第9話 はじまりの地、道反へ

 宗像本邸は敷地が広大すぎて、外へ出るまでにはゆうに10分はかかる。

 大きな門の前には出来が良すぎる準備さんが横付けしてくれる車が待っていた。

 悠貴は僕が行くとわかっていたんだと苦笑いだ。

 黒塗りのワンボックス。乗り込んで思わず声が出てしまった。

 スポーツバッグに着替えやスニーカーもサイズ通り。


「最終便にはまだ間に合います。 伊丹空港へ到着するまでに着替えて、食事をとってくださいね。 そもそもそんな格好でどうやって出雲へいくつもりで?」


 宗像の準備さんはおそろしい。

 いわれてみれば二人とも仕事着のままだ。

 静音は後部座席へ移り、そうそうに着替え始める。

 一応、僕も男なんだけどねと思いながら、嘆息。僕も時間が惜しいのでシャツとデニムのパンツに履き替えた。


「飛行機に乗るんですから汗ぐらいふいてくださいね、そこにあるでしょう? 人様に不快な想いをさせちゃなりませんよ」


 車の準備をしながらも僕らに指示を出してくれる西川さんに僕はかなわないとに苦笑いだ。そう、この準備さんは西川さんといって準備さんのドンだ。確か、大叔父さん付きの超古株の男性だ。


「静音、投げるよ」


 準備されているホットタオルを一枚とり、静音にポイっと放り投げた。

 受け取ったらしい静音も僕同様ごそごそしている。


「拭き終わったらさっさと食事です」


 西川さんからわっぱに入ったお弁当箱を受け取った。


「貴一さんは鰻巻き、静音さんはめんたいだし巻きです」

 

 西川さんの名前を皆して連呼してしまう。

 静音もうれしそうに僕から弁当を受け取った。

 本当にかなわない。


「ごめん、ごめん。 遅くなった!」

  

 奏太は悠気から聞いてとんできたんだと言いながら車に乗り込んできた。


「本当は空間ぶったぎってもよかったんだけど、今はどこでどんなイレギュラーな事態になるかわからないから、飛行機移動しかさせてあげられない」


 奏太の方に目をやりながら、僕らは西川特選オニギリをほおばっていた。

 確かに出雲から京都へ集められた時も飛行機だった。

 特急やくもと新幹線という選択肢はあまりに時間がかかるからアウトと祖父にいわれて、出雲空港へ出されたっけ。

 あの時は何もおもわなかったけれど、僕たちは黄泉使いの仕事の時は自力でどれだけ遠くでも移動できるはずだったのに、考えてみれば不思議な命令だったのだ。祖父たちは今あるこの現状をどこかで予想していたのかもしれない。


「僕らがいつも移動の時に使ってるルートって、黄泉だったの?」

「そうよ、知らなかったの? 黄泉の一部を利用して空間移動していただけよ。 ほんとうに気づいてなかったの?」


 奏太は驚いたというように声をあげた。

 静音と僕はそうだったのかぁと顔を見合わせた。そして、二人しておそろしいほどに当たり前の知識がないことを再認識し、今は現実逃避することを選択した。何も考えずに、二人してもくもくとオニギリを食すことを徹底することに決めた。


「西川さん、今日も抜群の味だよ」


 僕は運転席を覗き込むようにひょいと顔を出すと、西川さんの顔は険しいままでいつもの柔らかな表情にはならなかった。


「泰介様が足もとをすくわれ、公介様がよけきれなかった相手です、貴一さん」


 西川さんは祖父と大叔父の名前をだした。つまり、僕たちがこれから対峙する敵がとんでもないのだと表現したいのだろう。


「わかってますよ、そんなことは。 だけど、宗像が退くわけにはいかない」


 西川さんが小さくそうですねとうなずいた。


「でも、貴一さん達はまだ子供です。 あなたたちが傷ついて構わない未来はないですからね」

 この緊急事態で僕たちを子供として扱ってくれたのはこの人くらいかもしれない。

 黄泉使いに年齢は関係ない。血筋は大切だが、技術よりも一発をもってる潜在能力がものをいう。一芸があれば子供も大人も関係なく、スーパーヘビー級の悪鬼との対応に選抜されるのが常識だ。

 奏太はこのやりとりに何も口を挟まなかった。


「宗像の子は随分と籤運が悪いんだ」


 オニギリを一気に腹に収めてから僕はふうとため息を吐いた。


「西川さん、ほうじ茶ラテありがとう。 僕、これ好きなんだよね」


 僕専用のタンブラーにちゃんと準備してくれていたアイスほうじ茶ラテを口の中に流し込んだ。スターバックスのほうじ茶ティーラテにも負けない西川クオリティ。

 爆弾オニギリを二個ペロリと収めた後のティータイム。

 こんなことはもうしばらくなさそうだ。


「静音は何が入ってんの?」

「アイスのソイラテだよ」


 静音は窓の外を見たまま、こちらを向かない。 

 さすがの彼女も本当は緊張感を隠し切れないのだろう。

 彼女の父親の宗像時生は簡単に倒れる黄泉使いではない。それがしてやられた現実がある。

 僕たちの師匠クラスの無力化を成し遂げた相手を僕たちはたたかねばならないのだから。

 ナビが大阪に入りましたとコールする。

 しばらく車内は無音になった。

 ぼんやりとながめていると空港の管制塔が目に入る。

 ANAのターミナルを通り過ぎ、JALのターミナルの前の降車コーナーで車が止まった。

 タンブラーの中身をいちいち確認されるから置いていけと西川さんにいわれ、車から飛び降りる直前に一気に流し込んだ。

 とにかく、僕たち三人は走った。

 出発まで残り10分。

 エスカレーターをかけあがり、保安検査場へ一気に飛び込んだ。

 18:10発の出雲便なのに、僕たちの到着は18時。

 西川さんが手際よくJALに電話してくれていたようで、僕たちはJALのお姉さんに急いで走れと促された。


「出雲便、なんでこんなに搭乗口遠いんだ!?」


 悲しき地方便。猛ダッシュがもはや訓練。 

 ほうほうのていで機内に乗り込み、それぞれに息が荒いままに席に着いた。

 まったく迷惑な客でしかない僕たちだ。

 僕らの到着をまってようやく扉が閉まった飛行機がゆっくりとタキシーアウトしていく。夜のとばりが下りた伊丹空港の滑走路は綺麗だ。

 僕のすぐ横にいる静音はずっと窓の外を見てニコニコしている。

 僕はゆっくりと目を閉じた。

 眠れるのはこれが最後かもしれない。

 無防備に眠れるのはこれがもう本当に最後かもしれない。

 約45分間の空の旅。

 離陸待ちの間に僕は深い眠りに落ちていた。


「貴一、ついたよ!」 


 静音の声と地上に大きくバウンドした感覚で目が覚めると、そこは見慣れた景色だ。

 CAさんの出雲縁結び空港という言葉の響きに、ほんの少しだけ笑ってしまう。

 あらためて見まわすと、前後左右の女性客の多さにさすが出雲と思う。

 ガイドブックを片手に八重垣神社、出雲大社と口々にきこえてくる名称に、僕は出雲の神様の偉大さを再認識だ。

 縁結びと言っても神様の結んでくださる縁は男女のそれだけではない。

 この家業、この血筋に生れ落ちたのもまたご縁。縁あって、僕たちは宗像に生まれたのだから。

 祖父の泰介がよく言っていたことがある。

 神様は人の想いの数が多ければ多いほどに力を持つ。だから、こうして参拝にきてくれる人々が多いほどに、神様は力をつけることができる。


「場は人がつくる、か」


 僕はスポーツバッグを取り出しながら呟いてみた。

 まだぼんやりしたままの頭の中を一気に切り替えなければならない。

 最終便はタラップ付き。地上を歩いてターミナルへ行く必要はない。

 窓の外を見ると水滴がついている。

 いつの間に天気がかわっていたのだろう。

 外はたたきつけるような雨になっていた。

 すぐ隣で、静音が僕の顔をみて、岡山上空ではもう雨だったよと教えてくれた。


「眠っていなかったの?」

「だってテンションあがるじゃない?」


 旅行感覚かよと肩を落とす僕に静音はにやりと笑んだ。


「テンションあがるのはさ、思いっきり暴れて良いってことに対してだよ」


 僕は思わず静音をみた。

 静音は好き勝手に暴れても怒られることがないんだよとさらに笑んだ。

 少し前を歩いていた奏太もこちらを振り返って、苦笑いだ。


「静音、冥府の役人もたぶん人間だからね」

「本当に人間なの? ま、ようわからんけどさ、とりあえずは半殺しの刑にはしてもいいよね」


 ずいぶんと物騒な物言いをする静音はここでようやく本音をもらした。


「私の血縁はパパしかいない。 この恐怖は貴一にはわからないでしょう? 貴一には悠貴がいる。 その存在があるかないかは全く別物なんだよ。 奪われたのなら何をしたって取り戻す。 やられたらやり返す。 私は一歩も退かない」


 静音はぐっと唇をかんでいる。

 静音を産んで、彼女の母親は亡くなった。父娘で生きてきたのは僕も知っていた。

 それを知っていたのに、僕は今の今まで気づいてやれなかった。


「僕がいる」


 安易な言葉かもしれないが、僕はようやくの言葉を引きずり出した。

 そして、鴈美蘭のことを思い出した。

 彼女もこの目の前にいる静音と同じなのではないかとようやく思い至ることができた。

 ほら行くよと僕は静音の手をとった。

 僕より一つ下のまだ14歳でデビューしたての静音がこうまでも片意地を張らねばならない状況は僕としても不本意だ。

 泣くなよという意味もこめて、ぎゅっと手を握ったまま僕は静音とターミナルを歩く。

 階段を下りて、荷物受取場を横目に見て、すりぬけていく。


「しまねっこが欲しい」


 到着ロビーを出たところで静音がつぶやいた。

 しまねっことは島根のゆるキャラだ。

 黄色のネコがモチーフで、頭に大社造の帽子をかぶっており、首にはしめ縄のマフラーを巻いている。

 この神社+ネコのゆるキャラは静音の大好物だ。

 奏太の方を見上げたら構わないよと笑ってくれたので、静音をつれて、2階の土産物売り場へ向かった。


「本当に時間ないからすぐに決めてよ?」


 僕の言葉なんてきこえない静音はさっそく物色をはじめている。

 ことのほか、グッズが多いしまねっこ。

 買い物を待っている間に、しまねっこの公式プロフィールをまじまじと読んでしまった。趣味はそば打ち、牛突き、石見神楽、温泉巡りときた。ゆるキャラとしてはかなりしぶい趣味だ。特技にいたってはしめ縄づくり。もはや苦笑い。

 ご縁の国しまねの観光キャラクターめ、僕のお小遣いを食い散らかしていく。

 静音の両手にはしまねっこぬいぐるみストラップ、税込み1100円としまねっこぬいぐるみM、税込み1980円。

 どちらも手放す気はなさそうなので、もはややけくそだ。

 とりあえず、お買い上げした。

 急いでもう一度下へおりて、空港をでる。

 さすがに宗像一門の準備さん。出雲班にスイッチがスムーズ。

 白のワンボックスワゴンが待っている。

 僕はとにかく静音を車へ押し込んで、道反へ急ぐようにと促した。

 

 




 


 

 

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