第13話 隠し舞の使い手となる

 宗像槍には型と舞の二種類存在している。

 型は封印特化、舞は攻撃特化。

 強力なのは型であり、型がはまればどんな敵も無力化できる。

 だが、型には弱点がある。それは型を決めきるまでは防御一択という点だ。

 そこで、舞が必要となる。

 型と舞は、共に技の数は18ずつある。

 祖父や大叔父によって僕ら5人は全員宗像槍の基本を同時期に学んできた。

 だけれど、ほんの1年ほど前に僕と姉が型、珠樹、雅、静音の三人が舞をするように突如命じられた。

 故に、僕が舞の種類で習得できたのはたったの3つで終わってしまった。

 型のみを習得しろと命じられたからとてすべてをスムーズに身に着けることなどやはり難しく、姉が13、僕が10の型を覚えるのが精いっぱいだった。

 

『月は惜しまれて入り、桜は散るをめでたしとする』


 散り際の美。

 月も惜しまれて沈むくらいが良い、桜は散り際の潔さが良い。

 転じて、人は惜しまれているうちに潔く身を退くほうがいいという意味だ。


「引き際の美学ですか?」


 岩の上でやけに光をはじく鋼色の長い髪がゆるやかな風にまきあげられている。

 道反大神がにやりと笑んで、岩の上から僕のそばへ音もなく飛び降りてきた。

 そして、僕を別の結界内に閉じ込めた。

 何をする気かと見上げると、神の手には槍が見えた。


『時間も人も同じだ』


 大神がふいにその手にある槍を僕に対し振るってきた。

 とっさにそれを防ぐように振り下ろされてくる槍を両手で受け止めた。

 ずしりとくる重みはこれまで感じたことのないほどの威力だ。

 息継ぎができない。こらえるのに必死で歯を食いしばった。

 ふっと槍の重さが消えると、槍が振るわれる音が遅れて耳に届く。

 とっさに身をよじったが見事に脛を打ちぬかれた。


『常に物事は動くし、永久などない』


 脛の痛みをこらえて、足元にあった槍を拾い上げて身構える。

 明らかに速度があがったとわかった瞬間、僕の槍は力負けして吹っ飛ばされた。急いで受け身を取り、何とかもう一度槍をつかんだ。

 防戦一方のままだが、何とか受けることができている槍。じわりじわりと負荷が増えてくるように重みが増していく。はじかれて、数メートル後方へあっけなく吹き飛ばされる。

 祖父の力、父の力を知っているがこれは別格すぎる。

 くるりと槍を回し、おいでと僕を誘うように立つ。

 彼が何をしたいのかがわからない。

 悩んでいる僕に、『良かれと準備されたことが必ずしも最適とは限らない』と大神は言い放った。


『貴一、本来の君は型の使い手ではない』


 大神がまるで僕にみせつけるように舞の軌道を描き出す。


『舞の使い手にしたくなかったのは親の情というもの』


 だけど、と大神が僕を誘う。

 映せというのだろう。

 舞の習得方法は『映し』といって、師匠が目の前で舞の軌道をみせながら、それを弟子がうつし取っていくのだ。

 鏡の前に立つようにして、左右を気にせず、同じ動きをコピーしていく。

 舞は利き手、利き目によって左右どちらの方向から始めてもかまわない。

 右へふりあげ、左足をひく。

 槍を一回転させ、右足をわずかにひき、左足で踏み込む。

 左へふりあげ、右足をひく。

 槍を一回転させ、左足をわずかにひき、右足で踏み込む。


『舞とは真実、何のためにあると思う?』


 大神がにっこりと笑い、僕の槍をさそう。


『一度の映しで身につく舞は本物』


 ほら、こうだと大神が僕を誘い続ける。

 まるで操り糸でもついているのかのようにごく自然に、目の前の動きと寸分たがわぬ動きを僕の体がはじめてしまう。こんなに舞が動きやすいものだと思ったことはなかった。

 踊りをやめられない靴をはいてしまった。そんな感じがした。

 だが、やめようとは思わない。

 どうしてだかわからないが、この舞は僕の物になる気がする。

 大神の繰り出す槍の速度があがる。

 だけど、今度はしっかりと軌道が見えている。

 槍を振るうたびに汗が飛び散る。いつの間にこんなに汗をかいたんだろう。

 前髪が額にはりついて気持ち悪いほどに僕は体を動かしている。

 汗ですべりそうになった掌を服に押し当てて、動きに遅れないようにしっかりと槍を持ち直した。


『踊れ、踊れ、踊れ』


 地に星を描くような軌道。空には花を描く軌道。

 天地がどちらかわからない感覚になる。

 僕は地をけっているのか。


『それでいいんだ。 君にはこの舞がふさわしい』


 目を開けてみようとすると上下左右もわからない。だが、ふっと目を閉じるとそれがわかる。

 地に倒れこむ寸前で、片手をついて体をはじき起こし、今度は低い軌道で足元を薙ぐように振るう。


『型は梅に任しておれば良い。 舞わずして何が桜か』


 望も大神も僕が桜だという。


「僕は桜を信じない」

『君の桜であれば信じるに値するがね』

「意味がわからない!」

『紛い物の桜を名乗る者はいずれ淘汰される。 君が本物だ』

「本物とはどういう意味ですか?」

『梅も桜も王を示す花であり、獣を指す花ではないのだよ。 咲かせ方が異なる。 ただそれだけの違いだよ。 良いかい? 梅を信じても良い。 だけれど、己の桜を疑う必要はない』

「僕が桜になれば全てを取り戻せますか? それで女王に届くのならそれでもいい!」

『それには語弊がある。 君はもう桜なんだよ。 だからもう紛い物は名乗ることすらできなくなってくるのだから愉快なことだ』

「はっきり言ってください!」

『貴一、本物になれ。 さて、顔を上げて、これでしまいだ』

 

 えっと僕が顔をあげると、大神がゆっくりと頭上で槍を回して見せる。


『これは舞の十六夜という』


 舞の十六夜。

 僕が知っている舞の名前とは違う。

 だけど、体は簡単にこの月の名をいだたく舞を映しとろうとする。

 大神はそれをわかっているかのように、幾度もこの舞の軌道を僕に見せる。 


『いざよふ月にさそわれいでてなむぞ思ひなりぬる』


 大神がそれは楽しそうに槍を振るう。

 型はポイントと軌道は定まっているが、自分自身で最も得意とする種類の封術の軌道もからませる必要があり、師匠の振りはあくまでもガイドラインで、見様見真似では習得など絶対にできない。

 舞は映しとるだけといえど、こんなに簡単なものだったのだろうかと首をかしげるが、ただひたすらに楽しい。


『桜の舞、十六夜』


 道反大神が槍の先を地に打ち付けた。

 舞い上がったのは砂埃ではない。

 桜吹雪が目の前を覆いつくす。圧巻の美しさだ。

 手を伸ばし、思わずはっとして手を引いた。

 桜の花びらに見えているものはすべて小さな炎だと気が付いたからだ。

 小さな炎が今度はとぐろを巻く蛇、いや、大きな龍のようにうねりをつくり、地上から空へと向かって噴き上げる。

 大神を見ると、彼はゆっくりと笑んでいる。

 そして、槍の刃に指をそっとはわせて血をにじませた。

 唇の前で人差し指を立てて声を出さないようにと僕の動きを止めた。

 まるで見ていろというように槍を振り上げ、その炎の渦を夜空に舞わせる。

 そして、一気に地上へむけてたたきつけるような動作をした。

 すると、炎はまるで地上をすべるように方々へ散る。


『汝ら永訣の鳥となれ』


 指をパチンとならすと、数秒だけ無音。

 その直後に轟音にかわった。爆風に僕は耐えきれずに尻もちをついた。

 とんでもない破壊力だ。

 視界に入る限りの木々が一気に燃えつくされ跡形もない。

 舞一つでこんな破壊力があるものなど知らない。

 型にだってこれほどのものはきっとない。


「これは僕が知っている舞じゃない」

『私が知っている舞だから、当然だろうね』


 大神は手に持っていた槍を宙に放り捨てるとそれは闇に溶けていく。

 無造作に鋼色の髪を束ねなおすと、さてというように僕を見た。

 言葉はないが、映しはこの一度きりと言いたいようだ。

 僕はそれにゆっくりとうなずいた。


『月の名を持つ舞は一つではない。 だが、私のように映しを許すかどうかは貴一達次第だ』 


 道反大神は月の名をいただく舞のことを『隠し舞』と呼ぶことを教えてくれた。

 隠し舞は通常の舞とは大きく異なるという。

 その舞を譲った。つまり、映しを許した神々の庇護を得ることと同意だという。


『いつでもここで待っているとあの時に約束したはずだ。 だから、こうして私は君に映しを許す』


 道反大神が僕をしっかりと抱きしめてくれた。


『自分自身で考え、自分自身で必要なものを選び取りなさい。 その目に見えている世界が常に同じ世界かどうか考えなさい』


 彼の言葉に僕ははっとした。

 この目に頼りすぎて、僕はこの目に従いすぎている。

 未来は不確定なものだというのに、何をしていたんだ。

 静かにうなずくと、彼はよしよしと僕の頭をなでてくれた。

 そして、彼と僕だけを閉じ込めていた結界を解いた。一気に外気に触れる、そんな感じがした。


『気高き空の下を行け、私の愛し子』


 大神はそれだけ言うと姿を消した。

 うっすらとあけていく空には薄い赤色が混ざっていてとても綺麗だ。

 ふっと手元にめをやると、僕の手は豆だらけだ。

 槍の稽古でこんな風になったことなど一度もない。それだけではなく、体中が悲鳴を上げている。楽しくて夢中になっていたが、この筋肉の痛みはおそろしい運動量だったことを今頃になって僕に自覚させた。

 千引き岩のもとへ戻り、僕はずるずると腰を下ろした。

 師匠であった祖父とですらこんなに疲弊するほどの稽古などしたことはない。

 舞をさせないことが親の情。

 道反大神が僕にそう言ったことを思い出した。

 祖父が舞をさせず型にこだわった理由が僕にはわからない。

 でも、今はいいかと目を閉じた。ほんの少しだけでも眠ろうと思った。

 


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