1人が黒と白を同時に持ってはいけないという古の約束があるため、黒を預かる者と白を預かる者は時代を分けて生まれてくる。
白を預かって生まれてきた者は貴一だ。貴一はそれを私に託した。
信用してくれている。それを取引につかってはいけない。
「どんな取引にも応じない」
ぎゅっと手のひらを握り締めると、氷翡翠の感覚が遠のいた。
奴の手の届かない時代の私へ託せと念じる。
「黒の主達も君たちと同じ反応をするから永訣にしてやった。 君たちも同じにしてやろうか? 君と貴一は二度と同じ輪廻には戻れない。 どれだけ生れ落ちても、めぐり逢えない。 永訣とは地獄以上の苦しみのことだ」
「やってみろ! お前の定めた永訣など、食いちぎってやる!」
冷静になれという雅の声に首を振った。
今は、怒りのままで良いんだ。
来いと念じると右手にずしりと重みを感じた。
「闇御津羽神! 絆を行使する!」
私の声に、眉を寄せた奏太がすとんと音もなく木の上から降りてきた。
「神との絆とは面倒なことだ。 この世代、やはり癌でしかなかったか……」
「教えておいてあげる。 闇御津羽神の水はいかようにも形を変えることができる。 攻撃しようと思えば攻撃ができる。 防御しようと思えば防御ができる。 すべてを灰にしようと思えばそれもできる。 すべてを浄化しようと思えばまたそれも同じだ。 私のこれの使い方はもう決まっている。 あんたが一番嫌がる舞をするだけだ! 私は強い! 貴一が信じてるんだ! だから、負けない」
リンと耳の奥で清涼感ある鈴の音がして、身体の中に白銀の龍が入りこんできた感覚がした。
『静音、行こうか?』
うんと私はゆっくりとうなずいた。
身体に羽がはえたようで軽い。奏太の動きは異様なほどに速いが、適応できないとは思えなかった。
紅王より長い年月を王として過ごしている奴は破格に強いはず。
こんなものではないはずだ。
槍を互いに構えて、薙ぎ払って、はじきあってみると腕にしびれが走る。
切っ先で陣を描こうとしている私の軌道を嫌って、彼は崩しにかかってくるが、私は自分の視界の端にとらえた幼馴染達の動きににやりとした。
私だけが隠し舞いをできると思っている時点で高名な王たる奏太は隙をつくってしまっているのだ。
私が声高に神の名を呼んだデモンストレーションは大いに効いている。
本来は胸の内で語り掛ければ済むものだ。
闇御津羽神が賢くなったものだとふっと笑った気がした。
私以外の三人が封陣を描き切っている。
奏太の切っ先を押し返して、私は雅とアイコンタクトした。
攻守交替だ。
「桜の舞、上弦!」
武甕槌大神との絆をもっている雅の手には槍ではなく大ぶりな日本刀だ。
赤い赤い炎を纏った雷が地を空を這う。
炎が通った後には何も残らないほどの威力は、奏太の頬を焼いた。
炎は浄化、雷は奪われた者達の声だと、雅が叫んだ。
これだけの威力であっても、頬を火傷させるのが精いっぱいとはと私は唇をかんだ。
だが、間髪入れず、後方から圧を感じて振り返ったら、珠樹が薄い綺麗な唇の端をわずかに釣り上げて、重さを全く感じさせることなく和弓を引いている。すでに矢じりの先に散らばっていた光達があつまりきっており、しなりきった弦が破魔の音を響かせた。
「桜の舞、三日月」
たったの一射に思えたそれは、冴えのある弦音とその矢勢そのままにまっすぐに飛び、そして、爆音と雷鳴。爆風に土埃が巻き上がり、私はその絶大な爆発力にただただ唖然とするだけだった。
「舞に飛び道具がないと油断するとは愚かだな。 天之尾羽張、上々だよ」
珠樹のはなった矢は奏太の左肩を貫いていた。
雅はこの隙を作ったのだ。
そして、おそらく、悠貴ももう動いている。
ぐにゃりと足元が大きくゆがんだ感覚がして、私はあわてて、バランスを取ろうと試みた。
「解!」
悠貴にポンっと耳元で手をたたかれると、現実には何も起きていないと気が付いた。幻術だとようやく把握できた瞬間に、奏太が必死に後方へ退がっていくのを目にした。
「桜の舞、二十六夜!」
悠貴がふっと指をあわせて、印を取ると、黒い龍が一気に地を這って奏太へと向かっていく。それは水であり、雷だ。そして、氷と炎という矛盾した相反する攻撃とかわっていく。
「闇淤加美神、穢れある者を遠ざけて」
悠貴が小さく息を吐くと同時に、私たち全員を囲む大きな封印陣が形成されていた。それはあまりに強烈な氷の壁で仕切られており、奏太の攻撃は何一つ届かない。
「全員が隠し舞いを継承しているとはね。 それも、絆の神が天之尾羽張、闇淤加美神、闇御津羽神、武甕槌大神とは……血系異端はこれだから許せない」
悠貴の作り出した防御壁の向こうで、奏太が気味の悪い笑い声をあげた。
珠樹の放った矢は殊の外抜き取るのが困難だった様子で、矢自体を抜くことは断念していた。
「温情をかけず、全員そろっていたあの始まりの日に殺しておくべきだった。 でも、こうでなくっちゃ、面白くない! 退屈は死より苦痛だ! 伊弉冉の血を絆とする神が選んだ桜ども……今度は躊躇などしてやらんぞ? お前たちの主と共に皆殺しだ!」
奏太が喉を鳴らして笑っている。
全員が最大限の攻撃をしているのに、奏太は倒れるどころか、笑っている。
「瀛津鏡、辺津鏡、八握剣、生玉、死反玉、足玉、道反玉、蛇比礼、蜂比礼、品々物比礼」
奏太が文言を唱え始めた。
嘘だ、やめてくれと雅がつぶやいた。
雅のつぶやきは全員が同じ気持ちだった。
「一二三四五六七八九十。 布留部、由良由良止布留部」
指先を歯できずつけ、その血のにじむ指先に息を吹きかけ、ポンと右胸をたたいた。右胸を中心に蒼色の光を発する文字が自分の体を這うように広がっていく。
「暗き闇を照らす尊き月よ、汝の光を吾の血潮に呼び覚ますことを許したまえ!」
銀をはじくような柔らかな白い髪は膝裏まで伸び、その瞳の色は深く澄んだ蒼。
紅の紐を取り出すと、それで長い髪を器用に後頭部高く結い上げた。
私を含め、その場にいた全員が息を飲んでしまった。
奏太は『紅』を使用した。
紅は宗像の最上級の色であり、王の色を意味する。
「神を引きずり出した血系異端ども、敬意を表し、王として向かい合ってやろう。 この姿を見せるのはどれくらいぶりか? 千年、いや、それ以上か。 お前たちが今、使っている術や槍舞のすべては誰が基本になっていると思っている? 隠し舞い以外はすべて私が作ったものだ。 なかなか良い連携攻撃だったが、未熟だな。 時間があれば上達できただろうが、お前達にはそれをするだけの時間はもうない。 さて、お仕置きの時間といこうか?」
刺さったままだった矢が解けて落ち、頬にあった火傷も一瞬で回復してしまった。
奏太が大ぶりの見たこともないような白銀の槍を手にして、こちらをみた。
「宗像が槍で闘うようになった理由を知っているか? 私だよ。 私が槍使いだったからだ。 死に稽古になるだろうが、手合わせしてやろう。 1人ずつとは言わないよ。 全員でかかってきたら良い。 さぁ、でておいで。 それとも、引きずり出した方が良いか?」
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